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 「私たちはひとつである」「究極には愛しかない」「誰もが見守られ、導かれている」――

 そうした、スピリチュアルな教えが説くあまりに素晴らしい「真実」と、周りの世界に起こる何とも生々しい「現実」とを、どう折り合いを付けて生きていくのか?…
 これは、多くの人にとっての、実質的で最も大きな問題ともいえるでしょう。


 スピリチュアルな見方や技法を身に付けることで――、望むものをほしいままに引き寄せられたり、神秘的なシンクロが次々に起こったり、天使の羽がいつも舞い降りてきたり、マインドの雑音や不快な感情がきれいに消え去ったり、高次の存在が現れて苦しみから救済してくれたりしたならば、まったく何の問題もないだろうけれど…
 ふつう実際には、そうはいかない。

 あいかわらず目の前には厄介な出来事が起こり続けて、内面にも色んな感情エネルギーや思考パターンを抱えながら日常を生きていく――
 そのあり方は根底からは変わらないだろうし、こうした状況をわざわざ経験するために、私たちはこの世を生きているというふうにもいえる。


 僕自身が、スピリチュアルな歩みにおいて大切だと思うのは――、「目に見えない素晴らしい『真実』を100%信じながら、目の前の日常社会的な『現実』に100%向き合っていく」ことだ。

 これはまったく相反する考えではないし、現実の状況に我慢しながら無理に信じているわけでもない。そして、決して難しいことでもない。

 なぜなら、私たちは「丸い地球」の「平らな地面」の上を、こうして自然な感覚で生きている。それとある意味で似たようなものだと思うからだ。


 「地球は丸い」という真実を疑う人は、まずいないだろう。

 でも、自分で測量して証明したわけでもないし、実際に宇宙から地球を眺めて確認したわけでもない。
 教わったことをただ信じているだけなのだけど、「実はそれは嘘なのでは?」という疑念を持つことさえナンセンスなくらい、誰にとっても圧倒的な真実だ。

 ところがその「地球は丸い」という真実を、日ごろから体感しているかといえば…、むしろその逆だろう。
 私たちは大昔の人たちと同じように、あくまでも「平らな地面」という感覚で暮らしている。

 「丸い地球」の上に立っているならば、日本の位置だと、人は斜めに傾いて立っていることになる。南半球だと、頭を下のほうに向けて立っている。
 でも、そうした「真実」をイメージしたら、ふつうに立ったり歩いたりするのも変な感覚になってしまう…。


 さらに地面は、静止して動かざるものの象徴である。
 ところが真実は――、地球が回っていることくらい現代の誰もが知っている。

 地球が自転する速度は、赤道付近で時速1,700km(マッハ1.4)である。
 また地球は太陽の周りを1年かけて1周しているけど、そのスピードはさらに速くて、時速11万km(1時間でほぼ地球3周ぶん)に達する。

 さらにいえば、地球を含む太陽系は、銀河の渦の中を回転していて、それはもっと速い時速83万km。
 そして銀河全体も、宇宙の膨張によって猛スピードで動いており、その速さはまさにケタ違いの時速210万kmになる。

 これらをぜんぶ組み合わせると…、実際に自分が、地球ごとどちらの方向にどれだけ動いているのか、人間の頭ではとうてい感覚的にイメージすることができないだろう。


 地球の引力に引かれ、人間サイズで生きている私たちにとっては、あくまでも「平らなで動かない地面」という現実感覚に根差して暮らすほうが、明らかに自然である。

 でもこの「平らで動かない地面」というのは、決して誤った幻想なんかではない。
 丸い地球という「真実」の一部にほかならない。


 かくして私たちは、丸い地球という「真実」を疑いなく100%信じながらも――、見るからに平らな地上の「現実」に、まさに100%地に足を付けて生きている。
 それをごく自然なこととして、私たちはやっている。

 スピリチュアルの「真実」と、目の前の「現実」の関係も、それに近いものだろうと思うのです。


 大自然の中で、息を飲むほどの星空を眺めた経験は、多くの人があるだろう。
 地上の世界とは違う、荘厳な天上界の姿を目にしているようだ。

 でも、その星空の向こう側からこっちを眺めたら、こちら側も息を飲むほどの星空に違いない。
 さらにもし、惑星の一つひとつまで見ることのできる望遠鏡で眺めたならば、きっと地球は格別に美しく映るだろう。

 地上で繰り広げられている人々のみにくい行いなども、すべて凌駕してしまうほどの美しさだと思う。


 さらにもし、私たちの「内面の痛みや苦しみ」までも、遥か遠くの星々から感知することができたならば――、きっとそれを見つめる存在は、こう思うだろう。
 「その小さな痛みや苦しみを、包んで癒してあげればいいのに。それをまったく難なくできるくらい、あなたがたは美しく、荘厳な存在の一部であるのに。それに早く気付けばいいのに」…

 これも「気休め」のイメージでは決してなく、「真実」として100%信じていることです。



結びのヒーリング・ミュージックは、Patrick Kelly「Spring」。

  ☞ コメント:16

 
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コメント
6968
うわぁー素晴らしいです。
スピリチュアルが拡がり続ける中で
なんだか目の前のコトをないがしろにしたくなる風潮も人々に拡がり始めていて…
そうなると、人間であることに
全く意味がなくなってしまうし、余計に迷いながら生きて行く事になってしまいますよね。

丸い地球にたとえた表現力が素晴らしくて感動しました!
本当に凄いっ!

人間でいる意味をしっかり
私達が知るべき時が今、どっと来ている気がします。


6969
ありがとう
ありがとう。
最後の言葉を手帳に書いておきます。

6970
きらりん様

 コメントを有難うございます!

 僕は「美しい他」という言葉がとても好きですね。
 根源的なワンネスだと、「美しい他」というのは存在し得ない。

 まさにこの「美しい他」の素晴らしさを経験するために、分離した人間としてこの世界に生きているのかなと感じます。決して苦しみや限界とかを味わうためだけではなく…

6971
tao様

 こんにちは!

 最後の段落は、前からの文脈的なつながりがどうも弱いなとも思いながら…、何かフワッとわき上がって来たので書きました。

 感じ取っていただけるものがあれば、とても嬉しいです。

6972
はじめまして。
いつも、新しい気づきをいただいています。
ありがとうございます。
私等がコメントを書くのもおこがましく、読ませていただくだけでした。
今回の記事に救われました。
私の空回りの原因の一つに現実と真実のバランスが上手く取れていないと思いました。
真実も100%。現実も100%。
心に刻みます。

6973
ダンゴム様

 コメントを嬉しく思います!

 真実とは、そのまま「信じる」ためにあるとも考えています。

 それを証明したり、自ら体験しようとしていると――、根本的な何かを外してしまうようにも感じます。

6974
koudai様
以前から、ブログを読ませて頂いておりました。
コメントさせて頂くことに、恥ずかしさとおこがましさを感じながらなのですが、今日は勇気を出して書かせて頂きました。すみません。

深く染み入るような真実のお話と、koudai様の素朴で暖かく、気取りの無いお人柄の言葉に、いつも素敵だなぁと感じておりました。

うまくお伝えできないのですが、心が何かで満たされるような不思議な感覚をいつも実感いたします。ありがとうございます。

6975
良い喩えですね。
でも、一つ違う所があるとしたら、「地球が丸い」「地球は猛スピードで自転・公転している」「太陽系自体も猛スピードで動いている」といった真実は、殆どの人がすぐに信じて疑わない。でもその代わり、人間をやっている限りこれを感覚的に実感する事は無理と言っていい。

それと逆に、「すべてはひとつ」「愛しか存在しない」「常に高次の存在に守られている」といった真実は、なかなか信じられないし殆どの人が程度の差こそあれ疑いを持っている。でもその代わり、人間をやっていても感覚的に実感する事が出来る可能性がある。



ただ・・・「すべてはひとつ」「愛しか存在しない」というのは、”信じる””信じない”というような事柄ではないような気はします。(頭から否定するよりは信じる方がずっといいと思いますが)

バーソロミューの言葉に、「あなたは見つける人か、探求する人か、どちらかです」というのがあったと思いますが、これと同様に「知るか、信じるかのどちらか」な気がします。探求する人はずっと探求し続けるように、信じる人はずっと信じ続けるのではないかと。

生まれ変わりを信じるとか、天使や妖精の存在を信じる、パラレルワールドを信じるといった事と違って、こういう根幹的な事に関しては「信じる」というのは多分あまり役に立たないというか、信念レベルに留まってしまい、経験的に知る事はまず無理になるだろうという気はします。

6977
scio様

 コメントを嬉しく思います!

 スピリチュアルなブログといえば、メッセージ性の強いものがふつうですが――、そうした中でscioさんのブログは、とてもユニークな姿勢ですよね。
 淡々と謙虚に内なる声に向き合い、それを決め付けずに書き出していらっしゃる。

 人の内側の少し深いところには、誰にも共通する水脈のようなものが流れているのだと思います。
 だから一個人的な内容でも、多くの人にとっての学びや共感に結び付くのでしょう。

 そういうブログが、これからもっと増えていくだろうなと思いますね。

6978
Clary Sage様

 こんにちは!

 今回の記事とはかなり逆ですけど、バーナデット・ロバーツの「真理は現れずにいられない」という言葉もとても好きですね。

 比喩にはどうしても齟齬が出てしまうのも、「真実に対する現実の限界」と言えるかもしれないです。

6979
個人的には・・・
「真実」と「現実」を分けなくてもいいのになあ・・・とは思います。「スピリチュアリティ」と「現実世界」という風に分けて考える文章をよく見るのですが、いつもそこはかとない違和感が^^;
この二つは分離している訳ではないのに、どうして分けて対立させる必要があるのか。(「真実に対する現実の限界」といった言葉もそうですが)
「所謂物理的世界と呼んでいるものは、精神世界の中にある」という言葉がありますが、私もきっとそうだと思っています。
最近の記事で臨終のお父さんの言葉が紹介されていましたが、この世界は多分とても小さいものだと思います。真実の世界に比べれば。

「地球と宇宙」という言い方がありますが、これは正確な言葉ではないです。何故なら宇宙の中に地球があるからです。でも、地球と宇宙を分離した、別物の存在として考える事は出来るし、何なら対立した存在と考える事も出来ます。でもそれは事実ではない。

私が違和感を覚えるのは、「真実と現実」「スピリチュアリティと現実世界」というのを、まるで「地球と火星」みたいなイメージで捉えている点です。
私はこの二つが分離した並立している存在とは思っていません。
「真実」は宇宙で、「現実」は地球という感じでしょうか。
スピリチュアリティとか真実というのは、そんなに小さくないと思うのです。


6980
Clary Sage様

 こんにちは!

 まさにその通りで、あらゆる「現実」は「真実」の一端であって、両者は対立し合う異質なものでは全くないです。
 今回の「丸い地球の、平らな地面」というのも、そうした趣旨で書いたものです。

 ただ実際に色んなテーマについて説明するうえでは、多くの人の経験則に沿った視点で、「現実と真実」という一定の区分を設けて語った方が分かりやすい、というのもありますね…。

6982
光奈さん、こんにちは。
昨日、プラネタリウムで天の川銀河
さらには果てしのなく続く宇宙を観てきました。

隣の席でプラネタリウムを一緒に楽しんだ高齢の女性の方が、
プラネタリウムを観るようになり自分は宇宙(の一部?)なのだと
考えるようになったと話されていました。

なぜ星は光り輝くのか。
恒星は太陽のように(核融合?で)自ら輝いているわけですが、
地球のような惑星は太陽によって(?)光り輝いて見える。

というか、地球も私たちもすべては光輝く存在ではないのか。
光り輝く星たちを見ていると、私にはそうとしか思えない。
そんな話をプラネタリウムの解説員の青年に話したら、
カッコいい!、と言われました。

おととしあたりから私の中で現実と真実の融合が始まり
現実も真実も受け入れ楽しめるようになったような気がします。
引き寄せ、昨日も色々ありました。現実が面白いです。

6984
あおむし様

 こんにちは!

 地球などの惑星は、可視光ではなくても何らかの「波動」は発しているでしょうね。

 また惑星そのものからだけでなく、そこに生きる私たちの魂からも、波動としての光は発せられているはずです。

 そして私たちの波動が高まれば、地球の輝きも一段と増すのだと思います!

6986
久々に覗きに来たよ~
そうだよね。

6987
りこ・ディーン様

 こんにちは! 1カ月ぶりくらいでしょうか。
 またぜひお立ち寄りください。

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

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