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 以前にも一度だけ書いたことのある、「寄付」の話題です。

 こういうのは本来(とくに日本社会の場合)、人知れず「陰徳」として行うものであって、あからさまに言うことではないのだろうけど――、ちょっとまた「ブログのネタ」として書いてみますね。


 僕は、中南米の最貧国のひとつである、エルサルバドルに住む男の子の生活支援をしている。

 といっても、実にささやかなもので…
 月々5千円を国際NGO(非政府組織)に振り込み、それがその子供が暮らす地域の教育・医療などの支援活動に役立てられる、というものだ。
 そして子供の家族から近況の手紙や、成長記録などが定期的に送られてくる。

 この寄付を始めてから、あれこれ11年になる。


 実は4年前に会社を辞める際に、自分自身も収入がなくなるわけだから、寄付を続けるのをやめようかとも考えたのだけど…(年間6万円というのは、そこそこの額ですしね)
 でも、家計がすぐに困窮するわけではないし、支出の中で唯一の「篤志」と呼べる部分なのだから、これを切り詰めるのはまだ後にしようと、何とか思いとどまって今日に至っている。


 で、先日、そのエルサルバドルの男の子から手紙が届いた。

 参考までに並べると、写真の左側が寄付を始めた5歳のときで、右がつい最近の姿だ。

 男の子は16歳になり、中学校を出て今はもう働いているのだという。

 小さかった男の子が、親よりも大きく成長し、そして家族を支える力なっているなんて――
 地球の反対側に暮らすこの子の成長の、わずかながらも一助になれていると思うと、本当に感慨深い気持ちですね。


 でも、この年齢ですぐ働かなくてはならないのは(現地では当たり前かもしれないけど)、やはりそれだけ暮らしが厳しいということだろう。
 また悲しいことに、4人いた兄弟の一人が、昨年亡くなったそうだ。理由は書かれていないけど、早すぎる死は、やはり貧しさとかかわりがあるのかもしれない…。

 現実というのは、本当に、手放しには喜べないものだ。
 それでも、男の子の着実な成長と、頼もしそうな笑顔は、「この世界は十分に素敵なものだよ」と伝えてくれているような気がする――。


 例えばフリーエネルギーのような、尽きることのない富が世の中にもたらされたのなら、世界の問題は解決するだろうか?…

 貧困や飢餓は、当面は克服できるかもしれない。
 でもおそらく、「多くの富を集中的に手にしたい」「富の流れを牛耳ろう」とする人々の思惑や動きは、そのままでは止むことがないはずだ。

 そうした思いが引き起こす流れによって、再び富がかたよる状況が生じ、やがて不満や対立や争いが起こってくるに違いないと思う。
 経済水準や技術力が高まったぶん、紛争がより苛烈になる可能性だってある。

 けっきょくのところ、世界の「富の規模」がどれほど拡大しても、問題解決にはあまりならないだろう…。


 それよりもっと大事なのは、限られた規模の富であっても、それを「分かち合う」という人々の気持ちのほうだと思う。

 富の「引き寄せ」は、必ずしも簡単なことではない。
 でも「分かち合い」は、たいてい誰でもできる。

 魂がこの地上世界でやってみたいのは、実は「無限の富の創造」という離れわざではなくて、誰でも可能な「限られたものを分かち合うこと」のほうではないかな…。


 未来学者のリチャード・バックミンスター・フラーによると――、人類は1970年代の時点ですでに、「誰もが健康で快適な生活ができる十分以上のレベル」の経済力を手にしているのだという。

 問題は、その十分以上の経済力があまりに極端に遍在していて、分かち合われていないことにある。
 それは突き詰めつと、経済や国際情勢の問題というより、まさに私たちの「気持ちの問題」なのだといえる。


 もちろん、寄付というのは「分かち合い」の一形態にすぎないから――、その人その人の考え方によって、本当に色んな「分かち合い」のやり方があると思います!



 結びのヒーリング・ミュージックは、Kevin Kendle「Stars」。

  ☞ コメント:28

 
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コメント
6868
日本とネパールに見る多神教風土
貧しいネパールの被災者が、整然と並んで食料の配給を受けている姿を見て各国が驚いてるそうです。
あれほどの災害にも拘らず他国で起きる暴動や略奪が起らない。日本の東日本大震災の時もそうでした。
一神教(共産主義含む)民族は、自らのみが優れ、他は劣ると考えるが、多神教民族は、全ての命は同じと考える。
全ての生命に等しく生存権を認める風土…日本とネパールはどこか心が繋がっている所がありますね^^

6873
sado jo様

 こんにちは!

 ネパールやブータンって、日本人と気質が似ているところがあるかもしれないですね。

 一方で、これはキリスト教国のアメリカ人の話ですが――
 1982年にワシントンの凍結した川にエア・フロリダ機が墜落したとき、ヘリから投げられる救命ロープを何度も他の生存者たちに譲って、自分は命果ててしまった銀行監査官アーランド・ウィリアムズさんのエピソードは、何ともすごいなと思います。

6874
本当の豊かさを考えてしまいます
よく見かける、というか耳にするのが、ほとんど何も持たないホームレスの人たちが、誰かにもらった食事などを分かち合うシーンです。
持たない人たちの方が分かち合う幸せと満ちる喜びを知っているということに、とても深いものを感じます。豊かな心をお持ちなのですね。そういう場面に出会うと自分の頭が自然に下がります。豊かさとはなんだろう?と改めて思います。

6876
分かち合いか~・・・・
現実には難しそうな気がします。資本主義があって、富の偏りを認めている以上。そして、「政府」が税金を強制的に徴収し、好き勝手に使うのを認めている以上。(軍事費を筆頭に、その他諸々莫大なお金をほんっっとに無駄な用途に使ってますが)
いくら「充分な量」があっても、それを分かち合う仕組みがなければどうにもならない。この世界には(今の所)その仕組みが存在しません。
本当にどうしたもんか・・・・と思います。

結局は、意識を変えるしかないでしょうね。
これまでも意識を変える事で変化した事は沢山ありますが、これもそうでしょう。

6877
発展途上と呼ばれる国々(例えばアフリカのマラウイとか諸国)などの方が『分かち合い』はごく自然におこなわれているようです。(青年海外協力隊でマラウイに行った方の本を読んだ時にそのような記述がありました。)

この日本だって敗戦後、高度経済成長に入るまでは、お醤油をお隣さんに借りにいったりとかそういった『分かち合い』というか『お互いさま』という精神(意識)はあったのではないかなぁと思います^^。

『国』単位などの規模の大きなものになってしまうと、確かに現在は『富の偏り』が顕著になっていますが、やはり『個人』単位から始めていって、『分かち合い』が『当り前』になるくらいにメディアやネットやその他の情報ネットワークなどさまざまな方法を使って『個人』から『国』単位まで繋がっていくようになるといいなぁと思います。


6879
はるうさぎ様

 コメントを有難うございます!

 ホームレスの人たちって、ふつうの社会以上に、相互扶助のつながりがしっかりしていたりしますよね(半面で、けっこうやっかいな人間関係もあったりするそうですけど…)

 かなり以前にテレビで、ホームレスの人たちが仲間の眠る無縁墓地に墓参りする場面を見たことがあるのですが、「あれだけ心を込めて弔ってもらえたら、故人の人生の悔恨も解けるかもなぁ…」なんてふうに感じました。

6881
Clary Sage様

 こんにちは!

 地球全体で分かち合いができる経済・政治のシステムとはどういうものなのか、具体的には僕もぜんぜん想像できないです…。

 でも、そうした世界での一人ひとりの思いはどういうものなのかは、(身近な範囲に置き換えてですけど)リアルに感じることができますね。

6882
スピ業界への違和感
納得です。自分がいくら今もってるかの問題でないですよね。(寄付に関して言えば)
スピリチュアルビジネスが飽和状態な今、お金の引き寄せとか、理想のパートナーの引き寄せとか、結局物質至上主義から抜けてないんじゃないかという違和感を感じ始めていたので、広大さんの今日の記事はとても響きました。

6883
真知子様

 コメントを有難うございます!

 そもそも「所有」という概念さえも持たない部族もありますよね。
 所有がないわけだから、「分かち合い」というのは特に意識することなく、ごく自然の状態として行われている…。

 私たちの文化は、もともとはそうだったであろうし、これから行き着く先もきっとそのようになっていくと思います!

6884
micky様

 こんちは! 共感いただいて嬉しく思います。

 「引き寄せ」そのものが、魂の目的というわけでは決してないだろうと思っています。
 もちろんそれを通じて、宇宙や自分への信頼につながれば素晴らしいですけど、実際には思惑通りにはなかなかうまくいかないものですしね…。

 信頼をとにかく前提に置いて、そこから分かち合ったり手放していくことのほうが、この地上世界において本当に大切な経験なのではないかと感じます。

6885
やっぱり・・
「この世界の誰一人として、衣食住にも事欠くなどあってはならない」という意識が大事だろうと思います。
私は昔からそう思っていますが、こうした意識が主流になる必要があるのではないかと。
飢えや貧しさを「自己責任」ではなく、「全体の責任」としてみなせる様になるかどうか。(今は・・というかこの世界ではずっと、個人的な困窮は完全に自己責任とみなされていますが)
その辺にかかっているでしょうね。
 

6886
自分が足りないと思ってるから人に分けられないのかも・・・
光奈様、こんにちは。

月5000円の寄付を続けておられるとのこと、すごいなあ、と思います。

私は、日本に住んでるだけで物質的に十二分恵まれた生活をしているんだ、
と頭ではわかっています。

それでも、自分のしたいこと(遠くに旅するとか)をして、苦手なことや
できないこと(家屋の手入れとか)を人にしてもらうために、「もっと
お金があればなあ」と思いながら、日々チマチマ節約して暮らしています。

生きるためのお金すら充分ない国の方達に比べたら、贅沢な事ですよね。

人を利用しようとか支配しようとか思ってなくても、私のようなただの(?)
欲張りは世界中にたくさんいるように思います。

頭ではなく、心から「これで充分」と思えて、自分より持っていない人に
自然に分け与えることができれば、その方がずっと楽だと思うのですが・・・




6887
11年も寄付され続けてるんですね~(:_;)
すごいなぁ。。。尊敬します!!(>_<)
私もそうなれるように頑張ります!!(:_;)

6889
皆の地球
分かち合いの事から、
高円宮妃久子様があろ雑誌のインタビューに
お答えになっておられた記事を思い出しました。
久子様は自然保護にお力を入れられておられ、
「人意外の地球の生物は地球に合わせて進化しています。人だけが、進化していない生物なのです。」
と述べられておられ、私はドッキッとしました。
自分達が住みよいように自然を変えて、それが破壊になっている・・
とは思っていましたが、地球に合わせて進化していない・・
とは夢にも思っていませんでした。
地球に住む生物の仲間として、分かち合いをもっと
考えて生きなければ・・・と再び考えさせられました。
この「分かち合い」のページを勝手にリンクさせていただいていますが..
事後承諾で申し訳ございませんが、宜しくお願いします。

6890
Clary Sage様

 こんにちは!

 そうなんですよね。それが「人類の総意」だと思います。
 そうした思いを持つ皆が、ほんの「気持ちだけ」くらいの行為に出るだけでも、ずいぶん変わると思います。

6891
yuko様

 こんにちは!

 僕自身も、けっこうチマチマ節約していますよ。
 世の中ではかなりケチな部類に入るだろうと思います。

 でも、この寄付の部分は、今のところはあえて別会計に位置づけています。

 お金としての「5千円」と考えると、自分の色んな生活用途に充てたほうがいいようにも思えてしまいますが…、「寄付は寄付」として割り切れば、それに向けるしかない感じがします。

6892
まー様

 こんにちは!

 いまは酒・タバコのない生活をしていますが、かつてそれに25年間費やしたお金を考えると――、寄付とは比較にならない、とんでもない金額になります…。

6894
ちゃんみいい様

 コメントを有難うございます!

 とても面白い言葉ですね。
 自らが進化せずに、人の力で環境を変え続けようとしても、おそらくは勝負にならないでしょう…。
 それくらい、人の力というのは、地球の力に比べるとごく小さなものにすぎないです。

 結局は、ある意味で「進化させられる」しかないのかも知れません。


 リンクや引用などは、ご自由にしていただいて、まったく問題ないです。気に入っていただけてうれしく思います。

6895
みんなで楽しむ
光奈さん、こんにちは。

年始の通帳類紛失騒動で見つかった現金3万円。
1万円は母へ。残り2万円は国内の災害で寄付するつもりでしたが、
1万円をネパールへ寄付しようと思っています。

引き寄せ、色々起こっています。
願っていたことの実現化。そのために私は行動してますね。
というか行動するように導かれています。

私は月1000円の寄付を続けています。この先もたぶん継続。
年収50万円となって3年目。たぶん貯金は減ったと思うのですが、
私は車なし、携帯電話なし、ペットなし、お金のかかる家族なし、
酒タバコも、ブランド品や宝石などの高級品にも興味なし。
でも絵手紙用品やほしいものは我慢せずに買っています。
使うとそのアトに収入あります。

何だか不思議な感じです。
必要なお金は入ってくると固く信じているせいなのか、
(今年は母の入院保険金23万円が入り、どんどん使っています)
この先もお金で困ることはないとしか思えないのです。

この安心感がいいのかもしれませんね。
母の年金が私の生活を助けてくれていますが、
もし母が死んでしまっても、どうにかなるように準備はできています。

昨夜中学校の卒業文集を読んでみました。
みんなでやり遂げた喜びについて書いていました。
冷めた中学生だと思っていたんですが、あの頃から熱かったようです(笑)。

私もみんなも楽しめるようなプランを色々考えています。
それを実現できるピースがそろってきています。
実現できなくてもOK。でもたぶん実現するんでしょう。

6896
こんにちは
 大切なのはシステムを変える事ではなく、意識を変えていくことかもしれませんね。
 楽しく読ませてもらっています。これからも頑張ってください。

6897
足をねん挫して 充血がすごく一週間くらい歩けませんでした。あるくことに感謝するワークだったのかも。多くのものは生に感謝しない。

6898
こんばんわ
国は健康を維持できる最低限の食料と医療を無償で提供し、あと車のったり電気製品とかほしいなら働いて手に入れろよって感じがベストな気がするんですよね〜^^;
食料が保証されたからって人間は働かなくなることはないと思うんですが。
逆に国につくす国民が増えそうな気がします。
これは別に社会主義だ共産主義だといった話ではないと思うんですよね。

6900
心豊かに
光奈さん、こんばんは!
久しぶりにコメントさせていただきます。

11年間、寄付をされているとのこと。素晴らしいと思います。

分かち合うことが出来るようになるには、ちょっと難しいことかもしれません。私自身若い頃は(今でも若いと思っておりますが)、自分の生活に精一杯で、与えるということが出来ませんでした。今では自分にできることは少しでもしていこうと思い、できるようになりました。
様々な経験をして、心豊かになれたからかもしれません。
心が豊かになれば、なんでもできると実感しております。

それによって引き寄せも発生しているように感じます。

6901
あおむし様

 こんにちは!

 「神隠し」に遭ったお金を再び「神に返す」みたいで、いいですね。

 僕も消費活動は少ないタイプですが、ヨガを習ったりといったことにはお金を使っています。
 「簡素なライフスタイル」と「好きなことに使う」というめりはりが、案外お金にとっては心地よいのかもしれないですね。

6902
tetsuboy様

 コメントを有難うございます!

 そうなんですよね。世の中の「システム」は、人々の「意識」によって生まれて動いていくものだと思います。
 新しい意識が、新しい世界をつくるといえるでしょうね。

6903
三橋様

 こんにちは!

 足の捻挫は大変ですね。かなり以前に僕もスキーで捻挫をしたのですが、10年くらいときどき痛み続けました…。

 たとえ小指の先でさえも、怪我をしてみると、「ふだんこんなに小指を使っていたんだ…」ということに驚かされます。

6904
歩き茄子様

 こんにちは!

 生活保障などについては、本当に色んなビジョンがありますよね。

 「働いて世の中の役に立ちたい」「困っている人たちの力になりたい」といった望みは、誰にも共通のものでしょう。その意志は、そう簡単に消えるものではない、人間の本質の一つのように思います。

 将来、人々の意識が目覚めていくに従って、そうした意志がベースとなった社会システムができていくのかな、というふうに思います。
 「愛のシステム」とも呼べるでしょう。

6905
月光の響き様

 お久しぶりです。コメントを有難うございます!

 本当に、自分が心豊かになってこそ、進んで分かち合うことができるのでしょう。

 一方で、戦時中の強制収容所などの極限状態の中でも、人々が食べ物を分かち合ったり、慰めや励ましの言葉をかけていたいう話もあります。
 人の心の豊かさというのは、実は無制限なほど大きいのかもしれないです。

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

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