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 ある本に、「魂が人間の肉体をまとうことは、『養成ギブス』を付けるようなものだ」という表現があって、なるほど確かにそうかもなぁ…と思いました。

 一定世代の方には分かるだろうけど、養成ギブスとは、漫画「巨人の星」の主人公・星飛雄馬が少年時代に装着していた、あの見るからにすご味のあるトレーニング器具のことである。

 ふつうに身動きができないほどの強力なバネが腕や肩に張り巡らされ、そのギブスを身に付けた不自由な状態で日常生活を送ることによって、豪速球を投げる筋力が鍛えられるというものだ…。


 私たちのおおもとの魂は、まさしく際限なく自由な存在である。
 行きたいところへ瞬間的に飛んで行けたり、どんな相手ともテレパシーで交流できたり、飢えや苦痛を抱えることもない。

 そして、あらゆる存在がひとつであること、この宇宙が大いなる愛によって創造されていること、そして自らが永遠無限な存在であることを、忘れることなく知って感じている。

 それほど自由で幸せな魂が、制限のきつい「養成ギブス」を身に付けて物質界を生きるわけだから、これはとんでもなく大変なことだ…。


 どうしてそんなことをしているのかと言えば、やはり魂としての進化のためなのだろう。

 皆がバラバラに分離しているようにしか見えない世界の中で、はたして「隣人に愛を与える」ことができるのか?――
 必要なものが足りないとしか思えない状況において、「他者と分かち合う」ことが現に可能なのか?――
 色んなことが思い通りにならず、自分がみじめで恥ずかしくて卑小な者にしか感じられないときに、それでもなお「自分を愛する」ことができるのか?――

 そのような経験を通じて、自らの真の本質に気づいていくことができるのか?――

 これは、永遠無限の存在である魂でさえも(神でさえも)、実際に「体験」したことがないことなのだろう。


 もちろん、答えとなる自らの「在り方」というのは、魂自身は分かっているし、それは「絶対的に不変なもの」である。

 けれど、すべてを忘れた状態になって、その「絶対的に不変なもの」さえも「かなり不確かな選択肢の一つ」にしか見えないような状況で――、 本当にその通りの選択ができるのかどうかは、実際にやってみないことには分からない。

 その「どうなるのか、やってみないと分からない」ことをやってみる――。そこに、魂とって未体験で未知のシフトがあるのだろうと思います。

 そのシフトのために、わざわざ制限された物質世界をつくり出し、こうして「養成ギブス」を身に付けて奮闘中なのでしょう…。


 では、そうした観点から見て――、自らが永遠無限の存在であるという真実に気づいた「覚者」とは、どのような人なのかといえば…
 養成ギブスが何かの拍子に、ポロッと外れちゃった人だともいえる。

 すると腕は思うままに軽やかに動くし、色んな動作が素早く力強く自然にできる。
 それを見て、周りでギブスを付けたまま苦戦している人たちは驚嘆してしまう。「この人物は偉大だ!」「どうすれば自分も外すことができるのか?」といった具合に…


 覚者とは、「本来の私たちは、これほど自由なのですよ」という真実を伝える使命のために、そんな特別な出来事が身に起こった人なのでしょう。

 やがては誰もが、しかるべきタイミングに来たとき、同じように養成ギブスが外れていくのだろうと思う。

 そして、そのとき気づく。
 「鳥を閉じ込めていた鳥かごは、本当はなかった」と禅などで言われるように――、養成ギブスも、そもそも最初から付けていなかったのだと…。


 結びのヒーリング・ミュージックは、Dreamscape「I Hope U Feel Well」。

  ☞ コメント:25

 
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コメント
7022
大リーグ養成ギブス!懐かしいですね。この映像を見ていつも思うのは鍛えられる前に、バネの間に皮膚が挟まったりしないのだろうかと。そんなことはさておき、私たちは自分でいろんな鎖などをつけていると勝手に思い込んでいるものかもしれませんね。ないことがわかったといより、その鎖が何だったのかに気付くことが、成長と言えるのかもしれません。

7023
丹後のきんちゃん様

 こんにちは!

 昔はやったトレーニング器具の「エキスパンダー」のバネの間に皮膚や毛がはさまったら、ものすごく痛かったですよね…。

 自らを縛る制限は「幻」なのだけど――、その幻を使って進化しようとしていて、また、幻から目覚めること自体も幻の目的であるという点も、すごく矛盾ですよね…。
 これもまた神業といえます。

7024
いつも、ありがとうございます
光奈広大さま、いつも、素晴らしい文筆を、
誠に、誠に、ありがとうございます。

実は、今回の記事を読ませて頂く、3時間ほど前に、
藤沢の駅の近くの、駐車場の屋上で、

青い鳥を見ました。

なんという名前の鳥でしょうか、
まだ、調べていないのですが、

その、青い鳥さん、トカゲをくわえていました。

藤沢の都市のど真ん中で、7階建ての駐車場の屋上です。

帰宅しまして、PCを開くと、光奈さまの新しい記事、
そして、鳥籠は実はなかった。という、しめかた。

へたに、頭を使いますと、コンガラガってしまいますが。

「奇瑞」「瑞祥」ということをかんじます。

これからも、出来るだけ、着実に、学ばせて頂きます。

素晴らしい表現を、これからも、
どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

合掌・感謝・浩欣

7025
木村浩欣様

 コメントを有難うございます!

 確かに、あまり見られそうもない珍しい光景ですね…。
 良い出来事が起こったら、ぜひお知らせください!

 「鳥かごはなかった」の話は、確かOSHOが禅の講話から引用してよく知られるようになったのだと思いますが、自分を閉じ込めている制約というのは、まさにそういうものなのでしょう。

7026
星飛雄馬には申し訳ないのですが、この画像を見て私は笑ってしまいました。
マジメな顔して面白いカッコしてるな(笑)とか思ってしまったのです。
しかし、私が血の汗流し涙を拭かずに苦しんでいる時に、神様が同様に爆笑してたらイヤだなと思いました。
神との対話では神様はユーモアがあると書いてありました、私たちと笑いのツボが違うだけで、神様も思わぬところで爆笑してるのではないかと思います。

7027
ruri様

 こんにちは!

 神は、私たちの姿を見て笑ったりはしていないだろうと思いますね…。
 実は、何を隠そう神自身が、まじめな顔をして面白いかっこうをして、この地上に突っ立って奮闘しているのです。


 「ラムサ」という本にこんな言葉があります――

 「あなたは神の人形ではない。その奮闘している姿を神がどこか遠くで見ているわけではない。あなたは壮大な人生の中で、圧倒的な自由を与えられているのだ。その驚くべき力を使って、すべてを自分で創造してきたのだ」

7029
koudai さんの表現。
『養成ギブスが何かの拍子に、ポロッと外れちゃった人だともいえる。』
まさに……(((o(^。^")o)))メッチャ楽しい! 

『けれど、すべてを忘れた状態になって、その「絶対的に不変なもの」さえも「かなり不確かな選択肢の一つ」にしか見えないような状況で、本当にその通りの選択ができるのかどうかは、実際にやってみないことには分からない。』

これについては『欠落』と『差異』の思考パターン記事でも感じましたが、『神との対話』にある説明より解り易く、説得力がありますね。


ふと、思います。
神と対話した者がニールではなく、
koudai さんだったとしたら?

何十回、何百回も読まなくても、すんなりと理解できたのではと、今更のように…… (o'∀'))ゥンゥン





7030
こんにちわ^^
不自由な肉体は一種のフィルターの役割を果たしているのかも知れません。
それを通して感じる事が、昇華の道へと繋がるなら肉体の持つ役割も意味がある。
確か、ソクラテスも「肉体は魂の牢獄」と言ってたような気がします。
でも、肉体が無ければ何も感じ取る事は出来ない。完全精神体と言う存在はあり得ないのでは?

7031
こんにちは。

この肉体という養成ギブスは皆進んで自らがつけたものですよね。この世での修行のために。そして肉体からの解放が死ですから皆いずれ必ず解放される。

ゆえに肉体をまといながらもこの世で「いかに生きるか」にもっと真剣であるべきだと思います。でも、肉体の持つ欲がそれを邪魔をする。それを制御して「真の目的」を知りあるいは実践できた人が覚者だと私は思います。

7032
風子様

 こんにちは!

 「ニールではなく」というのは、あまりにもおこがましいというか、おそれ多いです…。

 でも、パウロ・コエーリョの「アルケミスト」のような物語を書ければなと、以前からよく思っていますね。
 ただ、魂の旅路という物語を考えると、どんどんシンプルなものになって、文字通り「お話にならない」感じです。

7033
sado jo様

 こんにちは!

 そうなんですよね。肉体には「牢獄」という側面もあるものの――、肉体がない限り「体験」というのはあり得ないですから、ものすごく貴重なものでもあるのですよね。


 臨死体験者である脳科学者のエヴェン・アレグザンダー氏も、人間の脳の役割は「この世界に集中するためのフィルターである」として、こんなふうに語っています――

 「脳は、非物質世界における非身体的な意識を、減圧弁またはフィルターとして、この世界にいる我々に許容できる範囲に制限する働きをしていると考える。
 この世界から見れば、そこにはっきりとした利点がある。周囲からなだれ込んでくる知覚情報をろ過し、生存に必要なものを選り分けてくれるお陰で、超越した自分の本質を忘れた状態で、今この場所に効率的に集中することができるのだ。
 俗世界を超える領域を過剰に意識することは、人類の歩みをいっそう遅くさせる。俗世界を超越した世界は認識すべきでないと言うつもりはない。ただその広大さや深さを過剰に意識することは、この世界を生きる間の営みに支障をもたらしかねないという意味だ」

7034
ひまわり様

 コメントを有難うございます!

 死によって解放されたあとも、再び地上に戻って来てギブスを身に付けるわけですから、それはとても勇敢なこととも言えますね。

 覚者の中には、修行を極めて制御できるようになった人もいる一方で――、人生の苦悩のどん底で目覚めた人や、全くのハプニングとしてそれが起こったケースもありますから、本当に分からないものです…。

7035
この世界に触れたり、影響しあったりといった「体験」をするには
この世界と同じ周波数を持った体が必要だという事だと思います。でないとすり抜けてしまうので・・・。

少し周波数というか、意識のチューニングがずれれば、この世界はもう全く「堅固なもの」ではなくなります。
(有難くない)心霊経験で何百回と経験した事なのですが、この世界をはっきりした堅固なものとして体験できるのは、この世界に意識のチューニングがびしっと決まっているからだと理解しています。ラジオやテレビのチューニングのように。

私にとってこの体は、養成ギブスというより(それも分かりますが)、言ってみれば、映画やアニメの世界に入り、そこの登場人物としてリアルな経験をするのにどうしても必要なもの・・という認識でしょうか。
これがないと、この世界は全くリアルなものとして体験できないし、そうも見えません。

普段は全然考えませんが^^;考えてみるとやっぱりなかなか面白い経験をしているとは言えます。

7036
時に・・広大様
今、広大様は経済的自由を手に入れていると解釈してよろしいのでしょうか。マネーゲームを卒業されたとの自己紹介を見て、前からお聞きしたいと思っておりました。
そして、もしそうなら、その方法を聞かせて頂けませんか?

7037
ただいま~!

7038
しかし・・・
この世界に永遠にいる訳ではなく、長くて100年ちょっと。50年かもしれないし、30年かもしれません。厳密に言えば、睡眠中は半分離れているようなものだからもっと短いとも言えます。
この体であれこれ出来る期間は限られている。暑いだの寒いだの腹が減っただのいう経験もこの体でしか出来ないでしょう。
私も含め、大抵の人はこの体が「ある」のがデフォだと考えていますが、実際は「ない」のがデフォルトで、「ある」のは期間限定の設定なのだと思います。
何十回、何百回この世界に生まれてきたとしても、永遠からすれば多分とても短い期間なのでは。
「この体があるのはデフォではない。期間限定の体験なのだ」という意識を持って、この経験を大切に思うべきではないかと思います。

ところで、エヴェン・アレグザンダーさんの「俗世界を超える領域を過剰に意識する事は、人類の歩みをいっそう遅くさせる」という言葉は、うーん、どうなんだろう・・・。
言わんとする事は(多分)分かる気はしますが、これまでの事を考えたら過剰に意識するくらいでバランスが取れるのでは。これまではあまりにも考えなさすぎ、俗世界を過剰に意識しすぎの状態がずーーっと続いてきた訳で、バランスを取るための動きが”人類の歩みを一層遅くさせる”とは個人的にはあまり思えないのですが・・・・この辺はちょっとよく分からないですね。

7039
Clary Sage様

 こんにちは!

 まさにこの物質世界というのは、高次の世界と対極的に存在しているのではなくて、「周波数の違い」なのだと思います。

 この周波数の世界(俗世界を意識しすぎる世界)から、目を開いていくというプロセスそのものがきっと大事なのでしょう。

7040
孝ちゃんのパパ様

 お帰りなさい。
 ブログで奥様への手紙を書いていらっしゃる方でしょうか?…

7041
りこ・ディーン様

 こんにちは!

 僕は経済的に自由になっています。
 会社を辞めてからのこの4年間は働いたことがないですし、今後も「収入のために働く」必要は特にないです(不慮の多額支出や、大幅なインフレが起こった場合は何とかしなくてはならないですけど)

 ずっとこういう生き方にあこがれてました。
 その方法というのは――、比較的給料の高い会社に23年間勤めながら貯金をしていって、早期退職者優遇制度で比較的多い退職金をもらったというだけで、何の裏技もないです…。


 でも振り返ってみれば、会社も退職の決意も、自分はそのような巡り合わせのもとに、本当に色んな人たちに支えて導かれながら生きてきたのだなと感じます。

 あと、これは自分でも非常に不思議で仕方ないことなのですが、なぜかお金がほとんど減らないです。
 都区内の3LDKの賃貸マンションに住んで、子供を私立校に通わせているから、それなりの支出をしているのですが、どういうわけか良い方向で「計算が合わない」です…。

7042
「何故かお金がほとんど減らない」って不思議ですね。
えー何でだろう・・・高次の存在が銀行口座の数字をちょいちょい操作しているとか(笑)(普通に考えると奥様が・・と思いますが)

イギリスのヒーラー、ベティ・シャインさんは「ある金額のお金がある期限までにどうしても必要だったのだが、工面する術がなかった」時に、本を開く度にお金が挟まっていた、という事があったそうです。
初めは自分で挟んでおいたのかな?と思っていたのですが、同じ事が何度も何度も続き、必要な金額に達した時に止まったとか。最後の一枚は玄関マットの上に置いてあったそうです。



「養成ギプス」について言えば、広大無辺の意識がこんな小さな体に収まっているのだから、そりゃ窮屈だよなあ・・と思います。
でも、”私”はどんな体にも収まる事が出来るのだろうなとも。人間だけではなく、原子とか、細胞とか、一つの砂粒とか、巨大惑星とか、銀河系とか、この宇宙全体を「体」にする事もきっと出来るでしょう。

基本、「私は広大無辺・永遠無限の存在である」(バーソロミューも言ってますが)というのをいつも念頭に置いておけば、この小さな体の人間ライフも悪くないと思います。





7043
こんんちは
ギブス・・・

わたし、もしかしたらギブスをしているかも・・と思いました。
六月から、病気で死と直面している女性のサポートの
仕事が決まりました。
お役にたちたいと思って受けたのではなくて
自分の仕事を増やしたかったから受けました。

でもちょっとだけ、不安でギブスをした感じです。
流れにまかせてギブスもいいのかも。

7049
Clary Sage様

 こんにちは!

 銀行口座のことは、本当に不思議としか言いようがないです…。
 妻はこの口座での入出金はしてないですから、現実的な可能性としては「僕の計算違い」しかあり得ないです。

 でも、僕自身はこういうことに関しては相当にマメな性格なので(退職時の貯蓄額や生活費は綿密にシミュレーションしましたから…)、当人がいちばん不思議で仕方ないです。

 ま、あまり詳しい理由を探ろうとはしないで、神秘は神秘のまま、とりあえず有り難く放っておこうと思っています。


 窮屈で不自由なギブスという感覚は、「私=肉体」という思いから来ているにほかならないでしょう。
 本当の私とは、境目のない空間や宇宙であるとよく言われます。まさに「鳥かごはなかった」です。

7050
森須もりん様

 こんにちは!

 介護のお仕事は、まさに「命」と向き合う大変な役割だと思います。
 サポートが必要な高齢者は、人間の肉体や脳がもたらす制限を、とりわけ強く痛感している人たちともいえるでしょう。


 きょう、著名なベトナムの禅僧のティック・ナット・ハンのこんな言葉を知りました――

 「人間の体は問題があるけれど、ブッダになるために必要なものだ」

7052
光奈さん、こんにちは。ドクダミ出ました!

母の入院手術保険金を利用して、昨日は宇都宮へ行ってきました。
人生を転機となった15年前くらいに出会った元マッサージ師のKさん
(目が不自由だけれど、とても明るく楽しい60代女性)と
私と同年のガイドさん(すぐに意気投合)と3人で楽しんできました。

Kさんはギプスが外れちゃった人。
目は不自由かもしれないけれど、とても自由。無邪気でも落ち着いている。
昨日、Kさんは菩薩かなと思いました。

Kさんとは別にギプスが外れた人を最近見つけました。
太鼓を教えながら全国を回っている方。
東京に家族もいて、とても仲良しみたいです。
とにかく穏やかで、いつも優しいまなざし。でも行動力はすごいです。
現在55歳の背高のっぽの男性。ちょっと宇宙人ぽいです。

私の周りに本物の自由人が増えています。嬉しいです。

7055
あおむし様

 こんにちは!

 確かに体が不自由にもかかわらず、肉体の限界を超えているような人っていますよね。
 どんな大きな制約も、制約と思わないのだから、それは本当の自由だと思います。

 「No Arms, No Legs, No Problem!」と言い切る五体不満足のオーストラリア人のニック・ブイヂさんも、まさにそうでしょう。

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

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