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 僕は社会人になって以降の20年以上、毎晩必ず飲酒をするという生活習慣でした。
 大方の中年サラリーマンがそうであるように、「飲まないとやってられない」という感じだった(いわゆる、アルコール依存症予備軍ですね)…。

 でも、平日は仕事が終わった後の毎日数時間、休日は夕方から寝るまでの6時間あまりを、酔っぱらった頭でグタ~として過ごしていることが、何か大切なものを無駄に失っているように思えてならなくなった。
 また健康面でも、朝起きるときは気分も体調もどんより重く、胃腸の調子も良くないのが当たり前の状況だった…。


 そうしたこともあって、まだバリバリのサラリーマンだった3年ほど前に意を決して、断酒を始めた。
 で、今日が断酒999日目、明日でちょうど1000日になります!

 これはぜひ多くの人たち(特に依存症予備軍の人)に勧めたいのだけど――、断酒をすると本当に得るものが多くて、そして失うものは何もない。
 今の僕は、体がいつも「元気な子供」くらい快調だし、メンタル面でも「新しい自分に乗り換えた」みたいにスッキリした感覚だ。
 こうした断酒のいきさつと利点については、以下の2本の過去記事にまとめています。
  『やめて良かった!~アルコール編』
  『やめて良かった!~アルコール編のつづき』


 ちなみに、今回の記事タイトルの下にある写真は、部屋の壁に貼ってある「断酒カレンダー」。断酒を始めるときに、経過日数を毎日書き込めるように作ったもので、要は小学生の「ラジオ体操はげみ表」みたいなものだ。多少なりとも楽しげにと、1行ずつペンの色を変えて虹色にしている…。

 全部で1000日分あったのだが、明日の1マスを埋めれば、この表も晴れて「任期満了」となる――。


 実際に挑戦した人は分かると思うけど、断酒を挫折してしまいそうなきっかけは、日常シーンの中に実にたくさんあるんですよね…。

 とりわけ会社勤めだと、周りの職場の人たちはほぼ全員が毎日飲むが当たり前だし、街を歩けば飲み屋が並んでいる。テレビでは酒のCMがたくさん流れているし、スーパーには酒類売り場があるし、レストランでは当然のものとしてアルコールを供している。
 さらには忘年会、暑気払い、人事異動に伴う歓送迎会など、「飲酒とセットの催し」が定期的にやって来る。

 この環境は、「禁煙」の場合よりも過酷といえる…。


 そんな中で、ひとり断酒を決意して取り組んでいると――、何だか自分だけが「やらなくてもいい余計な苦労」をしているように思えてくる。
 さらにはやがて、普通の生き方から筋が外れた「間違った世界」を、トボトボと歩んでいるような気さえしてくる…。


 そうしたとき、僕にとってかなり強力な支えになったのが――、実は1つのブログの存在だった。

 『サファイアの楽しい断酒日記』というブログなのだけど、女性のサファイアさんという方が、自らの断酒の経験とノウハウについて紹介するとともに、学校の部活動のダンス部をもじった「断酒部」というのを立ち上げている。
 もちろんリアルな組織ではなくて、希望すれば誰でも入れる、ブログ上のやり取りだけの関係だ。

 残念ながら現在はコメント欄が休止中なのだけど――、以前はそこに例えば「断酒10日目です。昨夜コンビニに行ったとき、思わず缶ビールに手が伸びそうになったのだけど、何とか買わずに乗り切りました」と書き込むと、断酒部部長のサファイアさんから「心の誘惑に打ち勝ったのは素晴らしいですね。その調子なら絶対にうまくいきますよ♪」といったような励ましのコメントが返ってきた。


 この人はコーチングや心理を学ばれたそうなのだけど、その励まし方が本当に並外れてうまかった。もちろんテクニックだけではなくて、とても丁寧で、やさしい思いが込められていて、心に響いてくる。

 そして、そんな励ましを受け取り、共感のぬくもりに浸っているうちに――、酒を飲まないことが本来の「普通の生き方」であり、おおかたのサラリーマンがしている「飲む生活」のほうが実はイレギュラーな世界なのだ――、ということを、疑いなく確信するようになっていった。

 いわば、世界観がコロッとひっくり返ったわけだ。
 この転換があると、断酒はものすごくやりやすくなる。過去の習慣や禁断症状は力を失う。

 逆に、従来の世界観のままでいると――、つまり「酒を飲むのが普通であって、自分はそれを辛抱して耐えている」という考えのままでいると――、いつか不意に挫折してしまう可能性が大きいと思う。


 断酒もそうだけど、大勢の価値観とは違うことをするのは、最初のうちはなかなかつらいことだ。
 スピリチュアルな歩みもそうだと思う。

 このブログで最近書いてきたテーマを振り返ると、「私たちはバラバラではなく、つながっている」とか、「今のそのままで幸せなのだ」「自分は守られていることを信じる」といった、色んな本などで繰り返し述べられてもいる内容だ。
 でもいざ社会や家庭生活の中でそれを実践しようとすると――、現実的な軋轢の中で、「自分は勘違いしたものの見方をしているのではないか?」といった疑念や孤立感も出てきてしまう。
 何しろ、確証とか裏づけとなるものが、目の前にはまずないのだから…。


 でもそんなときに、「これこそが、本来の私たちの在り方なのですよ!――」というメッセージが伝えられるような、そんなブログでありたいなと考えています。

 本当の本当の真実というものは、目に見える裏づけや理屈ではなく、「共感」によって初めて伝え合えるものだと思っていますから!


 結びのヒーリング・ミュージックは、Hilary Stagg「Prelude to Love」。

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 断酒の話のつづき。 「お酒をやめると人生の楽しみの一つを失ってしまう」と頭から信じている人が多いけど、実際にはまったく逆で、生きる喜びが増えていく――、という話題です。
 僕自身が日々感じている明らかな変化というのは、次の通り。

■体が若返って、体調はいつも絶好調!
 上の写真は、先月買った多機能体重計が表示する「体内年齢」で、僕は「31才」。実際の年齢より何と15才も若い(これはさすがうれしくて、周りに自慢して言いふらした…)。数年前まで僕は、小太り体型・喫煙者・アルコール依存症予備軍で、健康診断の血液検査の結果では、中性脂肪値が高いなど要治療項目が5つもあった。それが現在はゼロになった。
 数値で示されるまでもなく、日々の体調はまるで元気な子供みたいに快調そのもの。毎日どんよりした感覚で過ごしていた昔の自分には考えられないことだ。この「若返って体調は常にサイコー」という喜びは、もちろん「お酒を飲むこと」ではなく「飲まないこと」によって得られるものだ。

■ダイエットがしやすくなり、軽やかで気持ちいい!
 お酒という相当なカロリー源を、生活から排除したことによって、ダイエットが格段に容易になった。今はピーク時から10kg落とした体重を、1年以上キープできている。最近は甘いものとか、楽しいものも色々と食べるようになったけど、そんな少々油断した状態になっても太らない。(ダイエットに関して別の機会にまた書こうと思うけど、体が軽くなるというのは、物理的質量や見た目の体型の問題以上に、本当に「気持ち」が良くなる!)
 以前は居酒屋で、空になった大ジョッキを手に威勢よく「もう一杯!」とか注文してたけど、カロリー的にはどんぶり飯を「おかわり!」って言ってたのと同じようなもんだ。体育会系学生の合宿じゃあるまいし、中年男性のカロリー摂取としてはちょっとオソロシイ…。(ちなみにアルコールそのものは体内で脂肪にならず、熱エネルギーとして優先的に代謝される。だがそのぶん、ほかの栄養素が利用されずに、蓄積されることになるらしい)

■「意識的な生き方」を選択できるようになった
 何かつらい不愉快な出来事があったとき、自分の内側にわき上がる強烈で生々しい感情と直面するのを避けるために、夜はお酒を飲んでいた。そしてグテ~ッと麻痺した頭で「まあしょうがないさ」「世の中そういうものだから」と、いつもお茶を濁すようにやり過ごしてきた。
 だが断酒をしていると、夜もずっとしらふだから、酔っ払ってごまかすという従来のメンタル対処法が不可能になってしまった…。とはいえ「問題解決を考えてポジティブ行動」というふうには単純にはいかない。余計に考えたり動いたりしても、どうせ空回りしてストレスが増えるだけだ。そこで自分として取れる手段が、スピリチュアルな視点での「浄化」というものだ。
 自分の目の前に起きるすべての出来事は、自分の内側にある何らかの原因が、外の世界に投影されたものであると考える。内側にどんなものがあるかは全く分からないけど、とにかく責任は自分自身にあるものとしてまず詫びて、その原因を消去してくれる恩恵の力に感謝する――。つまりは、ハワイの浄化法の「ホ・オポノポノ」である。そんな考え方によって、自分の生き方や周りの状況も大きく転換してきたということが、断酒・禁煙をきっかけにもたらされた最大の変化かもしれない。


 数年前と今とでは、自分というものの中にいる「住み心地」が全然違うように感じられる。体調面でも、メンタル面でも、世界観や生き方、周りの状況においても、まるで「別の器」に乗り換えたみたいだ。この喜びは、お金を出して買えるものではない。
 そしてもちろん、いつか自分が病臥に伏すかもしれないし、悲痛な喪失体験に遭う可能性もあるだろう。たとえそうなっても、それも自分の在り方としてきっと受容できるはずだと、今では思っている。
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 前回が禁煙の話だったので、今度はお酒について。(このブログタイトルは「生活習慣改善ノート」とかにしておいたほうが良かったかな…)


 ほとんどのサラリーマンは「アルコール依存症予備軍」だという警告があるけど、僕自身もかつては20年以上にわたり休肝日ほぼゼロという、まさに予備兵役として万端の準備態勢をととのえていた。
 でも、会社があるからもちろん昼間から飲むことはないし、お酒が原因で何か大失敗をしでかしたわけでもなく、「自分は依存症なんかになるわけがない、普通の飲み方をしているから」と、全く問題にしてこなかった。

 しかしながら、風邪で寝込んだ時さえも、必ず夜は飲まずにいられないこと。いったん飲み始めたら、ある程度の量まで飲まないと絶対に満足できないこと。休日は夕方早くから無性に飲みたくなって、貴重な休みの1日のうち6時間以上も酔ってグタ~ッと過ごしていること。朝起きたときはいつも頭が重くて、胃がシクシクして、年中下痢気味でという体調が常態化していること、等々…。「ちょっと、このままではあまり良くないかもしれないぞ」という実情に、少しずつ勘づかざるをえなかった。

 「ならば、これからは飲む量を減らし、必要な日しか飲まないようにしよう!」と意を決してみた。ところが、これがどういうわけか、ぜんぜん続けることができないではないか。数週間か長くて1カ月後には、もとの酒量を毎日飲むペースに戻ってしまう。それには自分で愕然とした。なるほど、今のこのような状況こそが「依存症予備軍」というやつか…。


 といったいようなきさつを経て、一昨年から僕は断酒を続けている――。
 上にある表みたいな写真は、自室のベッドの横に貼ってある「断酒カレンダー」。表計算ソフトで作ったもので、A3サイズの紙に日付を書いたマス目を並べ、そこに断酒を始めてからの日数をペンで毎日書きこんでいる(単色だとつまらないので、行ごとにペンの色を変えて虹みたいにしている)。日付は1000日分で、初日の2010年11/4から2013年の7/30まである。きょう5/29は「573」日目である。

 友人などからは「何も完全にやめなくても、たまには飲めばいいじゃん」なんてよく言われるけど、「たまに」とか「ちょっと」という飲み方を維持し続けるのは無理であることは、自分自身ですでに実証済みだ。
 一方で、断酒することによって、日々の生活に新しい喜びがたくさん増える。多くの人は「お酒をやめると人生の楽しみが減ってしまう」と考えているけど、それは全く間違った思い込みだということを強調したい。
 その話を、ぜひ今度したいと思います。
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fritea

 前回の禁煙の話のつづきです。

 禁煙外来ではニコチン貼付薬(いわゆるニコチンパッチ)が処方される。これは、体に貼り付けることで、ニコチンが皮膚から体内に常時供給されて、タバコを吸わないことによるニコチン禁断症状をやわらげるというものだ。
 もちろん、リアルなタバコをスパ~ッと一服したときの充足感にはまったくもって程遠い。でも、従来の禁断症状が「1分たりとも我慢できない」ものだったのが、パッチを貼っていると「15分くらいならまぁ我慢できるかな…」というようにはなる。その15分を、自分をだましだまし積み上げて、まず1日中そして次の1日中と経過させていく。


 そんな地道な徒歩旅行のような治療法だから、その人自身の意思と工夫はどうしても不可欠となる。工夫の面では、僕の場合、とても力強い支えになったツールが2つある。

 まず「禁煙者のブログ」である。
 例えば「禁煙 3日目」「禁煙 1週間」「禁煙 1カ月」とかで検索すれば、禁煙の実録を記したブログがけっこう出てくる。僕は禁煙日数の節々でそうした先達たちの生の声を読みながら、「5日目ではまだ相当つらいんだな。でも無理やりでも乗り越えれば、この人はいま3年も禁煙できているんだからすごいな」とか、「この人は2カ月目で大丈夫と思って試しに吸ったら、結局は普通の喫煙に戻っちゃったんだな、いつまでも油断できないな」とか思いながら、大いに励みと戒めにしていた。
 こういう、自分の禁煙日数と同じ局面と、その人の結果までがある程度分かることが、ブログならではのメリットである。

 僕のもう一つの支えのツールとなったのが、「フリスク・ティー」(上の写真)である。
 これは苦いくらい濃く入れた紅茶に、ミント菓子のフリスクを5~6粒ほうり込んで溶かしただけのもの。これがけっこう刺激感が強くて、口さみしさや、喉の刺激への希求を若干はまぎらわせてくれる。期待し過ぎなければ、まあまあの効果はあるかなという程度だけれど。


 いま、禁煙2年半を超えて僕が思えるのは、「タバコには本当に何の利点もなかったな」という、しごく当たり前のことだ。
 以前はタバコには、ストレスからの解放感とか、リラックスできる爽快感とか、欠かせないメリットがあると思い込んでいた。ところがそのストレスは何かというと、要は体の中でニコチンが切れかかったときの不快さである。リラックスできるというのも、これも「吸わないことにはどんな時でもリラックスできない」という依存状況に陥っていたからだ。
 タバコの利点と信じていたのは、単に「タバコによる自作自演の茶番劇」だったわけである――。話は飛ぶが(かなり飛躍するが)、人生やこの世の中には、「利点があるから絶対に手放せない」と執着しているけど実は幻想にすぎないものって、ずいぶん多い。
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kinnen

 週1度通うヨガ教室から帰ってきました。(男性は1人でした…。その状況にもう慣れてるけど)

 振り返れば、僕の今の生活スタイルは、数年前にヨガを習い始めたことがそもそもの転機になった。そこからダイエットして長年の小太り体型から脱却し、何度も失敗していた禁煙に成功し、そして一日も抜けなかったお酒も飲まなくなった。
 体調が格段に良くなったのはもちろんだが、僕にとって最大の成果は、タバコやお酒という手放しにくいものを「手放すことができた!」という経験そのものである。その経験が自身に刻まれたことで、人生の展開もかなり変わってきたように思える。
 ――ということで、またもブログタイトルから少々離れてしまうかもしれないけど、今回は禁煙の話をします。


 「禁煙なんて簡単なものさ、私なんてもう百回以上している」という米国作家の名文句があるように、僕も2年に一度くらいのペースで禁煙を決意していた。
 でもその一大決心の数日後(ときには数時間後)、常人には耐え切れない禁断症状の巨大波に襲われ、それを乗り切るための緊急的最終手段として、タバコとライターを買ってきて「どうしてもやむを得ない1本」を吸った。そしてニコチンが充足して血管収縮したその手で、箱に残った19本のタバコとライターをごみ箱にバッと捨てた。
 「残念だけど仕方ない、でもこれで大丈夫」と自らに言い聞かせたのもつかの間、再びつらい禁断症状が出たときにまたタバコとライターを買ってきて、今度はモッタイナイからと2~3本吸って…と、毎回そのような情けないプロセスを経て平常の喫煙生活に戻っていった。20年以上も、繰り返し。

 自分にはもうタバコをやめるのは無理とあきらめずにいられなかったが、ところが今では、無事に禁煙2年8カ月を迎えている。なぜ成功に至ったかというと、単純な答えなのだが、病院の「禁煙外来」に行ったからである。(当時僕はサラリーマンで、禁煙外来の治療費は会社が負担してくれた。今の時代、同様の制度がある会社も多いのでは)
 喫煙のことを生活習慣とも言うけど、あれは習慣なんて軽々しいものではなく、ニコチン依存症というれっきとした「病気」である。たとえば鬱とか腰痛の症状を「意思の力」だけで治そうとしても難しいのと同様、ニコチン依存症も現代医学の助けを得て治療したほうが効果的であろう。ただし、奥さんとかにいやいや病院に連れて行かれるのはダメで、自分が病気であることを認め、主体的な意思で赴くことが肝要だ。


 上に出した写真は、禁煙外来で処方されたニコチン貼付薬についていた「禁煙カレンダー」で、1日1枚ずつシールを貼っていくという、要は小学生のラジオ体操はげみ表みたいなものだ。
 ところがこんな単純な表が、どれほどの励ましになったことか…。5分くらいで終わるラジオ体操と違い、禁煙は起きている時間すべてをかけた闘病である。その1日の攻防に見事打ち勝った誉として貼られるシール1枚には、まさしく千鈞の重みがある。「昨日まで貼り続けたこのシールを、きょうここで裏切るわけにはいかない!…」と、たすきを受け取った駅伝走者のような使命感で、一日一日を積み重ねてきた。

 そうして半年から1年ほど経って、自分で「もう大丈夫」といえる離脱の状態になれた。
 再発するかしないかが100%自分だけにかかっていることが、ニコチン依存症のあえて幸いな点でしょうね。もう僕は生涯二度と、あの禁断症状のつらさを味わいたくはない。
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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。





http://facebook.com/koudaimitsuna

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