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 僕は、スピリチュアル分野への関心を持つようになってからも、セミナーなどに参加した経験というのは、どちらかと言えば少ないほうです。

 一方で、本に載っていたワークなどは、けっこう継続して取り組むことが多い。同じ時期に色んなものを並行して行うから、どれが効果的だったのかは定かでないけれど、でもいちばん自分に合っていたなと振り返ってみて思うのが、「モーニング・ページ」というワークだ。

 たまたまのタイミングだったかも知れないけど、2年ほど前にこのワークをやって以降、自分の気持ちや周りの物事が、まるで急ハンドルを切るように転換し始めた…。


 このモーニング・ページというのは、ジュリア・キャメロン『ずっとやりたかったことを、やりなさい』という本に出ているもので、朝起きてすぐに、心に浮かんだことを何でもそのままノートに書き付けていく。
 それを毎朝3ページ、12週間続けるというものだ。

 心に浮かんだことを何でもといっても、もとから「朝起きたときはいつも晴れ渡った青空みたいにすがすがしい気分」という人は、こんなワークをするはずがない。
 たいていは、胸に渦巻く窮屈で鬱々とした思いや感情を、ノートにぶつけるように書きなぐっていくことになる。字は読めないほど乱れるし、文章としての体もなさない…。

 有名なOSHOのワークの一つに、ため込んでいた感情をデタラメな言葉でわめいて発散する「ジベリッシュ」という浄化法があるけど、その「記述版」ともいえる。
 個人的な印象で言うと、口で発するジベリッシュは「エネルギーをストレートに放出している」という感じだけど、文字で書くモーニング・ページのほうは、「わだかまりの構造を少しずつ解きほぐしている」といった感覚がする。
 

 僕の場合、このモーニング・ページを書いていた12週間、どういうわけだか仕事でいやなトラブルなどがよく起こるようになった…。
 まるで自分の内的な取り組みに呼応するように、外側の世界が「ほら、これも浄化しなさい」といってネタを差し出してくるみたいだった。
 そして、その出来事によって触発された重苦しい気持ちを、毎朝ノートに吐き出すように書きつらねていった。

 さらには同時に、周囲とのあつれきに対する、自分の抵抗力とか無神経さもどんどん剥ぎ取られ、感受性が過敏になったようで、正直言ってメンタル面ではなかなかつらかった。


 でも、もしあのモーニング・ページがなかったとしたら、自分はおそらく今とは違う状況の中を生きているのではないか、とさえ思える――。


 で、色んなブログを見ていると、僕のモーニング・ページのノートみたいに、内に鬱積した怒りや嘆きなどを、あて所もなく発散しながら書き綴ったブログをときどき見かける。

 もちろん他人の誹謗中傷は良くないけど、自らの気持ちをさらけ出すように書かれたタイプのブログには、実は大きな役割があると感じている。
 つまり、その人の書くという行為によって、心の状態や周りの世界のあり方までもが、少しずつ浄化されているのではないかと――。


 自分にとって理不尽でしかない怒りや、人生全体に尾を引くような悲痛な経験――そうしたことが起こるのは、その人が被害者として遭遇した悲運のせいだとか、身から出たサビのようなものでは決してない。

 過去の人類が経験し、未解決のまま残された膨大な感情エネルギーが、この地上世界に漂っている。
 それは属人的なものではなく、空気のようにすべての人々で共有されていて、ある意味では「連帯責任」的なものだとも言える。誰かがそれを浄化しない限り、自然に消え去るようなことはない。
 そして、その感情エネルギーはあるとき、生きている人の人生の中に入り込む。ちょうど亡霊が憑依したり、ウイルスが感染するように…。

 それが、さまざまな出来事を引き起こしながら、その人の内面や人生の状況を大きく揺さぶることになる。
 そうしたエネルギーは、人を苦しめようとして取り付くわけではない。「浄化してもらう」ことが目的なのだ。その浄化は、受け取った人の役割となる。

 「キリストは人々の罪をあがなうために十字架にかかった」と言われるが、大なり小なりそれと同じ性質のことを、すべての人は人生の中で課せられている。究極的には、人生はそのためにある、と言ってもいい。


 ただしほとんどの場合、人に取り付いた感情エネルギーは浄化されることなく、結局は他者への憎しみや暴力などの形でまき散らされて、地上に輪廻し続けることになる…。
 
 でも、そのエネルギーを受け取ったとき――つまり理不尽な経験に人生を大きく揺さぶられたとき――、何かのせいにして攻撃や抵抗をする代わりに、ペンを手にノートに書き付けたり、あるいはキーボードをたたいてブログにありのまま気持ちを吐露するならば、その人はまさに人類共有のエネルギーを浄化する道、すなわち「人々の罪をあがなう」道を選んだのだといえる。

 
 最近よく引用しているパウロ・コエーリョ『マクトゥーブ』 に、書くということについて、こんな一文があった。
 
 師は言う。
 書きなさい。手紙でもいい、電話をしながらの走り書きでもいい――書きなさい。書けば、神に近づき、隣人にも近づくことになる。

 もしこの世界での自分の役割を知りたいのなら、書きなさい。誰の目に触れなくとも、――誰の目にも触れさすつもりはなかったのに、意に反して読まれてしまったのだとしても――心を込めて書きなさい。書く、という単純な行為は考えをまとめ、自分を取り巻くものが何なのか、はっきりさせる。

 一枚の紙と一本のペンが奇跡を生む――苦しみを癒し、夢を明確にし、失われていた希望を取り戻したり与えたりする。言葉には力があるのだ。



 終わりに定例のヒーリング音楽で、今回はDeuter「Gaia Dreaming Herself Awake」。
 夢心地にいるように、うっとりしてしまう曲です。


  ☞ コメント:16

 
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「書き手」という、他者のための道具
コメント
189
う~~~~ん!
奥が深くて、うんうん、、なるほど、、、まったく~!

と、、思ってばかりなので、ここら辺でリンクさせていただきたく、よろしくどうぞ~!

190
ami様

 評価いただき、有難うございます!
 本当に多くの人たちが、同じように考えているのだと思いますね。ami様とも思いを共有できて嬉しく思います。

 リンクはご自由にお願いいたします!

191
こんばんは、初めまして。
香奈と申します。

負のエネルギーは、人を苦しめようとしているのではなく、浄化してもらおうとしている…今までに無かった視点で、ハッとさせられました。
何でこんな目に合わなきゃいけないんだってことがあったのですが、その出来事を浄化するのが役割と考えると、思っていたより自分は悲惨ではないんだなと感じられます。
苦しめためではないと聞いて安心したのかもしれません。
上手く言えませんけど、鬱々してた心が澄み渡った気分です。

他の記事も読ませて頂いて、私には少し難しい内容でしたが、知らないことばかりでとてもためになります。

また来ますので、お勉強させてくださいねm(_ _)m

192
香奈様

 はじめまして! 丁寧なコメントを有難うございます。

 そうなんですよ。ネガティブに思える出来事や感情は、「浄化してもらうため」に表われているんですね。

 それもランダムにやって来るわけではなくて、そのエネルギーが「この人だったら癒してくれる」と信じて頼ってきたり、あるいは自分がこの世に生まれる前に「今回の人生ではこのエネルギーを浄化しよう」と決めた上で、巡り会っているのだといえます。


 でも、若い方がこういう話を理解されるなんて、時代が進んだものだなと感じます。

 僕自身の場合、バブル期だったこともあって、働いて稼いで成功することしか、頭にありませんでしたから…。

193
光奈様、初めまして
愛と申します♪
ナゼか(^^;)ご訪問頂き恐縮です!

知的で魂磨きに繋がるお話と美しい音楽をシェアして下さって。
毎回とても楽しみにしております!

私も今日のブログでOSHOの禅タロットのお話を書いたので、
シンクロしてるーと勝手に喜んでおります(^^)

是非リンクさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?

194
愛様

 こんにちは! 評価いただき嬉しく思います。

 僕のほうも、彩雲の写真が出ているのを見て「おっ!」と思いました(「重荷」のカードも、なぜかよく引いてしまうんです…)。

 リンクはご自由にお願いいたします!


195
はじめまして。
いつも拝見させていただいている、ヒロと申します。
初めてコメントさせていただきます。

今回のパウロ・コエーリョさんの言葉に涙があふれました。

私にも、書きに書きまくっていた時期があり、
それはまさに苦しみ、悲しみの浄化作業でした。

その頃がとても愛おしいです。

なんだかうまくコメントできないのですが…
光奈さん、いつもどうもありがとうございます。

またコメントさせていただきます。



196
ヒロ様

 はじめまして。素敵なコメントを有難うございます!

 書きまくる時期って、そのときは本当に苦しまぎれでしかないけれど、振り返ってみれば、人生にかけがえのない「浄化の機会」なんですよね…。


 コエーリョの言葉にある、書くことが「奇跡を生む」というのは、決して言い過ぎの絵空事なんかではない。
 有名なニール・ドナルド・ウォルシュ「神との対話」だって、もともとは、失業中の苦悩や怒りをノートにぶちまけたのが始まりですし。

 本当に、「書く」ことは大切な行為ですね!

198
光奈さま

前職のときに、煮え詰まって黒い思いで一杯の当時のクライアントに、「悪口雑言罵詈罵倒(ばりばとう)」ノートを、書き綴ってもらっていました。初めは噴き出すように出てくる憎しみや避難や恨みなどの攻撃的な想いが、やがて、本当は愛されたい想いや、許したいのにどう表現していいのかわからないという哀しみや、受け取ってもらえないという悲しみにたどり着く人が多かったです。

この二回シリーズで、思い出しました。

頃は、「願望成就」法や「プラス思考」推進の全盛のときだったのですが、「黒い想い」に蓋をして無かったことにしてしまうことの方がマイナスなんだと思えてならず、結構勇気を出して、「毒を吐こう」と勧めました。

結局プラス・マイナスのどこから行っても、その向こうに行きたいと決めている人の霊体と魂体は、越えていくんでしょうね…。

199
カウンセラー0様

 コメントを有難うございます!

 クライアントさんに、とても素晴らしいガイダンスをされたのですね。
 感情を吐き出しながら、自分の奥へ奥へと進んでいって、原初的なな思いに行き着くところは、何となく「コア・トランスフォーメーション」に似ているかも知れません。

 
 カウンセラー0さんのおっしゃるとおり、魂にとっては、プラスもマイナスも同じエネルギーなのでしょう。
 それを進化のために使わず、ため込んで停滞させてしまうことが良くないのかも…。

404
こんにちは!
光奈様!
訪問頂きありがとうございます。

ふくっちままと申します。
「モーニング・ページ」なるワーク、
光奈さんのブログで初めて知りました。

書くことによる浄化については
体験していたので、やはりワークが
あるんだなと思いました。

後、苦しみまぎれに当たり散らすように書いた
時など、答みたいなものが思い浮かぶ
ので書き留めています。

どこからやって来るのかは分かりませんが…

407
ふくっちまま様

 コメントを有難うございます!

 「モーニングページ」は、もっともっと知られて良いものだと思いますね。

 あと、それとはまた違うのですけど、滝本洋子さんという方が自身のノートを「大きなわたしと、小さな私」と題したメールマガジンで公開されているのですが、その内容が以前からとても素晴らしいなと思っています。(10年分ほどあるバックナンバーはものすごい量です…)
http://archive.mag2.com/0000104931/

 個人的には、「神との対話」以上に魅力的だと思います!

417
光奈さま
こんばんは!

滝本洋子さんのメールマガジン早速拝見しました。
素敵な情報をありがとうございます!

「あ、ここにも地球の変化、人類の意識の変化を感じてる人が居られる」と嬉しくなりました。

光奈さんもそうだし、滝本さんのように気づきや受け取った情報を日々発信する、というのは大切ですね。
時差のない情報なので。

変化せざるを得ない時に道標となるものがあれば、より優雅に乗り越えられます。

光奈さんの日々の暮らしぶりも若い方々の、良き道標、と感じます。

418
ふくっちまま様

 こんにちは!

 滝本洋子さんの「大きなわたし」は、本当に素晴らしいメッセージですよね!(バックナンバーを読むと、本当に大変な人生を歩まれています…)

 「神との対話」の神や、バシャール、ラムサ、バーソロミュー、エイブラハムよりも、女性的で水瓶座の時代にふさわしいところが、僕は好きですね。

3568
そうです、そうなんです♪
私も同じようなことをしています♪

私は「感情や体験を昇華させて作品にする」という意味合いで創作という言葉を
用いました(^_^)
(私の書くものが昇華と呼べるまで高まっているかは別ですがw)
題材にしているのは私自身に関係していることなので、文章構成の初期ではまさに殴り書き、自分の中身をノートにぶち撒けています。書きながら激怒したり号泣してしまう時もあります。なのに書くw

こちらの記事を読ませて頂いて
なんだか、とても嬉しくなりました♪





3572
小奈鳩ユウ様

 こんにちは!

 感情を吐き出しながら書かれているって、素晴らしいことだと思います。
 それによって地球の一隅に、浄化がもたらされているに違いありません。

 記事に共感いただいて、とても嬉しく思います!

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

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