フロントページ   »   スポンサー広告  »  スポンサーサイトスピな散文  »  シェアするノート
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 


 このブログをスタートしてから、今月で4年目に入ります!

 始めた当初は自分でも「数カ月でネタ切れするに違いない」と思っていたものの…、
 結果として振り返ってみると、けっこう続けていけるものですね。


 ブログ内にボタンが付いているように、「ブログのランキング」にいくつか参加していて、その順位もだいたい「定位置」にいるようになった。

 ランキングに参加しているのは、「ブログ内容に縁のある人にとっての『入り口』になれば」という意図からなのだけど、入り口として十分な位置にいることができていると思います。
 ボタンを押してくださっている方々、いつもありがとうございます!


 スピリチュアル分野のブログの中で、このブログがやや「異色」かなと思えるのは――、僕自身がいわゆる覚醒体験をしていたり、見えない何かの存在とのチャネリングができるわけではない、ということだ。

 だから、特別な「メッセージ」と呼べるものを書いているのでは全然なくて…、
 「同じ興味を持つ人たちとシェアしたい」と思うことがらを、まさにブログのタイトルに通り「ノート」のように綴っている感じである。


 毎回の記事のネタみたいなものは、インスピレーションとしてフワッと内にわき上がってくることもある。
 またふつうの思考活動として思い付くこともあるし、誰かとの会話や、読んだ本などから気づきを得ることも多い。

 そうしたことも全部含めてチャネリングなのだと言えなくもないけれど(きっと真実はそうだろうけど)…、でも「普段の日常的な出来事」と呼ぶほうが素直でしょうね。


 そうした個人的な出来事の話題を、もの好きにもわざわざ文章に書き出した上で、その書いた「ノート」を周りの人たちにも回し読みしてもらっている――というのが、このブログの性質といえる。


 比喩としての当てはまりがあまり良くないけれど、人々の意識がシフトしていく時代を「革命」にたとえるならば…
 スピリチュアルなメッセンジャーというのは、新しい世のビジョンを伝えて大勢を導く、リーダーの活動家のような存在でしょう。

 他方で、このブログの書き手としての僕自身はというと――
 「レ・ミゼラブル」の物語の後半場面に出てくる、民衆蜂起のバリケードの前面に立つ小生意気な少年のような…、まぁ、せいぜいそんなふうな立場かなと思います。

 もちろん指導者ではなく、あまり戦力でもないものの、新しい時代を渇望して踏み出していく人たちの「真っただ中にいる当事者の一員」である。


 これからも、「真っただ中にいる当事者の一員」としての目線から、読み物としても楽しめるブログを書いていきたいなと思っています!



 結びのヒーリング・ミュージックは、Llewellyn「Reiki Sleep」。

  ☞ コメント:35

 
次の記事→
引き寄せと、分かち合い
←前の記事
頭の中との向き合い方
コメント
6819
光奈さん、こんばんは^^

光奈さんがスピリチュアルな話を分かりやすくブログに書いて、シェアしてくださって、大勢の方に読まれ、コメントもたくさん入るっていうのは、この時代(とき)に素晴らしい事だと私は思います(*^^)v

私も神や見えない存在の方々とお話出来るわけでもないですが、ごくたま~に『チャネリングしているね。』と人に言われることがあります。

ただ、それになんか違和感があって、『私がもし、出来てるなら、みんな出来るってことでしょー。』と思います(笑)

チャネリングと言えなくもないのだろうけれど、しかし「普段の日常的な出来事」の方がしっくりきますね(*^^)v


6825
普段の何気ない事が大切
おはようございます
いつも 楽しみに拝読させて頂いています
普段の何気ない出来事。。これが一番大事で
あぁぁ なるほどと思いますね
これからも 宜しくお願いします

6828
真知子様

 コメントを有難うございます!

 人間の脳というのは、コンピューターというよりも実は「通信機」のようなものだとも言われます。
 頭の中に浮かぶ他愛ない考えとかも、どこかから飛んできたものを受信しているのかもしれませんね…。

6829
知るは楽しみ・・・
光奈様
いつも本当に色々な世界を紹介して頂き、
昔の流行語「知るは楽しみなり」を満喫させて頂いています。
自分の心の成長を願って、あっち行きこっち行きしているうちに、
何か「特別な人」や「特別な力」を求め頼って行く・・・
「精神の物質主義者」に陥る・・・。
そんな私を、現実を見つめ、外から内へと自然と導かれるような・・・
美しい音楽と共に、光奈様と皆様とのコメントの遣り取りから、
楽しませて頂いている、私にとっての「貴重なブログ」です。
これからも宜しくお願いします。

6830
婆様

 こんにちは!

 日常の何気ない中にも、本当に大切なものが詰まっていますよね。
 共感いただいて、嬉しく思います!

6831
ちゃんみいい様

 こんにちは!

 確かに、「知るは楽しみ」ですね。
 スピリチュアルの「知的理解」に傾注していくのは良くないですけれど…、でも、信じて歩んでいくうえで、知ったり考えたりすることは、とても大切な楽しみだと思います!

6835
光奈さん、こんにちは。

スタートから今月で4年目ですか。
私は5月生まれで、もう少しで57歳になります。
50代後半になってもチャレンジャー的な人生を送っている自分が好きです。

光奈さんのブログは居心地がいいです。
タイトルどおり自由な感じがする。決めつけがない。
答えは自分で見つけるしかないですし、それが人生ですもんね。

光奈さんの感性と文章力、素晴らしいです。
それは生まれ持ってのものと長いサラリーマン生活の賜物でしょう。

一人ひとりが自分の才能を生かしながら、誰もが指導者である。
これからはそんな時代だと思います。

これからも記事を楽しみにしています。

今、絵手紙教室の生徒さんから電話が。躁鬱病で入院されたとか。
いつも落ち着いた感じで私には接してくださいます。
その方との出会いも私に大きな何かを与えてくれるのでしょうね。

6843
4年目突入おめでとうございます!
そしていつもありがとうございます。
日常の中でつらいこともありますが、このブログに来ると「世界って本当に素晴らしいところですよね!」と話しかけてもらってる気がして、ああなるほどそうですよね、と素直に思うことができます。
そんな暖かいブログをシェアして下さってありがとうございます。
これからもよろしくお願いします、お身体お大事にして下さい。

6846
足が不自由であることは、宗教抜きの科学も同然であり、
目が不自由であることは、科学抜きの宗教も同然である。

身体障害者はいい気はしないでしょう。

6849
あおむし様

 こんにちは!

 そうなんですよね。自らを導く小さなリーダーたちが集い、共感の輪を形作り、それが広がっていく時代だと思います。

 鬱は、僕の家族にとっても身近な問題ですから、ご本人や周りの人の大変さはよく分かります…。
 そうした大変な状況も、そこから何かを学ぶために、この世界でしかできないことを魂が挑むために、起こってくるのでしょう。

6850
ruri様

 こんにちは!

 このブログをそんなふうに見ていただけて、本当に嬉しく思います。

 この世界のスピリチュアルな側面に目を向けてみると、色んな素晴らしいことに気付いていけるものだな…、と、僕自身もブログを書きながら思っています。

6853
4年目突入♪素敵ですね。お祝い申します。

ノートの回し読み
なんて素敵な言葉でしょう。
私もその一員かと勝手な想像をして、気持ちが暖かくなった思いがしました。

中途半端に視える私は、夢が現在か、今が夢なのか、混乱してしまう時があります。
夢はあまりにリアルで
人から視える情報もあまりにリアルで…
私はいったい何なのかと、視えているのか狂っているのか、やりきれなくなる時も度々です。
でも
そんな私も
ノートの回し読みの一員だと考えてると
ちょっと嬉しくて。。


いつもありがとうございます。
コメント失礼致しました。

6854
しし様

 こんにちは!

 それは70年前のアイシンシュタインの言葉ですが、もし今の時代に言ったならば「差別的な失言」というふうに問題視されるかもしれません。

 とても短い言葉なので、額面だけからは色んな受け取り方ができますし…。


 ただアインシュタイン自身、障害者や被差別者に無配慮な人では全くなかったはずです。
 子供のころは学習障害のため話すことができず(エジソンと同じ)、さらに大人になっても多動・注意欠如などいわゆる「ADHD」の症状に悩まされていました。

 そして、言うまでもないことですが――、母国ドイツではユダヤ人として激しく迫害されていました。
 むしろ、自身が周りからの差別を受けてきた人物だったといえます。


 またアインシュタインは、ほかの色んな言葉にも現れているように、「宇宙の意志」の存在までを明らかに見抜いていた物理学者でした。
 だから、「宗教抜きの科学」「科学抜きの宗教」という状況を、まさに人類の「機能不全」や「苦しみ」という意味で、身体の不自由さになぞらえたのだと思います。


 おそらく後年に彼の周りにいた「一流科学者」たちは、自らの知識や立場を誇示し、科学の万能性を過信し、宗教やスピリチュアリティを軽視し、さらには多くの人々をさげすんだりもしていたのでしょう。

 だからこの言葉は、額面だけでは障害を持つ人たちへの配慮が欠けているようですが、本当の趣旨は――、そうした科学者たちに向けて「あなたがたの状況は、障害の苦しみを抱える人たちと全く同じなのですよ」ということを痛烈に言い放ったのだといえます。

6855
かりん様

 こんにちは!
 「胡蝶の夢」みたいですね。

 「混乱してしまう」ことのほうが、「目の前の現実だけがすべてだ」と思い込んで疑わないよりも、ずっといいことだと思いますね!

6856
4周年おめでとうございます^^
いつも、素晴らしい文章とユニークな着眼点に感銘を受けています。
このようなハイレベルなスピリチュアル記事をコンスタントに書けるのは、
光奈さんには特別な使命があるからなのかもしれませんね。
私が10代の頃は、スピ系の話ができる相手などはいませんでしたが、
最近は、このような話に興味のある人が多いので、
昔ほど、疎外感や孤独感を感じることもなくなりました。
いつも素晴らしい記事をシェアしていただき、ありがとうございます。
これからも応援しております。

6858
おめでとうございます。
ブログ4年目突入おめでとうございます。
私も先日やっと2年目にはいりました。
ブログを始めてから、日々の流してしまいがちな大切なことをブログネタとして気づくようになった気がします。
光奈さんのようなとても興味深い記事を書いてくださる方が私の未熟なブログを、始めて間もないころから訪問してくださって、とても光栄です。
何回か前の「オルフィウム」の記事もとても面白くて、働いている農園の仲間みんなに話してしまいました。
今日知り合いが、いわれもないことで怒鳴られているのに遭遇してしまい『トランサーフィン』の記事をコピーさせて頂いて渡そうと思っていますが、コピーしても大丈夫ですか?

そして知り合いにも、カルマヨガの輪を広げて行きたいので、リンクさせてもらっても良いでしょうか?
いつもほんとうに素敵なお話をありがとうございます。

6859
ブログを始められて丸3年経ったのですね。
ノートを回し読みしている、というのはなるほど、そんな感じかもしれませんね。

光奈さんのブログの特徴の一つとして「ありがとうございます」「感動しました」というコメントが多い、というのがあると思います。

こう言うとちょっと語弊がありますが、私は光奈さんの文章を読んでそんな風に感じた事が無いんですよね(笑)
自分とは感じ方が違うので、ある意味こうしたコメントは少し不思議な感じがします。
しかし、感謝や感動の気持ちが起きるというのは、それこそ「共鳴」があるという事なんでしょうね。(多分、書き手である光奈さん自身が何故これほど感動したとか感謝するとか言われるのかよく分からないというか、内心不思議がってるんじゃないかと思っていますが)

私は自分の思索の材料として読んでいる感じでしょうか^^


6860
Korva様

 こんにちは!

 10代からとはすごいですね。
 僕自身はスピリチュアルなテーマに関心を持ったのは40代になってからですから、まだまだ新参者です…。

 でも本当に、以前は瞑想リトリートとかに参加すると、周りは「探求歴何十年」といった筋金入りの人たちばかりで、自分は肩身の狭い思いもしたのですが…、最近は普通のサラリーマンとか主婦の方がかなり多くなって、「時代はずいぶん変わったなぁ」と実感します。

6862
yumi様

 こんにちは!

 面白く読んでいただけて、とてもうれしく思います。
 記事の引用や紹介などは、ご自由にしていただいてまったく問題ありません。
 まさにシェアすることを目的に書いているブログですので!

6863
Clary Sage様

 こんにちは!

 ブログの世界はたぶん本よりも広範で多様でしょうから――、そんな中で多少なりの興味を持ってもらえたり、共感してもらえる出会いというのは、全体の中のごくわずかな一角でしょうね。

 でもごくわずかな一角でも、そうした出会いが現に起こってくること自体が、書き手として不思議であり、とても有り難いことだなと感じます。

6864
こんにちはヽ(^0^)ノ

とてもわかりやすく、自分の気づきとなるお話も
沢山あって、いつも参考にさせていただいています^^

これからも、よろしくお願いいたします☆.。.:*・

6865
光奈さん、こんにちは。

私は「ありがとうございます」が口癖です。
とはいえ、感謝の気持ちがあるのでその言葉がでるわけで、
今日も光奈さんへ、ありがとうございます、と申し上げます。

太陽、両親、自然、家族、知人友人、食べ物、パソコン、その他諸々、
私の周りには感謝したい存在ばかりです。

ふと、これからは自分にも感謝しようと思いました。


6866
こんにちは
初めまして、履歴からお伺いしました。
いつも読み逃げばかりですみません。

ブログ開設四年目、おめでとうございます。
これからも応援しております。

6867
私は横のツィッターにも目を通すのですが
「生きるとは最上のものを得る事ではなく、最上のものを与える事だ」・・・・よく言われる事ですが、もし、自分の死があと一週間とか3日後だったらと考えると「”得たもの”はどうでもいい。与えたもの、というか愛した事、親切にした事、そういう事が残るだろうし、重要だと感じるだろう」という気がします。

死期が近づく事によって心境が変化するというのはよく聞きます。
そして死期が近づいた時に「どうでもいい」と感じる事は、本質的にどうでもいい事なんじゃないかとも。

「一週間後に死ぬのと、あと何十年も生きるのでは違う。そりゃ1週間後に死ぬと分かってれば何でも手放せるだろうけど、実際にはあと何十年も生きるかもしれないんだから、やっぱり出来るだけ色々なものを得た方が、少なくともその努力はした方がいいんじゃないの?何だかんだ言ってもここに生きてる内は得る事が必要だし、最上のものを得る事がここでの価値観なんだから、この世界に生きてる内はこの世界の価値観に合わせた方が理解も得やすいし、自分のためにもなるんじゃないの?」という考えもありますが、違うかなと。


6869
mobic様

 コメントを有難うございます!

 共感いただけると、書き手として本当に嬉しく思います。
 こちらこそよろしくお願いいたします。

6870
あおむし様

 こんにちは!

 ある本で、「感謝とは、私たちを動かす最も強力なエネルギーである」といったことが書いてあって、なるほどうそうだなと思いました。

 確かに感謝は、生命力を高めるような感じがしますね!

6871
坂崎五十八様

 コメントをいただき、有難うございます。

 これからも気長に書いていきたいと思いますので、ぜひ気軽にお立ち寄りください!

6872
Clary Sage様

 こんにちは!

 生きる限りは「色々なものを得たほうがいい」という考えの奥には、何かしらの「恐れ」があるのでしょう。

 でも、考え方や生き方を絞り込んでいくと、思っていた以上のものをどんどん手放していっても、案外大丈夫だということが分かってきますよね。

6875
そう、恐れでしょうね。
エリザベス・キューブラー・ロスは「今日が最期の日と思って生きなさい」とよく言っていたそうですが、つい「そりゃ無理だ」と思ってしまいます。
しかし・・・(この間ダイエットの話を書いたので例に出してみますが)今日が最期の日と思ったら、誰もダイエットはしないでしょうね。
太っていようがやせていようが構わないし、あと何キロ落とさなければ、今のままじゃ駄目だといった事は考えないでしょう。
そんな事はまさしく「どうでもいい事」になるでしょう。

「やっぱり、文字通り”今日を最期の日と思って生きる”なんて無理だし、出来やしない。やらなければならない事が沢山あるんだから。キューブラー・ロスだって文字通りの意味で言ったんじゃなく、ただ、今この瞬間を生きなさいと言いたかっただけだろう」と思うか、或いは本当に(全部は無理でも)「今日が最期の日だったらやらない事」をやめたり、「今日が最期の日だったらやる事」をやってみるか。

今日が最期の日だったら、何を考え何を考えないか。何をして何をしないか。
という事を考えてみるのも色々絞り込めていいかもしれません。

6880
Clary Sage様

 こんにちは!

 「今日が最期の日だったら、何を考え何を考えないか」というのは、本当に極めて大事な視点だと思います。

 横になって自分が死んでいくところをイメージする瞑想法がありますけど、ときどき僕はそれをやりながら気付かされることもありますね。

7015
koudai さんが愛される理由のひとつは
この記事でkoudai さんがおっしゃってること…。
『僕自身がいわゆる覚醒体験をしていたり、見えない何かの存在とのチャネリングができるわけではない』
これこそが、koudai さんが愛される理由のひとつかもしれません。

神秘体験や、離脱体験、過去生のフラッシュバックなどを体験してしまうと(親しい友人などに話してしまうと)、結果的に孤立することが多いです。身近な人だけに、奇妙なジェラシーのような感覚を持つようです。

覚酔体験やチャネリング体験がないkoudai さんだからこそ、このブログの内容に価値があると私は思っています。
霊的体験としては特別な人ではない。
私と同じなんだぁ…と、共感する人は多いと思うのです。

しかも体験なくして、これだけ宇宙の真理に迫れる人はいないと思います。
たぶん、koudai さんタイプの代表として、その才能を買われて選ばれたんでしようね。
あるいは過去生で、修業に没頭したのかもしれませんね。

光りとの遭遇、離脱などの体験をして、価値観や死生観がガラリと変わると、それまでの友人、知人などは離れていきますし、連れ合いとの関係もシラーとなったりします。

今はただ『なりたい自分像』を師と仰いでふつうに暮らしていますが、『地球卒業生22人の記録』に書かれているような人々の一員になりたいものです。

7017
風子様

 こんにちは!

 特別な体験もなくこうして色んなことをブログ書いて、そうしてある程度の方々に読んでいただけているというのは、自分自身でも「異色だな…」と思いますね。

 でも、チャネリングや覚醒体験している人の場合、「自分は真実を知った」「これこそが正しい」「皆に伝えなくては」といった、一種の自負心のようなものがどうしても伴うものでしょう。

 僕の場合、特別な経験がないだけに、いわば「どれに対しても客観的」というのはあると思います。いい悪いは別として…。


 「過去生で修業に没頭したのかも」というのは、僕もそんなふうにときどき感じますね!

7019
おっしゃるとおり
チャネリングや覚醒体験している人の場合、「自分は真実を知った」「これこそが正しい」「皆に伝えなくては」といった、一種の自負心のようなものがどうしても伴うものでしょう。
これ、おっしゃる通りで、自分の神秘体験パターンが全てみたいに陶酔する人が多いです。だからこそkoudaiさんの客観性が貴重だと思います。

koudaiさんはたぶん……過去性においては何度も悟り、今生では多様性に満ちた『ものの見方』を学んでいらっしゃる。

尽きることのないブログのネタ……それが人の心を打つのも、koudaiさんの過去性で培った叡智みたいなものが、
自らを導いているのでは?と思っています。

皆さんのコメントに対して、きめ細かに対応しているkoudaiさんの人間性も、とっても好きです。
私がそうであるように、koudaiさんのブログを読む人々が癒されるって、すごいことですし、感謝です!

7020
ちょっと疑問なのですが
「自分の神秘体験パターンが全てみたいに陶酔する人」ってそんなに多いんですか?

自分は覚醒体験をしたと「称する」人なら何人かネット上で見た事はありますが、(つまり、怪しいなと私は思いました。有名だったりはしますが。チャネリング関係も「これはどうかな」という人はよくいますね)私は本当に所謂覚醒体験をしたり、きちんとしたチャネリングが出来る人は「自分の神秘体験パターンが全てみたいに自己陶酔」しないと思うのですが。


「覚醒体験をしたり、チャネリングが出来る人は客観性がない(客観性を失いやすい)」というのは偏見なのではないかと思います。
そう見える人は多分「自称」です。

7021
Clary Sage様

 こんにちは!

 もちろん僕も「すべての覚醒体験者やチャネラーは」なんてふうに断定する考えは毛頭ないです…。
 Clary Sageさんが言われる「称する」というタイプに近い人のことを指しています。

 ただ、やや微妙なのは――、中には本当に何かが聞こえていて、またけっこういいメッセージも語っていて、当人は「自称」なんていう感覚は全くないケースもありますよね…。

コメントの記入
 管理者にだけ表示を許可する


プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

最近の記事
ツイッター

CALENDaR 12345678910111213141516171819202122232425262728293031
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。