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 前回記事で、私たちの誰もが持っている「思考パターン」は、案外シンプルな基本要素からできている、という話をしました。

 その要素のひとつが、自分には重要なものが「欠落」しているという認識。
 そしてもうひとつが、自分と他者との「差異」ばかりに着目しようとする見方だ。


 まず「欠落」については――、
 人はたいてい自分自身に関して、「今あるもの」よりも、「失ったもの」とか「持っていないもの」のほうへ、つい重点的に意識を置いてしまう。
 そしてその欠落部分が、自分のアイデンティティーのようになってしまったり、あるいはそれを埋め合わせる目的のために、人生のエネルギーの大方を費やしてしまう…
 ――というのが、前回の話でした。

 今回は、その続きの「差異」についてで、これもかなり近い話です。


 差異についての最も象徴的な例といえるのが、「宗教」だろう。

 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、聖地が同じエルサレムである。
 また、それぞれが違う神を崇拝しているから対立しているわけではなくて、「神も同一」なのである。

 旧約聖書で「ヤハウェ」と名乗っているまさにその唯一神のことを、イスラム教では「アッラー」と呼んでいる。
 (ちなみに、ヤハウェはヘブライ語で「私は在る者」という意味で、アッラーはアラビア語で「神」を指す普通名詞)

 さらにイスラムにおいては、聖書物語で有名なノアも、モーゼも、そしてイエスも、神の言葉を伝える「預言者」として位置づけている。
 それと同じ神が、預言者のムハンマドを通じて伝えたのが、イスラム教というわけだ。


 聖地が同じで、神も同じで、教義についても共有する部分が大きいのだから、「私たちはまさしく同胞である!」――なんていう親密な関係にはならない…。
 現実には、歴史やニュースで見る通り、互いの「差異」の部分だけが圧倒的に強調され、激しい対立を生み、世界的な紛争の火種になってしまう。


 それと同じように――、日常場面で自分が批判したくなる相手や、受け入れられない相手というのも、実は根幹となる大部分は「互いに同じ」というケースは少なくないだろう。

 ところが、その「同じ」である全体像は、ほとんど目に入らない。部分的な「差異」のほうこそがすべてであるように、そこだけがクローズアップされた形で心に映ってしまう。
 そして「相手のことが絶対に容認できない、許せない!」という、怒りや憎しみの感覚が引き出されていく。


 人と人はどこまで同じかと考えていくと――、たぶんどこまでも同じなのだろうと思う。

 「いやいや、自分がもし相手の立場だったならば、あんな振る舞いや言動は絶対にしない。自分と相手とは、根本的に違うんだ」という人もいるかもしれないけど…、それはやや想像力が及んでいないと思う。
 もしも、自分自身が相手と完全に同じ立場になったならば――、つまり、その人と同じ生い立ちで、同じ教育や出会いや経験を積み、同じアクシデントにも遭い、同じ心の傷や未解決の問題を抱え、それらを通じた考え方を持っていたならば――、きっとどんな人だって、その相手とほぼ同じ振る舞いや言動をするに違いないはずだ。

 その意味では――、残虐なテロリストも、我欲におぼれる権力者も、道端で息絶える最貧困層の子供も、置かれた境遇や立場は相当に違うけれども、実は本質的なところで自分とまったく違わない存在といえるだろう。


 さらにまた別の、突き詰めた見方をすれば――

 私たちを遺伝子レベルで見ると、人間の遺伝情報は99.9%が共通しており、個体差というのはわずか0.1%しかない。
 世界には多様な人種・民族がいるし、個人個人の体格や容貌、能力や性質などはまさしく千差万別だ。
 そうした違いは確かに存在するけれど、それは実は「0.1%」の違いに過ぎない。

 また物質レベルで見ると、私たちの身体は、酸素や炭素、水素、窒素をはじめとする約30種類の元素の、きわめて精妙な組み合わせによって形作られている。
 その比率がわずかでも違ったら、「人間」というものを構成して機能させることができなくなる。
 この物質的現実において、私たち一人ひとりの違いというのは、そもそも存在し得ないのだ。
 (この話は、過去記事の「私たちはどこまで同じか?」でやや詳しく書いています)


 私たちは、互いの違いを見いだすことのほうが困難といえるレベルまで、実際に「同じ」なのである。
 なのに、きわめて微小なはずの「差異」ばかりに着目して、それを「大きくて根本的な違い」ととらえてしまうのは、マインドの屈曲した極大化の作用といえるだろう…。


 もちろんこのことは、「考えの異なる相手にも意見するな」とか、「相手がしてくるどんな行為をも拒絶してはならない」と言いたいわけではない。
 そうしたやり取りを通じてもたらされる、互いの学びや進歩というのも、当然あるはずだ。

 でももし、これまでの反応的な思考パターンとは異なる道を取るならば――、
 つまり、自分に「ないもの」でなく「今あるもの」のほうをとらえ、他者との「違い」ではなく「同じ」であることのほうに着目したうえで、自らの考えや態度やあり方を選ぶならば――、
 自分や周りの世界の問題というのは、相当に変わってくるはずだ。そこから得られる学びや進歩も、従来とは格段に違ってくるだろう。

 それが、現実的に今から私たちが取れる「次のステージへのステップ」であるとも思います。


 で、この「欠落」と「差異」の話を書きながら、確かどこかに近いことが書かれていたな、と思っていたら…、
 『神との対話』の3巻目に、まさしくこんな一文がありました。

 『足りない』という人間の意識、それが、すべての不安、プレッシャー、競争、嫉妬、怒り、葛藤、そして殺し合いの根本原因だ。

 それと、すべてはひとつではなく『ばらばらだ』という信念、それがあなたの人生をみじめにし、人類の歴史を悲しいものにしている原因の90%を占めている。

 この2つの意識を変えれば、すべては変化するだろう。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Pushkar「Simple Living」。

  ☞ コメント:36

 
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「欠落」と「差異」の思考パターン
コメント
5533
 福士蒼大くんも蛭子さんも、差異はない。
まあ蟻の視点から見れば「人間」あるいは「生き物」ってくくりで。
 そう考えると楽しいような、虚しいような・・・。

5535
思考の限界
こんにちは。
カリメン2号です。

自己が自己を認識した時から、他者との差異が生まれる。
それは思考をする限り、無くなるものではないと思います。
宗教にしろ、何にしろ。
欠損も、所詮はそんな差異に他ならないのではないでしょうか。

5536
なのはなS様

 こんにちは!

 あらゆる人たちが同じ存在でありながながらも、それぞれの個性や美を感じることもできる――。
 このこともまたパラドックスであり、人として生きる素晴らしさだといえますよね。

5537
カリメン2号様

 こんにちは!

 カリメン2号さんが言われる通り、「自己の感覚」と「思考」と「他者との差異」というのは、非常に密接に関係し合っている要素です。
 通常は、それら3要素の強力な結合が、人の生の全般を支配していると言っていいです。

 でも――、
 自分と他者との隔たりないつながりを認識しながら、思考をツールとして使うということは可能でしょう。
 もちろん決して容易ではありませんが、これからどんどん可能になっていくと思います。

 それが、「次のステージへのステップ」なのでしょう。

5538
光奈さんへ
欠けているものや、孤独感に焦点を当てていると大切なものを大切にできないんだなあとこの頃強く感じてます。ブログを見てさらにそう思いました。83歳の母や、大学4年の息子との時間を大切にしたいと思います。

5539
こんばんは
今までの人生で 自分と違うという事に…
本当に目が行ってたなと・・・今だから思えますね
通り過ぎた時間を共有した人たちに 伝えたい感動に浸ってます^^
謝るとかそんなものでは無く 
生きて来た時間がどれだけ大切な時間だったか・・・
これからの時間を「あるものに」焦点を合わせ 
こだわらず生きて行けたらと思えますね
これからは 穏やかな時間を過ごせそうです
いつも 気づきを有り難うございます
そちらは地震は大丈夫ですか?

5541
蛭子さんとのつながり
蛭子さんの名前が出たので、ちょっとコメント。

蛭子さんとは1度もお会いしたことがないのに、
20年くらい年賀状をやりとりしています。
毎年、手書きのコメントを必ず書いてくださいます。

蛭子さんは亡くなった奥様、そして現在の奥様、
お二人の素晴らしい女性に支えられて、実に幸せな方です。

蛭子さんは断れない方のようです。
だから私のような見ず知らずの人にも年賀状の返事をくださるのでしょう。
蛭子さんの正直な生き方、昔からいいなと思っています。

5542
ご訪問ありがとうございます
いつも私のブログを訪問してくださってありがとうございます。メインのブログはお引越ししてしまいましたが、私も訪問させていただきますね。  平川裕貴

5543
わこさん様

 コメントを有難うございます!

 身近な人と共に過ごす時間というのは、本当にかけがえのない大切なものですよね。

 普段は最も日常的で当たり前のようにしか感じられないけれども…、もしもその時間を失ってしまうことになったならば、きっといちばん取り戻したいものになるはずでしょう。

5544
風水光子様

 こんにちは!

 これまでの時間はもちろん大切ですけど、これからの時間はもっと貴重なものになっていくでしょう。
 「穏やかな時間を過ごす」というのは素敵ですね!

5545
平川裕貴様

 こんにちは。ご丁寧なコメントを有難うございます!

 ブログの引っ越しって、いいと思いますね。
 伊勢神宮などの「遷宮」みたいに、エネルギー的にリフレッシュされる感じがします。

 これからも、ぜひお立ち寄りください!

5547
吉田無ーん様

 こんにちは!

 蛭子さんの話、面白いですね。本当にあの通りの人なんですね…。

 今回のブログ記事のテーマに近いことですが――、
 相手のことを価値レベルによって区分した上で、自分の態度を変える――、なんていう「器用」なことができない方なのでしょう。

5549
(⊹^◡^)ノo゚。*こんにちわ
 
とても興味深いお話ですね!
ちょうど今、同じような方向へ自分の考えが向かっているので
“うんうん”と頷いてしましました^^

私はブログを今後、良いと思ったことや人を紹介したりリンクさせたりして行きたいと思っています。

まずは、ブログをリンクさせて頂ければ幸いです♪゜・*:.。. .。.:*・♪

5551
蛭子さん、大ブレーク中ですね。連日、テレビ出演です。
蛭子さんのような方が売れるのも、時代の変化かなと思っています。
蛭子さんの一番いい所は、いつも同じ態度で謙虚な所だと思っています。

5552
こんばんわ。たまにこちらのブログを拝見させていただいております。はじめまして。dayaと申します。
初めての書き込みです。よろしくお願いします。
蛭子さんの話が出たので・・・ちょっと唐突ですが一言。

蛭子さんの好きな映画は「タイムトラベラー」という作品でして、これ、あまり有名な作品ではないのですが、すっごく上質なコメディーなんです!主演クリストファー・ウォーケンで、とても温かい映画です。私、すごーーーーーく大好きなんです~♪ 蛭子さんが何かの番組でお勧めしていたのを昔見て「らしいなぁ~」と思って嬉しかったのでした。

5554
mobic様


 こんにちは。共感いただいて、とても嬉しく思います!

 まさに多くの人たちが、同じような方向へ動いているように感じますし、これからが楽しみです。

 リンクなどは自由にしていただいて結構です。

5556
吉田無ーん様

 こんにちは!

 テレビをほとんど見ないので、蛭子さんの活躍ぶりは具体的には知らないのですが…、素のままで謙虚な人が流行るのはとてもいいことだと思います。

 昨年の流行語大賞は「今でしょ」でしたけど、今年は「ありのまま」も入りそうですね。

5557
こんばんは…
光奈さんのブログに訪問させていただくと、
いつも、コメント欄もじっくりと読みます。

そして、様々な感じ方、考え方に
学ぶことが、たくさんあります。

とても楽しい時間です。
ありがとうございます~(^-^)



5558
daya様


 初めまして。コメントを有難うございます!

 「タイムトラベラー」って、まったく聞いたことがない映画ですけど、調べてみたら何か面白そうですね。(「首なし騎士」と同じ製作年なんですね)

 蛭子さんのような、リップサービスを全然しそうもない人が勧めるくらいだから、きっと不思議と見入ってしまう魅力があるのでしょう。
 ぜひ見てみたいと思います。

5559
アルまま様


 こんにちは。コメント欄まで丁寧に読んでくださって、とても嬉しく思います!

 ブログ本文のほうは、ややじっくり文章を練っているのですが、コメント欄の返信のほうは、パッと思い付いたままを書いています(そのため、ちぐはぐな返事を書いてしまったりもしますが…)

 そのへんの違いも、僕自身としてはいいかなと思っています。

5560
光奈さん、こんにちは。
dayaさん、蛭子さん情報ありがとうございました。

蛭子さんオススメの「タイムトラベラー」私も気になります。
来年の年賀状にそのことを書いてみます。

さて、今日は7年ぶりに地元の大きな病院へ行ってきました。
娘2人の付き添いは大げさかもしれませんが、これも母への恩返しです。
妹が仕事と子育てを両立できたのは母のおかげですから。

今週金曜日に精密検査、来週火曜日には治療方針が決まりそうです。
その時も妹の車で3人で行ってきます。妹は仕事を休んでくれます。

この機会に、病院という世界を観察してみます。
今日の印象は、とても賑わっているな、というものでした。

5561
こんばんは、何度かお邪魔しましたeimiです。
遺伝子レベルの差異が0.1%とはびっくりしました。いろんな意味で勇気づけられるような、られないような…

そんなゼロに近い差の中であーだこーだと悩みながら、あるいは国レベルでは殺し合いまで起こしながら宇宙の粒のような地球で暮らしていると思うと、人間って本当にスマートじゃないですね(^^)


5563
吉田無ーん様

 こんにちは!

 大変なことではあるけれど、親子一緒に行動しながら困難に当たっていくことは、いいことだなと思います。僕自身の両親のについても、よくそう感じます。

 大病院の世界は、なかなか興味深いですよね。
 通路のベンチに長々と座って待たされていても、行き来する人たちを眺めていたら、あまり退屈しないです…。

5564
今晩はいつも見てくれてありがとうございます。^^
ランキング UPしときました^^
これからもよろしく。

5565
eimi様

 こんにちは。コメントを有難うございます!

 ちなみに、人間とチンパンジーの遺伝情報を比較すると――、99%が同じで、たった1%の違いしかないそうです。
 私たちが日常目線で見て感じているほどの「違い」というのは、本当にないんですよね。


 また以前のブログでも書いたことですが、私たちの血液の塩分濃度というのは、ほかの動物や鳥や魚とも違いがないそうです。
 それは、「古代の海」の塩分濃度と同じなんです。

 私たちは、体の中に「根源的なあかし」を持ち運びながら、生きているんですよね。

5566
フェレパパ様

 こんにちは!

 わざわざ有難うございます。こちらからもポチッと押させていただきました!

 またぜひお立ち寄りください。

5567
光奈さん、こんにちは。

昨日から「ライフ・レッスン」再読開始しました。
うなずきながら読んでいます。

映画「タイムトラベラー」注文してしまいました(笑)。
今日届きそうです。

昨日も母と色々話すことができました。
話す内容より、話すことが大事。それを実感してます。

私の人生を振り返り「大変だった時が面白かった」と母に言いました。
母の一大事も、母の人生にとって面白いことになるはずです。

母との葛藤ややりとりで苦しんだこともありましたが、
それを通過したから今は互いの本音が語り合える。ホントよかったです。

5569
吉田無ーん様

 こんにちは!

 キューブラー・ロス最晩年の書「ライフ・レッスン」は、本当に素晴らしい内容ですよね。
 本当に、人生の「章」が進むにつれて、レッスンの中身も濃くなってくるように感じます。


 「話す内容より、話すことが大事」というのも本当にその通りです。
 こういうことも、バリバリ活動している段階では、なかなか気付けないことでしょう。

5584
こんにちは
これは自分も考えたことがあります。きっとそうだろうと思います。だからつきつめるとわたしたちはひとつの同根源なのでしょう。どうしたって個があり別々だとしがちですが。

5585
匿名様

 こんにちは!

 まさに同根源で、あらゆる存在が「樹」のように枝分かれしているとも言えますね。
 私たちは「葉っぱ」のような感じなのでしょうか…。

5655
こちらの「差異」の記事を読み、
なんとなく、私が最近友達とうまく付き合えない理由とそのバカバカしさが分かりました。
私は0.001%以下にも満たない差異に注目しすぎることで、
友達を失い自分を嫌い孤独に苦しんでいます。
「違い」ではなく「同じ」であることに注目できれば、本当に世界は全然変わるのでしょう。
いつもありがとうございます。

5657
ruri様

 こんにちは!

 大切な気付きのきっかけになれて、ブログの書き手としてもとても嬉しく思います。

 鳥の群れが何万羽といる営巣地で、ヒナは親鳥の鳴き声を聞きわけられると言います。生き物にはそうした、普通では分からないような微細な「差異」を認識する能力があるのでしょう。

 ただ人間の場合、その能力をいつの間にか「相手を嫌うこと」に使ってしまっているケースが多いのでしょうね…。

5753
毎度おおきに

いつものブログアップに感謝致します
お陰さまで
無味乾燥の味が判り掛けました
精神社会とは頭脳ではなく
胃袋にあったら面白いですな
酔っております
失礼をば致しました
起きたら
もう一度よく読みます

5754
ウナ様

 コメントを有難うございます!

 頭脳でなく胃袋にあるって、いいですね。まさに「腑に落ちる」「腹に据える」という感じでしょうね!

5795
お久しぶりです、こんにちは、光奈さん

光奈さんのブログは
年末に時間が出来たら読もうと思っていて
けっこう楽しみにしていました
光奈さんの考え方を興味深く楽しく読ませて頂いております

わたしの考え方をいうと

同じというけれど
同じものから生み出されるものって
同じものなのかなと
同じものからでも合わせかたによって
いくとおりもの形ができる
そういうことなのかなと思いました
たとえ0.1%の違いでも
そこから生まれる合わせかたの違いによって
生み出されるものにも違いがあるのかなと
わたしが自分の絵を見て驚きを感じるのが良くあるのは
その新鮮な違いを見るからなのかなと思いました

わたしが自分の絵から見ている違いは0.1%にも満たない
ごくわずかな違いです

わたしはやはり「同じ」より「違い」に着目し
「全」より「個」を見るのが好きですね

5799
Asasane様

 お久しぶりです。丁寧なコメントをいただき、とても嬉しく思います!

 同じ木から挿し木して育てた木は、遺伝子は全く同一だけど、同じ枝ぶりにまではならないです。
 そうした差異や個性もまた、自然の現れです。

 差異は、対立や争いのためではなくて、そこから喜びや美しさを見いだすためにあるのでしょうね。

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

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