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 近年のハリウッド映画の中には、たまにスピリチュアルの本質的テーマに切り込むような内容のものがありますよね。

 よく引き合いに出される『マトリックス』はそうしたメタファーが敷き詰められているし、『アバター』も「身体と意識とどちらが自分なのか?」という問いを投げかけている、ようにも受け取れる…。

 僕は、ピクサー・スタジオのアニメ『カールじいさんの空飛ぶ家』がけっこう好きで、あれは徹底的な「断捨離」を描いた映画だと思う。
 亡き最愛の妻との思い出だけに生き、外の世界への関心をなくしていた頑迷固陋なカールじいさんが、最後の最後にガラクタのような古い遺品を一気に手放したら――、新しい喜びの人生が始まった、という内容だ。


 で、その「カールじいさん」の監督が『インサイド・ヘッド』という新作アニメを作っているのだけど、これもまた面白いテーマを手掛けたものだな…と思う。

 物語の舞台は、11歳の少女テイラーの頭の中。
 主人公はテイラー本人ではなくて、何と彼女の内側にいる「喜び」「悲しみ」「怒り」などの感情たち――、といった作品だ。




 家族との会話シーンを描いた予告編映像もあるのだけど、母親や父親の頭の中にも同じ姿の「怒り」や「恐れ」がいるところなんか、なかなかおかしい。
 内にある感情エネルギーというのは、人による違いのない「同質」なものなのでしょう。

 しかも、家族が感情的に衝突をしているときは、「人対人」というより、「怒り 対 怒り」の図式になっている点も、うまく表しているなと思う。




 そして、とりわけ印象的なポイントが――、
 人をコントロールしている主体が、頭の中にいる感情であることだ。
 人の言動や行動というのは、感情からの指令にもとづいた、単なるアウトプットにすぎない…。

 このことは色んなスピリチュアル本などにもよく書かれているけど、それをアニメ映像で表現して世界的に上映するというのは、なかなかすごいことだなと感じる。


 この映画は、エンターテインメント作品らしいスリリングな冒険物語へと展開していく(まだ公開されてないので詳しい内容は分からないけど)
 でもきっと見る人によっては、アニメで描かれる頭の中と、実際の自分の頭の中を照らし合わせてみて――、やがて色んな問いや気づきに結び付いていくのではないかな、とも思う。

 たとえば――

 「たしかに自分の頭でも、こうした感情たちが出てきては、色々としゃべっているよね。
 ときには、感情が激しく高ぶって、自分のすべてを巻き込んでいく…。

 じゃあ感情のほうが主体であって、自分というのはただ動かされるロボットのようなものなのだろうか?

 う~ん、そうとも言えるけれど…、どこか決定的に違うような気がする。

 そうそう、実際の感情や思考というのは、浮かび上がってきては、消えていくものだよね。
 でも、そうした感情や思考が現れようが消えようが――、それとはかかわりなく、『私』という感覚は常にずっとある。

 ということは…
 感情は感情であって、それが自分にとっての主体というわけではない。

 それよりも、いつもベースにある『私』という感覚、つまり感情や思考をじっと見つめている視点――、それこそが自分であると言えるのではないかな…。

 ではその、感情や思考を見つめる『私』というのは、いったい何者なのだ?」――

 …なんていう具合に。


 ま、人それぞれに色んな考え方のプロセスはあるはずだけど、最後の「私というのは何者か?」という問いは、必ず共通して行き着くポイントだろう。

 そして、そこから先に重要と思うのは――、
 「私というのは何者か?」という問いについて、何か具体的な説明や理解を得ることが(さらには何か特別な体験を得ることが)、私たちの生の目的ではない、ということだ。

 そうでなく、何者か分からないその不変な「私」の視座に立ちながら、自らの感情を経験したり受け入れたりすること――
 それこそが、この世界において魂がしたいと望んでいることではないかと思う。


 「ザ・マネーゲームから脱出する法」の著書で知られるロバート・シャインフェルドは、人の生をシンプルに2つの段階に分けている。

 まず第1段階は、「本来の自分」の力や知恵を見失い、周りの出来事を「これが現実だ」と信じて振り回されている状態のこと。
 世の中の大部分の人々は、この段階にずっととどまり続けている。

 そして第2段階というのが、それまでの自分のあり方に疑問を抱いて、「本来の自分」を取り戻すプロセスだ。
 ひとたび取り戻せば、何の制約も受けずに「人間ゲーム」を楽しめるようになると、著者のシャインフェルドは語る。


 頭の中の感情や思考についても、同じことが当てはまるだろう。
 第1段階は、感情からの指令にコントロールされて、振り回されてしまっている状態。
 そして第2段階が、「本当の自分」としての視座に立ちながら、感情を経験したり受け入れられる状態だ。

 この第2段階へのシフトは、革命的ともいえる転換をもたらす。
 それによって初めて、生の目的の一つである「感情との正しい向き合い方」が可能になる。


 スピリチュアル分野の教師であるステファン・ボディアンは、こんなふうに説いている。

 苦しみの感情を「自分を表すもの」として受け取ってはならない。「私のさびしさ」ではなく「さびしさ」そのもの、「私の怒り」ではなく「怒り」そのものなのだ。
 それを愛と受容の心で受け止めれば、やがて分散消滅する。
 苦しみの感情は去るために現れるのであって、とどまるためではない。


 内に浮かぶものに向き合い、それを見つめ、受け止め、癒やす者――
 「本当の自分」とはそういう存在なのだと言えますね。


 結びのヒーリング・ミュージックは、Healing Therapy Music「Flowing Peacefulness」。

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コメント
6771
感情の渦の中から外へ
まだまだ第1段階なので
第2段階まで行き着きたいです。

(最近、やっと第1段階の感情部分を切り離そうと試みる
心境にだけは なって来ました)

でも時々は 渦に巻き込まれ 我を忘れてしまいます・・・

先日、光奈さんがブログに書かれていた様に、
家の中で「ひとり時間」を取る事で
徐々に自分が戻ってきます。

いつでも どこでも ありのままの自分でいれば
コワいもの無しなのですが。

6772
マネゲ!!
スピ系情報に惹かれ出したのが10年ほど前。
知識だけ増え、頭でっかちになりはするものの、現実社会では困難に困難が積み重なり、にっちもさっちもいかなくなったときに出会ったのが『マネーゲーム・・・』3年前のちょうど今頃でした。
まさしく、感情に正面から向き合うことを教えてくれた、私の人生を変えた究極の一冊です。

今になって振り返ると、これまでの人生の中でも、自分が想像しうる最悪の状況・どうしても避けなければならない状況に直面したことが数回ありました。
その渦中にいるとき、想像を絶するほどテンパッてるはずなのですが、同時に、なぜか、妙に冷静に外側からことの成り行きを静かに見つめている自分がいたのです。
あれこそが“何者か分からないその不変な「私」”だったのでしょうね。

今日の記事を拝読したら、これまでのことが感慨深く思い起こされ、書き込まずにおれませんでした。
感謝(^人^)

6773
cael様

 コメントを有難うございます!

 「ひとりの時間」は、忙しい人はなかなか持ちにくいものですが、優先度を上げて作るほうがいいと思います。

 一方で、いつもつい感情反応してしまうパターンのときに、踏みとどまってそれをただ見つめるというのも、やはり非常に大事だなと思います。
 いつものピンチが、シフトのチャンスと言えるでしょう。

6774
時間
こんにちは、この春から環境がガラッと変わり、それこそ「ひとり時間」が全く持てなくなりイライラしていました。今朝娘に些細な事であたってしまい、出勤途中ながら後悔至極。時間は作るものとよく言われます。もう少し余裕を持って生きたいです。

6775
kipi様

 コメントを有難うございます!

 「マネーゲーム」の本は、本当に素晴らしい内容ですよね。

 最悪の状況のときに、冷静に見つめている自分がいるというのは、色んな覚者たちも語っています。
 有名なエックハルト・トールも、かつて精神的に病んで自殺を図ろうとしていたときに起こった体験を、次のように語っています――


 「私の中にある『生きよう』という本能は、『もう存在したくない、いっそのこと消えてしまえたい』という悲痛な願いに押しつぶされていました。私の頭の中を『こんな自分と生きていくなんて、まっぴらごめんだ!』という思いが、ぐるぐると回っていました。
 すると突然妙なことに気づいたのです。
 『自分はひとりなのか、それともふたりなのだろうか?』…。こんな自分と生きていくのが嫌だとすると、『自分』と『自分が一緒に生きていきたくないもうひとりの自分』という、ふたりの自分が存在することになります。そこで私は自分に言い聞かせました。『きっと、このうちのひとりが、本当の自分なのだ』。
 このとき、頭の中でつぶやいていた独り言がピタリとやんでしまう奇妙な感覚に、ハッとしました。私の意識はしっかりしていましたが、私の思考は『無』の状態でした。
 次の瞬間、すさまじいエネルギーの渦に引きよせられていきました。私はわけが分からず、恐怖にふるえました。そのとき『抵抗してはなりません』というささやきが胸に飛び込んできたのです。
 観念して身をゆだねると、私はエネルギーの渦の中に吸いこまれていきました。そのあと何が起こったのかは、まるっきり記憶にないのです」――

6776
fujiwara様

 春は環境変化が多い時期で、気持ちの面でも色々と大変だと思います。
 でもそうした感情も、見つめて癒してもらう目的のために現れてくるのでしょう。

 予告編映像の父親も、娘を怒っていましたけど――、
 怒りの感情というのは一見「判断力をもって状況に対応している」ようでいて、最後は単に「怒りに任せている」だけなんですよね…。

6777
戦うテーマ
光奈様
いつも素晴らしいテーマを投げかけて下さり感謝しています。

この「頭の中との向き合い方」は私の一生のテーマなのです。

いつも、ひょうんなことから、私の頭は独り言をブツブツ言い始めます。

こんな自分を投げ出したくなるのです。

最後の「内に浮かぶものに向き合い、それを見つめ受け止め癒す者ー「本当の自分」とはそういう存在なのだ・・
の言葉に心がホッと癒されウルウルしてしまいました。

ありがとうございます。感謝しています。

6778
こんにちは
病気、老い、絶望、虚無、孤独、恐怖、劣等、欠乏、妬み、などの状態や感情が現れては去る。 
健康、若さ、歓喜、愛、笑い、快楽、感動、勇気、優越、などの状態や感情が現れては去る。  
これらすべてはめぐりつづける。 
それらすべてに気づいていて、わけへだてなくそれらすべてを映し出す無色透明の何かなのでしょうね。

6779
こんにちは。

見つめ、受け止め、癒す者。

こんな自分でいつもいられたらいいなあ!という理想の自分です。
ネパールの大地震で、どうして長い時間をかけて伝統を守ってきた社会を一瞬にして破壊するのだろう。と悲しみとともに考えていました。
もし起こるべくして起こった災害なら、これから伝統を守って暮らしてきた国の人々は、現代的な建物にすぐに国中を改築し、安全を取るか、危険を承知で伝統を守るか、選ばなければいけませんね。現実的にはお金の問題がありますが。

でも、もし京都で大地震が起こったとしても京都が東京のような現代都市になるのを、日本人は喜ぶでしょうか。原爆を落とす会議ですら、日本人の心だと候補から外されたのに。


単純に自然災害と思えず、つい意味を考えてしまいます。いつ、光奈様が書いていらした良い方向へ向かう選択ができていたなら、今回のような惨事が起きなくて済んだのでしょうか…神様が本当にいるなら、立て続けに起こる災害は、警告以外にどんな意味があると思いますか?

6780
自己を見つめるためということでしょうね
世界がなぜあるのかを
なぜそこに人はいるのかを
なぜ今があるのかを
見つめるために起こっていることでしょうね
人は何と戦っているのか
神とはいったいなんなのか
この世界の主体とはいったいなんなのか
分かるためでなく見つめるためにあるのだと思います
そんな、わたしのひとりごとです

6782
自分の癒し手は、自分 という言葉にはっとさせられました。そういう視点で見ると、自分の行動は外に癒し手を求めていたかもしれないと思います。いい言葉をありがとうございます。

6783
>苦しみの感情は去るために現れる

そうだとしても苦しみもそばに置いておきたいと思います。
この映画のPVを見る限りだと
感情が生まれるのは人(感情)と出会ったときなのかなと思います。
そう考えるなら喜びも怒りも悲しみも誰かの感情のコピー。
悲しみが存在するのは誰かの涙を知っているということ。
頭の中の感情はその人の世界の縮図。
自分が変われば世界が変わるというのは嘘っぱちで
自分を変えるためには世界の方を変えなければならない。
だからこそ、苦しみには傍にいてもらわないといけない気がします。
苦しみがいなくなれば同じ苦しみを抱く誰かを見失う。
それをしてしまえば世界を変える機会すら失う。
少し前にミニマムハウスという話がありましたが個人的には心の中だけはマキシマムハウスが欲しいと思います。
喜びも悲しみも、死んでいるのも生きているのも、人間も、人でないのも、神も悪魔も、真理も全てが集まりどんちゃん騒ぎしている家が。

6784
自分と向き合う決意
今の私に、とても分かりやすく響きました。

寂しさ悔しさ嫉妬までも体験し感情を見つめ受け入れ、手放していく。自分を許し解放していく。全て愛なんだ〜と喜ぶ。
のもつかのま、また、内にある記憶や癖から浮かんでくる感情が起こる。受け入れて手放す。

魂は、これを経験体験して、自分を愛していく。一つ一つ解放して、真の自由へと向かうのかと思います。それが、私の平和。平安な心。平和は、私の
心からと言うのですね。

少し前、スピリチュアルな事柄で、何者かになろうとしたり、特別な体験をする事で特別な自己をつくろうとするエゴの意識も芽生えましたが、苦しかったです。魂は疲れて泣いてました。(笑)ごめんなさい。


自分とつながって、自己を丁寧に観察。丁寧に自分と会話する。
感情を味わう。
この事をしているこの頃です。
ほっとしました。
ありがとうございます。

6785
こんばんは
私と言う自我を消し去れば・・・
現実と言う事実しか残らない・・・ですね

アニメーションは直球で勝負に挑んで来るので
考えざるを得ませんね

最近繰り返しアニメを見ているので
見るたびに新しい発見が生まれ
制作した人物からのメッセージを色々な場面から
受け取ることが出来 楽しんでいます

「インサイド・ヘッド」孫と見に行きたいです

6786
ちゃんみいい様

 こんにちは。共感いただいてうれしく思います!
 「頭の中との向き合い方」は、本当にあらゆる人にとってのテーマですね。

 「こんな自分を投げ出したくなる」という強い思いは、前のコメントに書いたエックハルト・トールの場合と同じものといえます。
 それが自分の頭の中に、目覚めへの一種のガイダンスのように存在ていると考えると――、まぁ決して悪くはない、というふうにも考えられます。

6787
タカヒロ様

 こんにちは!

 ゴーギャンの「我々はどこから来たのか、我々は何者なのか、我々はどこへ行くのか」という有名な絵画がありますが、あれはいわば「絵を超えた絵」のように思います。

 あの絵でゴーギャンが真に表現したかったのは――、命の誕生や、死や、人々の営みを映し出している「空間の広がりそのもの」、そして、キャンバスのこちら側にいる「見ている透明な私という視点そのもの」なのではないかと感じます。
 
 まさに「すべてを映し出す無色透明の何か」という、絵に描けないものを表しているように思えますね。

6788
メイドインラリエル様

 コメントを有難うございます!

 運命のシナリオを選択して乗り換えることは可能なものの――、地震・噴火などの大災害は、やはり「いつか起こる」ことは避けられないものでしょう。
 地殻変動がある惑星に生きる以上、それは本当に仕方のないことかもしれません…。


 ちなみに京都についてですけれど――
 京都の寺社はとても古いものの、実はそのほとんどは長い歴史の中で、災害・紛争による焼失と再建を幾度も繰り返しながら、現代に至っています。
(近い時代のものでは、金閣寺が戦後の再建です。ものすごくさかのぼれば、応仁の乱で京都の大部分が焼野原になっています…)

 そうした歴史を持つ街ですから、将来もしも大地震で壊滅状態になったとしても――、京都の人々は寺社を再建するはずです。
 そして新しい「京都らしい京都」を作るに違いないと思います。

6789
Asasane様

 こんにちは!

 まさに「見つめるため」というのが、この宇宙が創造された目的であって、「分かるため」ではないのだろうと思います。

 根源的な「大いなるひとつの存在」は、宇宙の叡智を持ってすべてを分かりながらも――、そのままでは何も見つめるものがないですしね。

6790
光奈様

おはようございます(*^-^*)詳しい解説をありがとうございました!「新しい京都らしい京都」を、ネパールの人たちも作ってくれるといいなと思います。なんだかとても気持ちが明るくなりました、ありがとうございます(*^^*)

6792
わこ様

 こんにちは!

 本当に「自分の癒し手は自分」です。
 チャネリング本の「バーソロミュー」に出ている、以下の言葉が僕は好きですね。

 「あなたは、全宇宙の創造物を片手で持てるほど、とてつもなく広大だ。しかしそれを忘れてしまっている。広大無辺なあなたを、誰も救ったりする必要はない。あなた自身が救う者であり、救われる者なのだ」

6793
野良猫様

 こんにちは!

 引用した言葉では「去る」という言い方になっていますが、より詳しく言い表すならば「浄化して解き放ってあげる」ということでしょう。

 「怒り」や「悲しみ」は、個々人のものではなく、言わばあらゆる人類が共有しているエネルギーです。
 だから、自分とか世界という分け隔たりが、実はないのだと思っています。

6794
山本久美子様

 こんにちは。共感いただいて嬉しく思います!

 「特別な自己をつくろうとするエゴの意識」というのは、まさにスピリチュアルの「最大の落とし穴」なのでしょう。

 チベット仏教のマスターのチョギャム・トゥルンパは、それを「精神の物質主義」と呼んで、鋭く指摘しています。
 ブログの過去記事でも、このテーマについて書いたことがあります。

http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-95.html

6795
光子様

 こんにちは!

 アニメや絵本は、子供が楽しめるように、知的な説明をできるだけ排除していることろが利点です。

 子供のときにこの映画を見るのはいいと思いますね。
 「あっ、いま頭の中で『怒り』が騒ぎ出そうとしている!」なんて、内観を始めるかもしれないです…。

6796
メイドインラリエル様

 こんにちは!

 ネパールの人々はまさしく「破壊の神」と「創造の神」が世界をつかさどるという宗教観を持っていますから――、
 そうした思想に沿って、再建に取り組んでいくと思います。 

6797
光奈さん、こんにちは。

ご紹介の映画、観に行きたくなりました。夏ですね。
邦画でも、頭の中でポジティブやネガティブなどが会議する
というような映画がまもなく公開されるようです。
それも気になっています。

我が家のプチ引っ越し進行中。母の元部屋は空気がよどんでいました。
なぜ部屋を変えることになったのか、そのきっかけが思い出せませんが、
結果としては大正解でした。

感情に振り回されがちだった母。昨日もそんな母をちょっと見ました。
私は昔から感情に振り回されることが少なく
(振り回された時はきっかけは外側でも、
 自分自身の言動に対する怒りや落胆などの感情でしたね)、
感情に振り回されている人がうらやましかったことも。

そんな私でも絶えず色々な感情が湧きあがってきます。
とはいえ、ここ数年ボンヤリモードが強化されて、
ますます感情の高まりが少なくなっています。
いつもごきげんでいられるか。愛の人でいられるのか。それが私の課題です。

6799
はつよろです♪
なんだかファンになっちゃいました(σ^▽^)σ

わたしですね…このところついてなくて(汗)
すべり台を滑っても滑ってもゴールが無い感じなんて言えば少しは伝わりますか?
ものすごい急降下中なんです。。

そんなこんなで色んなブログ読み漁ってたらここで足が止まりましたd(^^*)不思議と心惹かれたんです。
Koudai Mitsunaさんも色んな時間を過ごされてるんですよね。きっと。。

急なお願いで戸惑わせてしまうかもしれませんが
話し込んでみたいというか話しを聞いてもらえたらって気持ちを持たずにはいられなかったんです(*・∀-)

連絡してくれたら有難いです。
もしも迷惑であればコメントごと私のこと消してください。

6800
あおむし様

 こんにちは!

 部屋を替えたり、モノを動かすことは、エネルギー的にいい作用があると思います。

 今回の記事内容とはやや辻つまが合わないですけど、モノを動かすことによって、内面の感情のあり方も変わってくるのでしょう。

6802
souvenir様

 初めまして。ブログを気に入っていただけて、本当に嬉しく思います!

 人生が「急下降中」の局面にいらっしゃるとのこと。そうした時期は対処すべきものごとが山積したり深刻化したり、気持ちの面でもふさぎ込んでしまって、本当にお辛い状況だと思います。
 でも、僕自身の経験もそうですし、多くの人が語る通り――、きっと後年に「あの苦しい局面があったからこそ」と振り返ることができるのだろうと思います。
 「あのノリノリの局面があったからこそ」と振り返れるケースは、むしろ少ないはずです…。

 ごく一般論的な内容になってしまいますが――
 いま起こっていること自体は変えられないですから、「あとできっとそのように振り返ることができるだろう」と信じながら、乗り越えていくしかないでしょう。


 僕自身は特に個人セッションとかはせずに、単にブログを書いている立場にすぎないですから、「読み手・書き手」という関係がいちばんやりやすいですね。
 
 いただいたコメントには、基本的には返事を書くようにしておりますので、ブログに関連して何か思うところがありましたら、ぜひコメントの形でお寄せいただければと思います!

6805
こんにちは、いつも楽しく拝読させていただいています。
予告動画ありがとうございます、ピクサーの新作とても楽しみになりました!
ディズニーは童話ですし以前から精神世界っぽいなーと思っていました。
アナ雪は愛と恐れがテーマになっていそうですし。
今回の予告編を見てダグラスハーディングみたいと思いました。
楽しみです!

6807
こんにちは
コメントをされているみなさん、
それぞれに素敵ですね。
私は、自分の中での感情を穏やかにするのは、
時間の経過しかない状態です。
苦しみの感情、「自分を表すものではない」・・・そうですよねえ・・・

6808
無題
今回ブログを読ませてもらって思ったのは 『うまいなぁ!』 ということです。

一読者としてだけでなく、同じようなブログを書いている者として 『うまいなぁ!』 と感心してしまいました。

分りやすく清廉な筆致といい、テーマに向かう流れといい素晴らしいです。

以前から、訪問者履歴をみて、私のFC2のブログの方によく訪問していただいていることは知っていたし、私も訪問していましたが、コメントするのは多分今回が初めてだと思います。

今、FC2でやっているブログが書けずに、いろんなブログのコメントを荒らしていて、その流れの中でコメントしてみました。

このブログは今まで何度もやめようと思ったのですが、そこそこアクセスもあるし、熱心な読者もいるのでやめられずにいます。

このブログとは別にアメブロの方でも別ブログをやっていますので、気が向いたら訪問してみてください。

初期の頃は、『哲学の透視図』というタイトルで、量子力学が生み出す物理哲学を絡めて『神』や『私とは誰か?』という問題を取り扱っていました。

以上、通りすがりのコメントでした。
では、これにて失礼します。

 

6809
ruri様

 こんにちは!

 ダグラス・ハーディングは、僕も著書やサイトから多くの影響を受けました。

 出来事や感情を眺めている、そもそもの中心は何か?――、というところまではアニメ映画ではさすがに踏み込まないでしょうけど、そういうポイントに気付く人も出てくるのではと思います。

6810
森須もりん様

 こんにちは!

 「時間の経過」によって感情を癒すことができれば、それはとても有効な手段だと思います。
 過去の感情を何十年も抱え続け、最期のときも手放せないというケースは、実際に少なくないでしょうから…。

 そのような手放せないケースでは、苦しみの感情をまさに「自分を表すもの」としてしまっているケースが多いとはずです。

6811
ムラリー63様

 こんにちは! ブログの「書き手」の視点から文章を評価いただいて、本当にうれしく思います。

 「コメントするのは多分初めて」とのことですが、確かムラリー63さんからは、昨年に一度コメントを頂戴しております。
 ユニークなグログを「兼業」されていらっしゃる方なので、よく覚えています!

6815
こんにちは!
この連休は、如何に過ごされる御予定ですか~

「感情」ってほんとに厄介な相手だなと思っていたこの2、3日でしたので、またタイムリーな記事でした
何しろどこからともなく自然にフツフツと湧き上がってきては、悟って(?!)平安でいたい心を物凄い情念でもって瞬時にネガティブな思考にドミネイトして、頭?心はそればかりの思いをリピートするようになってしまうんですから、ほんと堪りませんね~!!
私、実はこの3日掛かって、ある人物に対してのその激しく湧きおこるマイナス情念を如何に治めるかに、悟りを得ようと、必死の闘いをしたんですよ~
決して大げさな表現ではなくて、3日まるまる掛けての激しい内的世界での闘いでした
マイナス情念に絡めとられると、その間は個体としてはまさしく破滅状態に陥っていると言えます
良心と悪心との闘いです
自分なりに正当な解釈を探し、見つけ出した答えによって現在は平安な心持ちでおります
その葛藤から解放されました
やはり、最後は、受けた理不尽に思える物事にも 許しの愛の心境に至らなければ自らの心の救いをもありませんね
大変な闘いでありました!









6826
ikkei様

 こんにちは!

 3日もかけて怒りの感情と真剣に向き合うって、なかなかできないことだと思います。
 でも、人生の中ですごく重要な取り組みに違いないです。

 最終的に至るのが、まさに「許し」とか「受け入れ」しかないのでしょう。
 大変なプロセスですが、それもこの生において魂がしたいと望んでいる、大きなテーマのひとつだと思います。

6841
まあーー~~っ!!さすが!人生と宇宙の実体的真理探究者な光奈先生のお言葉です!!
光奈さん御自身におかれても、様々なシーンでの克服があったんでしょう
心情的な感慨深さが、言葉からではなくて背後にしっかりと流れ付随している思いから受け取れて、物凄く共鳴し心癒されました!
どうもありがとう!



6857
こんにちは。
カリメン2号です。

なかなか、面白そうな映画ですね。
人の頭の中という意味おいては、SFのように感じますが…。

6861
カリメン2号様

 こんにちは!

 頭の中の思考や感情は、誰にとっても切り離すことのできない「圧倒的にリアルな存在」といえます。
 でもそれをキャラクターとして映像化すると「SFファンタジー」になってしまう点が、面白いですよね。

6963
感情消化中です
感情を感情のままに感じれば、それは雲散霧消していく…
という表現が心に残りました。

しまい込んでいた感情に向き合おうと決心して半年、
まだ偶発的で、コツがつかみきれていません。
できるときはできるんだけど、という。

こちらのブログ、参考にさせていただきます。

6966
ohara様

 コメントを有難うございます!

 感情と向き合って癒す手法は、色々あります。
 津留晃一の「M2テクニック」、ホ・オポノポノ、アティーシャのハート瞑想、コア・トランスフォーメーションなどなど…

 その人との相性も大きいですが、本やネットで調べて取り組んでみる価値は十分にあります!

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

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