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 きのうは天気が良かったので、荒川水系の入間川沿いを20kmほどウォーキングしてきました。

 上の写真はそのときに撮った、延々と続く川の土手を、一面の黄色に覆う菜の花。
 ひと昔前にはやった画家の葉祥明の世界って感じですよね。
 足元を見ると小さなツクシが顔を出していて、上空には美しくさえずるヒバリが舞い、そしてあちこちで桜の樹が満開に咲き誇っている――

 この上ないほど気持ちいい春の日で、こういうのこそ本当にぜいたくな「恵み」だなと実感する。
 数年前まで、こんな素敵な日にも、騒々しい都心のオフィスにいて、根を詰めて果てることのない仕事と格闘したり、混んだ地下鉄に乗って取引先を回ったりしていたわけだから…
 その当時と比べると、こうして「恵み」を受け取ることができる立場にいるのが、実にありがたいなと心から思える。


 そんな静かな暮らしをしていると、「意識の明晰さ」というのが、少しずつでも深まっているのが分かる。
 「いま自分の中に、こんな思考が出てきている」とか「こんな感情が湧き上がっている」といったことを、無自覚に見過ごしてしまわずに、逐次、自然に取捨することができる。
 これは、「生きやすさ」の面において、相当なメリットがあると思う。

 ただその半面で、一般に言う「頭脳の明晰さ」のほうは、あきらかに後退していることを痛感する。
 たとえば、言葉がすぐに出てこないとか、ものごとを連想するスピードがずいぶん遅くなったとか…、いわゆる「左脳」系の機能ですね。
 もちろん「歳のせい」もいくらかあるだろうけど、でも現役のサラリーマンなら、ますます重要な交渉や意思決定をすべき年代なわけだから――、その機能がこのペースで損なわれていったら、文字通り「勤まらなくなってしまう」に違いない…。

 以前は僕自身、左脳的な俊敏性をけっこう得意としていた。仕事などで「なるほど鋭いことを言うね」とか「これは面白いアイデアだね」と評されることを誇らしく思っていたし、僕なりの存在価値を発揮できる個性でもあった。
 今そうした、自分にとっての「主たる要素」が着々と削られていっているわけだから、少なからず残念な気もしてしまう。

 でも、この変化も間違いなく、自分にとって必要だから起こっていることだろう。
 だから、失われていく自分の従来のアイデンティティーについても未練なく、「さようなら、わたし!」という姿勢で見送りたいなと思う。

 ま、とは言え――、どれほど大きく変化しようとも、自分自身が別人になるわけではないし、周りの現実問題が何か変わるわけでもないでしょうから…。


 前に、「外の景色がこれまでになく輝いて見える」「呼吸がものすごく気持ちいい」「真冬なのに春の香りがする」といった個人的な変化についてブログで書いたら、自分も同じように感じているというコメントをいくつかいただきました。
 今回の「頭脳の働きが後退する」という感覚も、きっと同様の方がいらっしゃるのかもしれません。


 以下、そんな状況とやや関係のある、OSHOの言葉がありました――。

 もし言葉の代わりに静寂がやって来るようになったら、人はハッピーになっていい。祝福されたと感じていい。
 前に来ていたのに来なくなった言葉を心配することはない。何か別の途方もなく価値のあるものが、あなたにやって来ているのだ。
 あなたは、まだそれを認識していない。




 結びのヒーリング・ミュージックは、Deuter「Blessing」。

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  ☞ コメント:20

 
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「地球」と「脳」と「意識」
コメント
3594
光奈さまへ

いつも素晴らしい光をありがとうございます。

なぜか、細い涙が出てきます。

合掌・感謝・浩欣

3596
kowkin様

 こんにちは!
 気持ちの込もったコメントをいただいて、本当に嬉しく思います。

 動きがちょっと鈍くなった「左脳」を使いながら、こうしてブログの文章を書いている甲斐がありますね!

3597
こんにちは
20kmとはなかなかの距離ですね。僕は一日置きくらいに1kmとかですね。左脳の働きは去年あたりから鈍ってきてますね。物の名前がパッとでてこなかったりとか。いざなってみて、ああ、こういうものなのかと我ながら驚きです。 
僕も早期退職の恩恵面をとても有難く感じる日々です。 
多摩川がすぐ近いので、今度土手ウォーキングもやってみようかと思ってます。

3598
タカヒロ様

 こんにちは!

 多摩川の近くにお住まいとは、うらやましいです。
 僕はわざわざ電車に乗って、多摩川沿いを歩きに行っているくらいですから…。

 堤防の上は、景色が広々として眺めがいいし、延々と続く一本道なので、何も考えずにどこまで歩いていっても迷うことはない。

 座って瞑想するよりも、「無」になれるくらいかも知れないです。

3599
萌芽
僕も、この時期ではないんですが、役職を手放し、過去の役割を、もう演じることはできないって放棄しました。いまは微かに後悔もありますが(^○^)何かが萌芽しているんだと思います。

臨死という意味では、今日久々にセドナメソッドのレスターさんの物語読んでました。清貧も、さよなら。再度思いました。

3600
はじめまして
前からブログ拝見しておりました、いづんつぁんと申します。
ワタクシも最近ナニカ頭に浮かぶモノなりコトを言葉に出来なくなってきてアセッテおりました。『つま先と脳を結び付けましょう!』などといってダンス教えるときも『ここはズバッと』『グイ~ンと伸ばして』とか言ってしまうのでした。
また新たな局面に向かう途中ということですね。
そういえば、子どもたちの成長がちょっと止まる時期がありますね。どもるようになったり、転ぶことが多くなったり。でもその後必ず進化して乳児から幼児、幼児から児童、児童から少年少女とぐんっと成長するものでした。子どもと比べてもだめかもしれませんが、この年だからこその進化もあると信じて。

3601
こんばんは。
4月からは仕事を辞めて今、引っ越しと職探しをしている者です。
前職は家で仕事をしないと追いつかない仕事でした。
前々色は朝会社に入ったら昼休み外に出るだけで、
夜10時くらいまで残業の毎日でした。
そのとき、休みの日に感じられる夕方の涼しい風と夕焼けが、
こんなにも素晴らしいものだと感じました。
このような「恵み」を受け取れる人生にしたいです。
次は家では仕事から離れ、
6時くらいに仕事が終わって、
夏は散歩もできるような仕事があればと考えています。
あるといいですが難しいです…。


3602
Greenbird様

 コメントを有難うございます!

 役職を手放されたとのお話し、いくらかの寂しさは残るかも知れませんが、きっとそれだけ「本当の私」に近づいたのだと思います。


 セドナメソッドは、僕自身もサラリーマン時代にかなり熱心に取り組みましたね。
 「その欲求を認めることができますか?」「いつ、その感情を手放しますか?」といった一連の質問をヘッドフォン・ステレオに入れて、通勤電車などで聴きながら答えていました。

3603
いづんつぁん様

 こんにちは。コメントを嬉しく思います!

 確かに、体を動かすレッスンなどの言葉は、妙な感じになるでしょうね…。
 僕が習っているヨガ教室の先生も、「は~い、もっとお腹を背中に!」「お尻に息を入れて!」という、言葉上は全くわけのわからないアドバイスをよくします。


 子供の成長のたとえは、僕もその通りだと思います。
 成長期を過ぎたら、体がもっとより大きくなることよりも、ほかのところで成熟していくこのとの方がはるかに重要でしょうから。

3604
45F様

 こんにちは!

 大変なお仕事をなされていたのですね。きっと今は、自分にもっと最適な仕事に出会うための、必要な変化の時期にいらっしゃるのだと思います。

 転職と引っ越しを一緒にするというのは、大きな転換ですね。
 実は僕自身も、会社を辞めるタイミングで引っ越しをしました。隣町の同じようなマンションに移ったので、引っ越しの意味や必然性は全くないのですが…、でも7年ぶんのガラクタを一気に処分できたのは、「風水」的にはとても良かったのだろうなと思います。

3606
恵みいっぱいの毎日
私も散歩中、至福感に浸りました。
それは以前から時々やってくる感覚です。

なんて気持ちがいい天気だろう、と我が家の庭でうっとりもしています。

左脳はそんなに働かなくても、右脳がフォローしてくれます。
パズル作成やパソコン作業などで、以前は思いつかなかったことを
ふいに思いつき色んなことがどんどんラクになっています。

昨日、ふと思ったことはボランティア活動で絵手紙を教えるのはやめよう
ということでした。私は全力で教えます。
自分の知っていること、持っている技術、すべて提供します。
堂々とお金をいただいてもいい。
むしろその方が、みんなにとっていい結果を生むような気がしました。

スーパーに限らず、安ければいいという時代は終わってますから。

引っ越しをしたつもりで現在色々処分中です。
心の中でも余計なものを処分しているんでしょうね。

3607
光奈さん、こんにちは。

以前教えていただいた、エックハルト・トールのThe power of nowの訳本を読んでおります。
読み進めながら、意識を集中して思考をストップさせる練習をしていて、ふと疑問に思ったことがありました。
「これを続けていたら、以前より『考える』ということが少なくなって、頭の回転が遅くなったり、うっかりミスをしたりしないのかな?」ということです。
実際に支障があったわけではないのですが・・・

光奈さんの今回のお話が、まさにその疑問の答えでした!
変化は必要だから起こるーそれを受け入れればいい、ということなのでしょうね。
ありがとうございます!

いかに今まで、過去の出来事に悶々としたり、明日の心配をしたりして「いま」にいなかったかを実感しています。

うれしい変化として、寝つき・目覚めが良くなり、前より毎日が楽になってきました。

光奈さんのブログに出会えたことに、心から感謝しています。










3608
吉田無ーん様

 こんにちは!

 そういえば、左脳的計算の極致ともいえる「将棋」なども、対局中のプロの脳波を測定したら、右脳で考えているらしいですね。

 あと、以前に読んだ本を手に取って「この本の中に確かこんなことが書いてあった」という箇所を探すとき――
 文言はあいまいにしか記憶していなくても、「本の後ろのほうの、右ページのこのあたりに書いてあったはず」という絵的なところはけっこう覚えてることもありますよね。

 右脳の性能は本当にすごいです…。

3609
25cmの外反母趾様

 コメントを有難うございます!

 『The power of now』の訳本を読まれているのですか。とても素敵な本だと思います。(どうしてあんな妙な邦題なのでしょうね…)

 ところで僕のように「頭脳の働きの後退」を感じるのはまだまだ半端な状況で――、
 やがては自分の本質が、以前とは比較にならないほど明晰で素晴らしいインスピレーションを与えてくれると言います。


 あと『神との対話』の本の中にも、著者のウォルシュ氏が「そんなふうに、いちいち自分の思考や言動を検閲していたら、愚鈍で退屈な人間になってしまいませんか?」と問うたのに対して、「神」は次のように明言しています。

 「そんなことは決してない。イエスは退屈だったか? そうではないだろう。ブッダはつまらない人間だったか? 人々は彼の周りに集まり、そばにいたいと懇願した。悟りを開いた人は非凡だが、退屈ではない」

3611
これでいいのだ
光奈さん、こんにちは。

昨日のコメント、これからは堂々とお金をもらおう、に関連して
お世話になっているカフェの方に同様のメールをお送りしました。

そのメールから何かを感じ取ってくださったようで、
素敵な返信をいただきました。
言わなくてもいいようなことを時々言ってしまう私。
でも、それもまたいい方向へ続くきっかけにもなるのでしょう。

自分の言動を「これでいいのだ」と受け入れる。
思考や言動の検問が、自分を知ることになりますよね。

今日もかたづけがんばります!

3613
はじめまして
ブログランキングからこちらへお邪魔しました。
私は自由業できままに生きています。理屈では、どうにもこうにも先行き真白なのですが、今日も生きていて、とりあえず幸せデアル。春は特に美しく、

世界は美に溢れている!

特にいま!!

(とはいえ、四季それぞれ、毎日、「特にいま!」と思っているのですが^^;)

と感じます。
こんなに美しさに満ちたこの世にいられて、ひたすら嬉しい。と、歩き回りながら思うのです。

私はよく、意味もなく歩き回ります。
喜びたいがために、歩き回る、という感じです。

人生的にいろいろな事件がありいろいろなものを手放して、
一段と寂しくなった、その時から、世界が自分に近くなりました。

何と言うか、世界が近づいてきてくれて、手を伸ばしたところに世界はあって、美しさや歓びを無償でくれるのです。

自分の住んでいる部屋さえも、美しいんです。
気がつくと私はいろいろ身の回りにあるもの、自然も道路も天も地も何でも、更に自分も大好きなのでした。

春は嬉しく美しいけれど、ついていけなくて憂うつになったりすることも、
生きているとき味わうあんなこともこんなことも、

すべてホントは大好きなのでした。

ミツナコウダイさんの今日のブログを読んでこんなことを思ったことを
書きたくなりました。
ありがとうございました^_^






3614
感覚の劣化?
こんにちは。
カリメン2号です。

鋭い感覚は、年齢によって変化していくものだと感じています。
感覚が鋭かった時は、あるものを見たときに100%以上のものを受け取っていたように思います。
今では、10%も行けば良いほど…。
大人になればなるほど、その感覚を鈍らせていくのでしょう。
子供の感覚のままではいられない、そうしないと社会生活が送れないからなのかも知れませんね。

写真、綺麗ですね。
まるで映画のワンシーンに出て来そうです。

3615
吉田無ーん様

 こんにちは!

 素敵ですね。人を新しい方向へと導くのは、「思い描いた計画」ではなくて「意外な展開」のほうでしょうね。

3617
ラン様

 初めまして! 共感いただいて、とても嬉しく思います。

 周りのものが美しく見えて、生きる味わいや自分も大好きって――、これ以上素敵なことはないといえますよね。

 心の重苦しさはあるでしょうけど、やがてそれさえも、素晴らしい輝きへと変わっていくはずだと思います!

3618
カリメン2号様

 こんにちは!

 確かに、映画や音楽でも、思春期のときのような感受性で見たり聴いたりすることはもう二度とできないですね…。

 一方で、「静寂」をじっと感じることなんかは、今のほうがずっと深い感覚でとらえられると思います。
 やはり、歳に応じた必要なものが与えられているのでしょう!

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。





http://facebook.com/koudaimitsuna

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