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 闇の中に入り、そこを抜けていくのは、いわば「魂の通過儀礼」のようなものかもしれません――。

 その「闇」というのは、ふつうの場合は、身に降りかかった不運な状況や、精神的な苦しみについての、あくまでも比喩である。
 でも、ときには、「物理的な暗闇」そのものに、まるで運命的に誘われるように、引き込まれていくこともあるようだ…。


 映画の「スターウォーズ 帝国の逆襲」では、主人公のルーク・スカイウォーカーが、ジェダイの騎士になる修練として、暗く不気味な洞窟の中に足を踏み入れていく。そこで、自らの心の中に潜在する「暗黒面」と相対する。

 村上春樹の小説でも、主人公が真っ暗な涸れ井戸の底に降りていったり、光の届かない地下深くへと潜っていくシーンが、お決まりの展開みたいによく出てくる。

 僕の場合、どういうわけか関心を消し去ることのできない暗闇の場所というのが、「真夜中の河川敷」である…。


 ブログでもよく書いているように、僕は大きな河川敷を長距離ウォーキングするのがとても好きだ。
 そこは東京近郊と思えないくらい緑が豊かで、眺めは広々として気持ちいい。延々と続く一本道をひたすら歩いていると、思考活動がだんだん止んで、「空」としての意識が際立ってくる。

 ある日のこと、「夜の真っ暗闇の河川敷を歩いてみたら、いったいどんな感じがするだろう」という、妙な好奇心がふと浮かんできた。そのことを、ブログの中でもちょっと触れた。
 河川敷の道には街灯がないし、夜は人通りがほぼ全くないだろうから、明るい昼間とはまるで位相が違う「漆黒の異界」が広がっているはずだ…。

 ただしその時点では、「もちろん実際にやろうとは思わないですけどね」とブログにも書いた。

 だって、とんでもない! 考えるだけでもおぞましい感じがする暗闇に、わざわざ好きこのんで行くなんて、どうかしている。
 不審者が潜んでいて襲われるかもしれないし、地縛霊とかがいるかもしれない。万一何事あっても、周りに人がいない…。無理、無理、無理。まったく冗談じゃない。
 危険行動とまでは言ないものの、常識的な社会人なら、そんな単に怖いだけの無意味なことは絶対にしないはずだ。


 と思っていたのだけど、実はつい先日――、消し去ることのできない好奇心にとうとう屈服するように、そして「闇」が誘う声に引き込まれるように――、実際に夜の河川敷のウォーキングに行ってきました…。

 それは本当に、海外旅行に行くよりも、ディープな体験だった。


 僕は、ずいぶん用心深く保守的なところもあって、たとえば関心を持ったセミナーなどにも即決で申し込むことはまずない。

 最初は「自分が行くことは絶対にないだろう」と思うのだけど、とりあえず関連情報などを少しずつ色々と調べてみたりしているうちに――、何週間もかけてだんだん外堀も内堀も埋められていって、最後には「もう行かざるを得ない」という心持ちになっていく。

 今回のケースも同じで、「実際に行くことはないけど、一応とりあず買うだけ」という気持ちで、ペンライトや、夜間ランニング用の反射バンドや、防犯ブザーとかを、機会あるごとにそろえていった…。


 ネットで調べてみると、夜の河川敷で最も気を付けなくてはならないものとは――、不審者でも地縛霊でもなく、ほかならぬ「自転車」である。
 真っ暗な河川敷を歩いている人はまずいないけど、ロード・サイクルのトレーニングをしている人はたまにいて、それがものすごいスピードで疾走している。
 道の真ん中に立てられた「車止めの鉄柱」に自転車が激突して、死亡する事故も起こったそうだ。

 そんな猛スピードの自転車に跳ねられないためには、向こうから早めに発見してもらえるよう、「白い服と白い帽子」が有効だそうだ。
 それらもまた、「使うことはないだろうけけど、一応とりあえず」という気持ちで買っておいた。
 いつの間にか、準備万端に整っていた…。


 そしてつい先日、子供が泊まりがけの学校行事があった。たまたま同じ日、妻も出かけて外泊する予定だった。
 自宅で一人きりなんて何年ぶりだろうと思っているとき、不意に「今夜なら行けるのではないか」という考えがよぎった。

 月齢を調べてみたら、その日は新月に近くて、月明かりはない。
 「それなら、やめたほうがいい」と思って、雑事をしたり本を読んだりしていたのだが、やがて地図を手に「もしも行くとすれば、どういうルートなら可能性があるだろうか」などと検討しだした…。

 そして夕方、僕は「白装束」に身を包み、荒川に向けて電車に乗っていた――


 と、何だか今回はここまででも長話しになってしまったので、続きは次回に…。



 このブログの過去記事の中から、評判が良かったものをリライトして、『トリニティー』というウェブ誌の中で連載しています。
 その「第9回」の記事をアップしました。以下にリンクをしておきますので、よろしければぜひご覧ください!

 (↓New)
 ・第9回「世界中の誰とでもつながる、スモールワールドの現実」
 ・第8回「神話の記憶――人が“面白い”と感じる物語」
 ・第7回「桜の花は、冬があるから開花する」
 ・第6回「命の水の話――体内に宿す本源の海」
 ・第5回「高校物理で見る、私たちは『空』であること」
 ・第4回「大和言葉に根付く、日本のスピリチュアリティ」
 ・第3回「家族とは『惑星』のようなもの」
 ・第2回「未来への道筋は、無数に枝分かれしている?」
 ・第1回「ワンネスへ還る旅と、モナーク蝶の大飛行」 


 結びのヒーリング・ミュージックは、Deuter「City of Lights」。
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 前回記事で、有名な禅僧「一休さん」の臨終の言葉について取り上げました。

 一休さんが息を引き取るときに口にした一言は、意外にも、「死にとうない」。
 これは決して恐れや執着から発したものではなくて、「この世における生」への“賛美”であった、ということを書きました。

 今回もその関連で、最期の言葉についてです――。


 「エリ、エリ、レマ サバクタニ(わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか)」

 これは十字架に釘付けにされたイエスが、うなだれていた頭を上げて、余力をしぼって叫んだとても有名な一言だ。

 神からの救いの手が差し伸べられることなく、苦しみの果てに息絶えていくイエスの「絶望の嘆き」であると、よくとらえられている。
 確かにこの短い一言ではそうにしか思えないし、クリスチャンの中にもそのように考える説もある。


 ただ(これはオーソドックスな解釈なのだけど)、イエスが口にしたこの言葉は、旧約聖書にある詩篇22篇の冒頭の句である。
 「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」から始まるこの詩は、人々に虐げられた悲しみを訴える祈りだ。
 イエスは、力尽きる寸前の意識の中で、この祈りの詩を暗唱したのだと思われる。

 詩の続きを、大まかにかいつまむと――

 「どうして遠く離れて、救ってくださらないのですか。私の嘆きを聞いてくださらないのですか。私が呼びかけても、あなたはお答えになりません。
 人々はみな私を虫けらのようにあざ笑い、『神に頼んで救い出してもらえ』と言います。私の骨はすべて外れ、心臓は胸の中で消えていきます。私は渇いています。
 人々が私を取り囲み、手と足を刺し貫きました。彼らはそんな私を眺めているのです。彼らは私の衣服をはぎ取り、くじ引きして分けました。
 苦しむ私の魂を、救い出してください」

 ――まさに、十字架上のイエスが、自らの苦難に照らしながら唱えておかしくない詩である。
 と言うより、まるでこの詩に予言的に記してあった通りに、イエスが処刑されていったのではないか、とも思えるほどである…。

 イエスはその冒頭の一句と、詩の途中にある「私は、渇く」という言葉だけを、息も絶え絶えに口にした。


 で、イエスが唱えようとしたこの詩篇22篇は、そうした悲痛な言葉がしばらく続くのだが、そのあと内容が突如一転する。

 後半は、「私はあなたの名を告げ、人々の中でほめたたえます」と、神の賛美へと変わるのだ。
 そして「地の果ての者もみな思い出して、神に帰るのです」「人々は、神の救いを、後に生まれてくる民に述べ伝えるでしょう」と、絶対的な確信と勝利をうたい上げることによって結ばれる。

 「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」という言葉は――、極限の苦しみの中にあってもなお、神を高らかに賛美する詩の“出だしのフレーズ”なのである。

 息を引き取る直前のイエスの胸にあったのは、短い文言通りの「絶望の嘆き」では決してなくて、この詩全体に込められた「完全な信頼と賛美」だったに違いない。


 ここから先は、かなり個人的な推論なのだけど――
 イエスは一人の「信仰者」として祈ったわけではもちろんなくて、イエスが十字架上でこの祈りを唱えることによって、「新しい時代への転換」が果たされたのではないかな思う。

 イエスが登場する以前の旧約聖書の世界では、神とは、人々を裁いて罰する「怒りの神」であった。
 人々は神と「契約」し、望むものを受け取るためには、相応の対価が必要だった。

 しかしイエスは、まったく新しい「無条件の愛」としての神を説いた。
 求める者が与えられるのであり、私たちは無条件に許されて、受け入れられるのだと――。
 これは、過去からの宗教観・世界観を根底からひっくり返す「グッド・ニュース(福音)」だった。
 だが、そうした教えを説いたために、イエスは処刑される結果となった。


 そしてイエスは、自分を処刑する人々のことを「彼らをお許しください」と祈り、十字架の上では、前述の神への賛美の祈りを唱えた。
 極限の苦難の中にあっても、また救いの奇跡が何一つ起こらなくても、「私はあなたの名を告げて、ほめたたえます」と。

 この祈りを、詩篇に書かれていた通りのまさに「当事者」として、そしていわば「人類の意識の代表」として唱えることによって――
 このとき、新しい時代へ転換していくための、静かで見えない大きな力が「起動」したのではないかなと思う。


 そのあとイエスは、「テテレスタイ(すべて完了した)」とつぶやいた。

 最後に、「父よ、私の霊をあなたの手にゆだねます」と口にして、息を引き取った――。
 (ちなみにこれも、旧約聖書の詩篇31編にある言葉だ)


 イエスが生きたのは、日本の「弥生時代」にあたる。
 それほど昔の人物の、スピリチュアルな側面まで含めた「史実」をとらえるのは、まったく不可能だろう…。
 要は「自分がどう信じたいか」というファンタジーでとらえるしかない。

 で、僕が考えるファンタジーというのは、そういう感じです。
 そしてイエスが起動させたシフトは、今も進行している最中。
 神の在り方とは、すなわち、私たち自身の在り方そのものである――。
 「無条件の愛」へのシフトは、2000年という“瞬間”を経て、今まさに私たちに「選択されるもの」として目の前にある。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Stephen Rhodes「Crystal Blossoms」。

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 「とんちの一休さん」こと、室町時代の禅僧・一休宗純の話です――。

 一休は「天皇の隠し子」として生まれ、皇位継承をめぐるいざこざから宮中を追われて、5歳のときに寺に預け入れられた。
 肖像画にある通り、僧でありながら髪をそらずひげも伸ばすなど、戒律・形式にとらわれない自由奔放な生き方を貫いた。

 20代で悟りに至り、師である高僧が証書を与えようとしたところ、それを辞退して証書も燃やしてしまったという。
 また、お正月に骸骨を持って「門松は冥土の旅の一里塚」と歌いながら町を歩いたエピソードをはじめ、奇抜な言動も多い。
 本当に、世の権力や常識に従うことが、徹底的に嫌いな人だったのでしょうね…。

 そして、堕落した政治や宗教界を厳しく批判し、自身は庶民と一緒に貧困と飢えにあえぎながら暮らした。


 一休の享年は87歳で、当時としてはものすごく長寿だ。
 「末期の糞をさらして梵天に捧ぐ」という、これもまたとんでもない辞世の句を詠み、さらに弟子たちに「わしが亡くなったのち、どうしても手に負えぬ深刻な事態が寺で起こったら、この手紙を開けなさい」と言って一通の手紙を渡した。

 そうしていよいよ息を引き取るとき、最期の言葉が――

「死にとうない」


 悟りを得た僧らしからぬ一言だけど…、もちろん恐怖や執着から口にしたものではないだろう。
 「思いも寄らぬ言行で周りを驚かせる、一休らしい人生の締めくくり」という人もいる。

 でも、そうした「いたずら心」以上に、もっと踏み込んだ意味があるのではないかなと思う。


 一休は、今風のスピリチュアルな言い方をすれば、まさに「空意識」として在ったはずだろう。
 この次元の幻想性を見通し、魂の永遠性を知り、小さな自我から解き放たれ、根源的な「大いなる愛」や「ワンネス」も経験していたかもしれない。
 その上で相当な長生きまでしながら、「死にとうない」などと往生際の悪いことを言う理由など、全くないように思える…。


 また一休は、高貴な身も、貧困生活者としての身も、ひとつの人生の中で経験した人だ。
 戒律に関係なく好きなように飲み食いし、ほれ込んだ愛人と亡くなるまで暮らした。一方で、生涯で2度の自殺未遂をするなど、喜びも絶望も心の底から味わい尽くした。

 そのように、霊的にも精神・肉体的にもやり残すことなく終えた人生を振り返ってみて、一休が痛切に感じ入ったのは――、「この世における生の、とてつもない素晴らしさ」なのではないだろうか…。


 例えば私たちも、旅で忘れ得ぬ出会いや経験をして、そしていよいよ帰る日を迎えたとき胸いっぱいに広がるのは、別れがたく去りがたいという気持ちだろう。
 このままずっと留まることができればと望むものの、それはかなわぬことと分かっているから、私たちは先へと進んでゆく。

 一休はきっと、人の本質は不死であることや、物理的次元を超えた壮大な真実までも十分に分かっていながらも――、それでもなお「この世の経験というのは、本当に去りがたいほどに素敵で貴重なものだ」ということを、生き続ける人々に伝えたかったのではないだろうか。

 「この世のことは幻だからどうでもいい」のではなく、「もう十分に長く生きたから早く逝きたい」でもなく…、「死にとうない」なのである。

 まさに、この世に対する最大級の“賛美”を込めた言葉。それが、「死にとうない」という率直な一言だったに違いない。


 さらに後日談――

 一休が他界して何年ものちのこと、寺の存続にかかわる一大事が巻き起こった。
 事態に窮した弟子たちは、一休が最期に残した手紙のことを思い出す。その遺志のとおり、手紙はずっと開かれることなく、寺の中で丁重に保管してあった。

 今こそ師の知恵にすがる時と、弟子たちが恐る恐る手紙を開いてみると、そこに書かれていた言葉は…

「大丈夫 心配するな 何とかなる」


 この話は、近代の作り話だと言われるけど、いかにも一休さんぽいし、そしてまさしく真実を突いた言葉だなと思う。
 付けられた尾ひれ背びれも、「一級品」ですよね。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Neil H.「To Touch The Dream」。

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 ちょっと感じることのあった、最近の出来事の話です――

 僕は趣味である川沿いのウォーキングをするとき、電車とバスを乗り継いで目的のところまで行く。
 数週間前のこと、郊外にある大きな病院前のバス停まで乗った。
 車内は満員に近く、ほとんどの乗客がこの病院で降りる。午前中の診療を受ける、通院患者の人たちだろう。


 バス停に着き、狭い車内で押されながら、降車する人たちの列に並んでいたら――
 「あっ! お客さん、今いくら入れたんですかっ!?」という運転手の声がした。
 見ると、一人のじいさんが運賃箱の横でおろおろしている。
 運転手は非難めいた口調で、「えっ、570円? ここに入れちゃったら、お釣りが出ないんですよ。先に両替してもらわなきゃ…」

 バスの中でときどき見かける光景である。
 運転手は「もー、あなたが悪いんですよ、困りますね」という態度がありありと出ているし、列の後ろに並んでいる乗客たちからも「まったく、ちゃんとしてよ! 早く降りたいんだから」と、イライラしながら人を責め立てるようなオーラが噴出していた。
 僕自身も、同じような思いが反射的にわき上がった(とくに急いでもないのにね)。

 そんな周りからのエネルギーを一身に浴びながら、そのじいさんはどうしていいのか分からず、追い詰められたようにじっと立っていた…。


 きっとこの人も病院に通う患者だろうし、けっこう高齢だ。
 ひょっとしたら、「来月にはもうこの世にいない」という可能性だって、なきにしもあらずである…。考え過ぎかもしれないけど、ふつうに街で出会う人よりも、その確率は高いはずだ。

 もし本当にそうだったとしたら――
 運転手も、僕を含めた乗客も、もうちょっと別の言い方とか、態度の取り方があるのではないか。
 このお年寄りにとって、亡くなる少し前のこの世での経験が、「バス車内で皆から非難のエネルギーを浴びる」というのでは、あんまりである…。(しかも、列が止まったのはたった数十秒だけなのに)

 そう思うと、僕自身が「自分が望まないものを相手に与えていたな」と感じてしまう。


 さらに考えれば――、「近く亡くなるかもしれない相手だから、こちらも別の対応があるはず」というのは、ちょっと違うかなとも思う。

 私たちは皆、今どんなに元気でも若くても、余命というのは例外なく「限られた」ものだ。
 ある意味、この世界の全体が「死を待つ人の家」だといえる。


 そうした「限られた余命」を持つ人たち同士が、くしくもこの世のこの場所で出会い、互いに接している――。
 その真実を思うと、取るべき態度というのは「おのずと決まってくる」のではないだろうか?…

 もちろん、相手に対して色んな感情がわき上がってくるし、取ることのできる選択肢もたくさんある。
 そして通りすがりの見知らぬ相手以上に、日常的に接する相手の場合は、こちら側の立場や言いぶんもいっぱいあるだろう。
 でもそうした感情や選択肢、立場や言いぶんは、単なる「惑わし」にすぎない。


 出会いや、選択や、学びのチャンスというは、生きている間にいくらでもある。でもそれは、決して無限にあるわけではない。
 私たちは、その限られた機会の中で、「無条件の愛」とか「大いなるひとつの魂」としての本質という、途方もない真実を見いだすレッスンを与えられている。

 厳かな神殿や、崇高な師の教えや、神聖な経典から学ぶのではなくて――、混んだバス車内とか、さえない家庭生活の中で、自らそのレッスンの答えを「現す」ことが求められている。


 1つ1つのチャンスとうのは、本当に貴重なのだ。限られたうちの1回である。
 その事実をふまえたとき――、本当に、取るべき態度というのは「おのずと決まってくる」のだと思う。

 無理に寛容さを装ったり、自分の感情を押し殺して我慢するのではなくて、ごく自然な「唯一の道」として、それは決まってくる。
 それが、レッスンの答えへの帰結なのだろう――。


 ちなみに前述のバスの一件では、そのお年寄りの後ろに連れの方がいて、その人が「2人分の運賃の差額」を運賃箱に入れ、「これでいいですよねっ」と言って一緒に降りていきました。
 全くわけなく、一件落着。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Llewellyn & Juliana「Earth Angel」。
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 「私のお墓の前で泣かないでください」の歌詞で有名な『千の風になって』というヒット曲がありますよね。
 もとはアメリカ人女性が書いたというこの詩は、真実の側面を書き示しているなと思います。

 ただ僕自身は、それほど特段に好きな曲というわけではくて…、童謡の「象さんお鼻が長いのね」とか「海は広いな大きいな」みたいに、その通りのそのままをうたっているのだな、と感じる。


 この詩に描かれている通り、私たちの本質である魂は「不死」であり、そして一切の制約を受けない完全自由な存在だ。
 そして「風」と言っても、どこかでサッと吹いては消え去る、はかない性質のものではもちろんない。
 私たちの魂とは、地上に満ちわたり壮大に躍動する、いわば「大気」全体のようなものだ。

 そして、さらに踏み込んで言えば――
 人が生身の体として生きていて、死んだら千の風になる、というわけではない。
 私たちは、今このように生きている状態で、すでに最初から千の風そのものなのである。

 私たちは、肉体を持って生きている間は、「個別の肉体としての私」という感覚だけに神経を集中させている。
 そして「魂としての私」、すなわち自分は壮大で自由な千の風であるということに、感覚を行きわたらせることはほとんどない…。

 でも、死んで肉体から離れたとき、その人は本来の「魂としての私」だけで存在することになる。
 このときになってようやく、肉体感覚のほかに常にあった魂としての感覚を認識して、「あぁ、私というものは最初からずっと、千の風だったんだ!」という真実に気が付くわけだ。

 シンプルに、そういうことだと思う――。


 死んで自分の肉体を離れるよりも前に、生きながらにして「魂としての私」にはたと気づくケースもある。いわゆる「悟り」系の本には、そうした証言などが色々と載っている。

 それとはやや系統の違う本だけど…
 世界的によく売れている、シベリアの奥深い森に生きる女性・アナスタシアを紹介した『愛の空間』(ウラジーミル・メグレ著)を読んでいたら、少女時代の彼女がそれに気づいたときの場面が少し描かれていて、なかなか素敵だなと思った。
 アナスタシアは、大自然の野生動物たちと触れ合ったり、宇宙の叡智とつながったりと、全くただ者ではないのだけど――、でもこの気づきに関しては、誰にとっても起こり得る性質のものかもしれないなと感じます。

 オオカミは私の視線を受けて、突然しっぽを振った。そのときから私は、人間がうれしさや優しさをもって見つめると、すべての野生動物たちがとても喜ぶことに気づいた。
 動物との距離や、体の大きさなど関係なかった。見つめたり、愛をもって思ってあげたりすると、彼らに喜びが訪れる。かわいがって手でなでたときと同じように、気持ちがいいのだと分かった。
 そして、もうひとつ気づいたことがあった。
 手足を持つ私がいるのと同様に、両手を広げても足りない、もっと大きな私がいる。そして、この大きくて目に見えない私も私なのだ――。
 すべての人が、こういうふうに、この私のように、つくられている。そして、この大きいほうの私は、地球を抱きしめることができるのだ!

 そして少女のアナスタシアは、一緒に暮らす曽祖父に質問する。「小さな私と大きな私がいるの。でも、もうひとりの大きな私を何と呼ぶのか分からない」。
 すると曽祖父は答える。

「目に見えない第二の自分のことを魂と呼びなさい。それを大切にし、広大な魂のままにいなさい」――


 私たちはオオカミを見つめる機会はさすがにないけれど、その相手は何も野生動物ではなくて、「身近な人」であっても構わないはずだ。

 相手のことを、心を開いて見つめたり思ったとき――、もしその相手が喜んでくれたならば、それは果たして何を「媒介」にして向こう側に伝わったのだろうか?…
 媒介物なんかはない。目に見えない「広がり」としての自分そのものが、相手の心に直接触れて伝えたのだ。

 そして目の前の相手だけでなく、地上のあらゆる存在に対しても、「千の風」のように伝えたり感じたり、共にいることができる――
 それが、この地上に生きる「魂としての私」の本質なのでしょう。



 結びのヒーリング・ミュージックはAlpha Wave Movement「A Quiet Invocation」
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 いま実家に帰省中なので、関連の話題を――。

 実は僕は、自分自身の来歴にかかわることで、ちょっと不思議に思っていたことがある。
 と言っても、別に込み入ったことではないのだけど…。


 僕の父親の職業はタクシー運転手だった。所得水準としては、あまり高くはない。
 でも僕と弟とも、中学から東京の私立校に入り(学校の寮で生活)、そして大学までずっと私立校にいた。

 そして僕は、特に深く考えもせず「そういうのは普通のことだ」とずっと思っていた。
 親に対する感謝が足りないと言われれば、本当にその通りなのだけど…。


 で、いま自分の息子が私立校に通うようになってやっと分かったのが、「ずいぶんとお金がかかる!」という現実だ。

 そうして自分自身の学生時代のことを振り返ってみると――
 「けっこうな額の教育費を、自分の親はどうやって捻出できていたのか?」ということが、ものすごく不思議に思えてきた…。

 実家は、ぜいたくな暮らしとは無縁という雰囲気なのだけど、でも当時は家に祖父母もいたし、通常の生活費だけでもそれなりに必要だったはずだ。
 それプラス、2人の子供の学費と寮生活費(しかも中学から大学までの10年分)となると、そこそこのサラリーマンでも容易でないように思うのだけど…、どうやり繰りしていたのか?


 その理由を、帰省したときに機会があったら聞いてみようと思っていたら――、こちらから尋ねるよりも前に、おもむろに父親から「実はお前が東京の学校に行けたのは…」と説明し出した。


 父親の話によると、僕の教育費の主な資金源は何と、「タクシーのお客さんからいただくチップ」だったそうだ…。

 タクシー会社の給料だけでは、「何とか生活できる」くらいの額だった。
 ところが当時、オイルショック後からバブル経済にかけての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の好況期だったこともあり、お客さんが1万円や5千円札を気前良く差し出して「おつりは結構」ということがよくあったという。
 そうしたチップは、月々の合計で相当な金額に上ったそうだ。

 運賃のほかにいただく心付けは、会社には売上として申告しないで、自分の懐に納める。仲間内でも、互いに詳しくは口にしないことだった。
 そして、子供に話したらどこにどう伝わるかも分からないので(確かに会社に知れ渡ったらまずいだろう…)、当時は僕に対して何も言わなかったそうだ。


 しかしいくら景気が良かったとは言え、日本にチップの習慣はないし、それで子供2人の教育費を出すって、やっぱりあり得ないのではないか?
 ――という疑問を言ったら、「チップをたくさんもらうための、話術がある」と父親は得意げにいう。

 確かに父親はいつも物腰柔らかな話し方ではあるけど、それにお金を払うほどの値打ちがあるとまでは思えない。そううまい具合にいくものではないだろう。
 しかも、お金を持ったお客さんが、気前の良い心持ちになりながら、いつどこで乗ってくるかなんて――、多重的な巡り合わせの運でしかない…。


 運まかせのお金を教育費に充てるなんて、そもそも考え方としてどうかしている。そんな都合良くいくはずがない。
 途中で収入が傾いたら、僕はやむなく退学して帰って来るしかないし、それこそが常識的なシナリオではないか!…

 と思えてしまうものの――、現にそれは都合良くいって、25年も前に僕は何の問題もなく卒業している。


 本当に不思議なことに、自分の知らないところで、自分のために「必要なお金が必要なときに与えられてきた」としか思えない。
 両親はもとより、タクシーに乗ってチップをくださったお客さん、さらにたまたまそのお客さんがいる近くまで乗った前のお客さんにも、本当に有り難い気持ちがする。
 しかも十年分だと、いったい何人くらいに上るのだろう?…。すべて全員が、僕自身は直接会ったこともない見知らぬ人ばかりだ。

 お金のことも含めて、まさにそのようにして「人生の総体」が支えられているのだなと、深く実感させられますね。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Laura Sullivan「Of Land and Sea, Of Mortal and Divine」。

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 所用があって、いま京都の実家に帰省しているところです。
 僕が自宅で担当している「主婦業」のほうは、パート・タイマー兼大学院生の妻にしばしバトンタッチしている(家事から解放されるって、本当に嬉しいものですね!)

 で、この数日、身の回りで何かとわさわさすることも多かったので、「日常のものごとを一切考えない、ちょっとリトリート的な時間を持ちたいな」と考え――、実は東京からずっと普通電車に乗って来た。
 料金は新幹線の半分なのだけど、時間は4倍以上の9時間…。コスト効率としてはまったく理にかなわない行為である。

 でもその間、ほとんど何も考える必要もなく、ひたすら座席でじっとしている以外にないわけだから、静かに自分の内に浸るにはとても優れた環境といえる。
 もっともこんな、時間的に非常に無駄で無意味なことは、会社勤めをしているときにはまずできなかった。
 かなり昔のコンビニのCM風に言うと、「辞めてて良かった! いい気ブン」である。


 電車で瞑想などをしながら過ごすのは、これまでにもよくしていた。と言うより、長時間1人で移動するときには、なるべくそのように過ごすように努めていた。
 でも、じっとしながら3時間近く経つと、結局マインドが我慢しきれなくなって、ヘッドフォンを付けて音楽を聴いたり、雑多な思考の世界にふたたび入っていくことになった…。

 今回、自分自身で非常に驚いたのは――、10時間も電車に乗っている間、本当に延々とほぼ何も考えずにいられたことだ。
 以前のブログでも「最近、左脳の働きが遅くなってきた」ということを書いたけど、今回もそうした変化の一環だろうと思う。


 途中、箱根のトンネルを抜けた後、ドアの上の電光表示に「次は函南」という文字が出た。その文字を、特に意味を考えることなく、絵を眺めるようにぼうっととらえていると――、その「は」の字を見つめているうちに、「は」という音がスッと頭の中で連想されて浮かび出てくるのが分かった。
 どうでもいいような頭の中の働きだと言われればそうなのだけど、そんな微細な反応にもありありと気づいてしまうほどの、無思考で何もない静かな世界の中にずっといた。

 もちろん、色んな思考がわっとわき上がってくる瞬間は、ときどきある。
 でも、何かを考えるよりも無思考のほうが明らかに心地よいので、僕は無思考でいることを選ぶ。以前ならそれは選べるものではなかったが、今は選ぶことができる。


 ただ、抵抗するわけでは全くないのだけど――、マインドの片隅に「ここまでものごとを考えずに生きて、本当に自分は大丈夫なのか?」といった認識がちらついているのが分かる。水戸黄門の「うっかり八兵衛」のほうが、まだしっかりしていると思う。
 意識のあり方が、自分でも全く知らないような領域に踏み入りつつあって、そこでマインドがたじろいでいるのだろうと思う…。


 昨日、実は少し奇妙なことがあった――

 実家の近くにある自然豊かな池のほとりを散歩していたときのこと、目の前の茂みの中に、1羽の大きなアオサギがいるのに気づいた。
 首を高く伸ばし、花鳥画のような凛とした姿勢であたりをうかがっている。微風に揺らぐ羽の様子や、野生の鋭敏な目線が、すぐ間近に見て取れる。

 でもすごく不思議なのは――、もうちょっとで手が届くほどの近さなのに、まったく逃げようとしないことだ。

 東京郊外の川沿いのウォーキング中にも、たまにアオサギの姿を見かけることがある。でも普通は10メートル以上は遠くにいたり、こちらが気づくよりも先にバサバサと飛び去っていくものだ。こんな近さはあり得ない。
 「どうして逃げないのだろう? まさか僕の姿が見えていないなんていうことは…。まさかね…」と思い、気になるので少しずつ近づいてみることにした。


 アメリカ先住民の長老から教えを受けたトム・ブラウン・ジュニアの本の中に、鹿などの野生動物の体に触れるという内容がある。
 自分の存在感を消し去り、野生の鋭い感覚でも気づかれないほどの微動だにしない姿勢で、ものすごく時間をかけながらわずかずつ近寄っていく。そして最後に、手を伸ばしてその体に触れるという達人技だ。

 当然ながら僕はそんなことに熟練していないから、足を少し動かすごとにアオサギは「んっ、何か辺りに気配がするぞ」という感じに首をすぼめる。
 でも逃げる様子はなさそうだ。人がこれほどまで接近していることを気に留めていないのか、ひょっとしたら感知していないのか…。
 あまり近寄りすぎて驚かせても悪いから、ある程度でやめたけれど、何だかとても不思議な出来事だった。


 さらにそれ以降も、田舎道の真ん中にスズメやキジバトがいて、僕が近づいても飛び去ろうとせず、踏みそうになったりもした。
 何かの変容の証とかなら素晴らしいものの…、まぁ、単にうっかりな野鳥たちだったのかもしれないですけどね。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Kit Watkins「Mirage」。

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 現在の自分自身のあり方というのは、「過去のさまざまな選択の積み重ね」ともいえるでしょう。
 そして中には、「どうしてあのように選んでしまったのか…」と、振り返って後悔するケースも少なくないかもしれない。

 今回はそうした「選択と後悔」の話で、このブログでよく紹介するエリザベス・キューブラー・ロスの言葉からです。

 しかもその「選択」というのがかなり究極的なもので…
 自分自身(もしくは家族)が癌などの重い病気にかかり、懸命に調べて最善と思われる治療法を選択したが、その甲斐なく死が避けられない状況になってしまった(もしくは家族が亡くなってしまった)、という場合についてである。

 終末期医療の草分けである医師のキューブラー・ロスは、患者や家族に次のように語る――

 医療にはいろいろな選択肢がある。西洋医学か東洋医学か、果敢な治療か通常の治療か、もっと初期の段階で診察を受けるべきだったか、様子を見ていた方が良かったか?――
 どんな方法を選んだとしても、「死」という結果が出てしまったときには、他の方法を選ばなかったことが悔やまれるに違いない。
 ありとあらゆる治療法を試みて闘病する人は多いが、その大半は、新しい治療法もさしたる効果はなく、後悔で眠れない夜を過ごすことになるのが現実である。

 亡き人の癌はもっと早期に発見できたかもしれないが、私たちは普段から病気探しに血眼になって暮らしているわけではない。
 亡き人はもっと早く病院に行くこともできただろうし、毎日検査を受けに行くことだってできたかもしれない。
 だが、その人はそんな「臆病な人生」を選ばなかった。たとえもっと頻繁に検査に行ったとしても、癌が発見されたときはやはり手遅れになっていたかもしれない。


 非常に端的に言い換えてみるならば――、「起こるべきものごとが起こった。振り返って悔やんでも意味がない」と言い切っているわけだ。
 でも医師に、こんな根本的なこと(少なくとも40年前の医療ではかなり非常識なこと)を語られたら、患者や家族は憤激してしまうかもしれない。「治すのがあなたの仕事でしょう!」と。

 また私たちは、到底受け入れられない結果に直面したときに、その理由についてありとあらゆる「問い」を投げかける。
 「誰のせいでこなんなことに」「何か悪いことをしたわけでもないのに」「自分だけがどうして」と…。
 ところがキューブラー・ロスは、そんな「問い」にはそもそも答えが存在しないのだと強調する――。

 多くの選択肢を前にして、どうすれば正しい選択を手にすることができるのか? 複数の治療法の中から一つを選んだ。その選択だけですでに自責の念の温床になりうる。
 どの治療法を選ぼうが、すべての治療法をどれだけ綿密に検討しようが、専門医が何を言おうが、「もしあのとき別の治療法を選んでいれば…」という自責の念は残る。
 最大の悲劇が起こったが、それは「誰のせいでもない」――。私たちはそう考えることを学ばなければならない。

 ある人が死に、別の人が生きている。その理由は誰にもわからない。それは最初から答えのない問いなのだ。
 人間の手に負えない状況というものがあり、そこでなお「自分がああしていれば」と考えるのは、ある種の慢心ともいえる。ある人が死に、ある人が生きている理由は、人間が問うべき問いではない。
 その事態を決定するのは、神または宇宙である。その問いに答えはない。


 究極の選択の後悔…
 そこから学び得るもの、あるいはそうした事態が起こる目的ともいえるもの――、それは実は、無条件の「受容」と、自らの最も「純粋な部分」への到達であると、キューブラー・ロスは説く。

 死の病に臥した人が身に付けるべき教訓はおそらく、物事を「あるがままに受け入れる」ことだったに違いない。
 その人は間違ったことは何ひとつしていなかったかもしれないし、ただ物事がそうあるべきように展開しただけなのかもしれない。

 霊性を高めれば、病気になっても治すことができると信じている人たちがいるが、それは霊性ではなく、実は「取引」である。
 霊性とは、たとえ死に直面する場面であっても、自己との、魂との、生命との再結合がなされることだ――。
 真の霊性とは、自他を責めたり、欠点を見いだしたりすることとは無関係のものである。それは自己の最も「純粋な部分」への到達にかかわることであり、その「純粋な部分」が愛と結び付き、神と結び付き、肉体や健康や病気を超えたものと結び付いている。


 命にかかわるほどの重大なものごとではなくても、人生における「選択と後悔」というのは、図式としてはだいたい同じだろう。
 しかもその原因が、単なる自身の認識不足や、考えの浅はかさ、感情に流された行動など、いま振り返ってみたら情けなくて救いようがないように思えてしまうケースも少なくないかもしれない…。

 病気の治療のように、熟慮に熟慮を重ねた選択であっても、その多くは「自責の念の温床」となってしまう。
 まして、普段の「場当たり的な選択」ならば、思わしくない結果が導き出されても、ある意味で当然ともいえるだろう。


 しかし、ここで行うべき本当の「選択」とは――
 過去の無念さや、救いようのなさまでも含めたすべてを「あるがままに受け入れ」、自らの最も「純粋な部分」に目を向けるかどうか――
 それこそが、今できる本当の選択だと言える。

 過去の出来事や、現在の世界のすべては――、私たちが「今できる本当の選択」をするめに、ここにこうして現れ出ている。
 あらゆる過去は定められた運命であり、前もって描かれていたストーリーなのだとよく言われる。

 しかし、「今できる本当の選択」に限っては、自ら選ばない限り、まだ何も決まっていないのでしょう!



 結びのヒーリング・ミュージックは、Kevin Kendle「Nightfall」。

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 このブログは、開設してから今月で2周年を迎えます!
 記事の本数も、前回がちょうど300本目でした。

 もちろん、もっと年季のあるブログや、毎日更新しているところもたくさんあるから、胸を張れるようなレベルでは全然ないのだけど――、まあ、僕自身にとっては、楽しみながら続けられているなと感じてます。


 この2年間の世の中の動きを振り返ると、平均株価が8000円台から1万5000円近くに上昇し、政権が再び入れ替わり、隣国との領土問題が深刻化し、東京オリンピックが決まり、消費税率が上がり、原発は…と、実に色んな出来事があった。
 でもさらにその以前の、多発テロや世界金融危機、大震災に見舞われたときと比べたら、「比較的穏やかに経過していった」と言っていいのではないかと思う。

 同様に、僕自身のごく個人的な状況を振り返ってみても――、数年前に思い立って禁煙して、断酒して、ダイエットもして、さらには会社を早期退職してと、人生の急ハンドルをきった時期と比べて、この2年間は本当に穏やかだった。
 そうした中、国内外のさまざまなニュースも含めて最も大きな変化だと感じるのは――、やはり、ほかならぬ「自分のあり方の変化」だろうなと思う。


 たとえば5年以上前の自分なら、「本当のあなたとは肉体でも思考でもない」とか言われたら、「どういうこと?」と理解不能なはずだ。また2年前でも、「素晴らしい教えだけど、具体的に実感できない」という答えだったろう。
 でも今そう言われたなら、「まったくその通りでしょう。うまく説明するのは難しいけど、疑いなくそう感じて確信している」という回答になるかな…。

 何か象徴的な体験があったわけでなく、こうした変化については僕自身「だんだん緩やかに、そう感じるようになった」としか言えないです。
 余計な思考や過去からの観念が、見えない大きな流れによって自然に洗い落とされて、本来の「意識されるべきものが意識される」状態になってきたように感じる。

 こうした変化は、動きのあわただしい時代ではなく、むしろ今のような穏やかなときだからこそ進みやすいのかもしれない。


 そうした流れの一環だろうけど、最近たじろいでしまうことも多いのが、「左脳」による言語的・論理的な情報処理能力が、明らかにペース・ダウンしている点だ…。

 腕の「右利き」「左利き」みたいなものが脳にもあるとすれば、僕はきっと「左利き」に違いないと思う。
 ブログを書くときもまさにそうで――、最初はぼんやりとした「意味のかたまり」みたいなものが、自分の中にフワッと浮かんでくる。それは特に努力なしに、自然に表れ出てくる。
 ところが、そのぼんやりとした「意味のかたまり」をとらえて、言語的に解釈して文字に置き換え、一応の読み物として仕立てていく作業は、まさに左脳による「肉体労働」ともいえる。

 最初のインスピレーションの段階では、「こんなややこしそうなテーマはとても書けない…」とひるんでしまうこともあるのだけど、でもそんな場合にも、これまで左脳は遺憾なく「力技」を発揮して、何とかビシッと文章にまとめ上げてくれた。


 ところが最近、そうしたブログの書き方が、だんだんできなくなりつつある。
 自分の頭の中を流れる「言語的な情報量」が本当にどんどん減ってきて、それに伴って、左脳の働きも「お役ご免」といった感じで機能を落としてきているようだ。

 ブログを書くことは僕にとって楽しみだから、今後ももちろん続けていくつもりなのだけど、でもこの様子だとやがて、「書き方」のスタイルなりペースを変えるときが来るのかな…、とも思う。
 野球でバッティング・フォームを改造している最中は調子が上がらないみたいに、そんな調整過程もあるかも知れない。


 ところで僕は、色んな人のブログをけっこう読むほうだ。
 これは全くの個人的な主観なのだけど――、2年ほど前から最近まで、スピリチュアル関連のブログでは、ユニークな新しい書き手が登場したり、鮮やかな切り口のメッセージや斬新な世界観に驚かされることも多かった。

 でもこのところ、全般的にちょっと「踊り場」的な様相にあるのかな…とも感じる。
 自分のほうが心を揺り動かされにくくなったのか、あるいは心を揺り動かすメッセージが減ったのか、またそれは僕だけが抱いている印象なのか、それとも多くの人たちも同じように感じ取っていることなのか、よくは分からない。
 ひょっとしたらこの数年で、およそ必要なだけのスピリチュアルなメッセージが、僕を含め多くの人たちにすでに浸透したのかなとも考えられる。そして、「単純に新しい考え方に触れたり、腑に落とすことで喜びを得る」という段階を過ぎたのかも知れない…。


 この2年間は穏やかでありながらも、動きの激しい時代には起こり得ないような、本当に静かで深い変化が促されているように思う――。
 そしてここに来て、僕自身の感覚だけでなく、スピリチュアル分野の全般、あるいは世界の全般において、次へ向かう「踊り場」にいるような、そんな雰囲気を感じます。

 ま、「踊り場」ですから、ここでダンスしながら待つのもいいかも知れないですよね!



 結びのヒーリング・ミュージックは、Llewellyn「Ruby in Zoisite」。
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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。





http://facebook.com/koudaimitsuna

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