フロントページ   »   スポンサー広告  »  スポンサーサイトスピな散文  »  スピリチュアルの全体を、ざっくりとらえてみると…
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 


 「スピリチュアル」という言葉やテーマは、そもそも何のことを指しているのか?――
 人によってその答えは、かなり違ってくるでしょう。

 ふつう社会一般的には、スピリチュアルというと、まず「心霊現象」を思い浮かべられることが多い。

 現に公共の図書館では、スピリチュアルの本は主に「心霊研究」というカテゴリーに分類されている。
 シャーリー・マックレーンの『アウト・オン・ア・リム』も、ニール・ドナルド・ウォルシュの『神との対話』も、ブライアン・L・ワイスの『前世療法』も、エックハルト・トールの『ニュー・アース』も――、どれも「心霊研究」の本になっている。
 亡霊とかお払いの話が出てくるわけでもないのにね…。

 でも最近は、スピリチュアルというテーマは、「意識の目覚め」や「本当の私の探求」、あるいはもっと広く、目に見えない力によって「幸せになること」という意味でとらえることが主流になりつつあると言える。


 そんなふうに、「スピリチュアルとは何か」でさえ、あまりはっきりしない。その上に、そこで説かれる中身というのは、もうかなり千差万別なものだ。
 理解しようと色んな本を読めば読むほど、ますますややこしくなって、スッキリしなくなったりもする…。

 そこで、「スピリチュアルの全体」をざっくりとらえてみたら一体どういうふうになるのかという、僕自身の私的な見方を今回ちょっとまとめてみます。

 そのような「全体像」があると、たとえ千差万別なものごとも、「複雑化させずに、全体の中に位置づけながらとらえる」ことができるのではないかと思うのです。


 で、僕自身がとらえる、スピリチュアルの全体像というのが、このような感じ――

 これは、スピリチュアルにかかわる要素を、大胆すぎるほど大ざっぱにとらえた、あくまでも一つの「見方」を描いたものです。
 「学びの体系」とか、「宇宙の構造」のようなものではまったくないです…。


 まず、いちばん外側にあるのが、「空」という領域(図の薄いグレーの部分)
 この「空」は、究極的な「ワンネス」であり、「大いなるひとつの魂」「ただ在るもの」「宇宙の本源」「神」など、いろんな呼び方もされている。

 また領域といっても、形や大きさがあるわけではない。
 それは果てしない広がりであり、あらゆるものが創造される基盤であり、真っ白いキャンバスのようなものだ。

 そして究極的には、この広大無限な「空」だけが唯一実在している。


 そして「空」とは、根源的な「ゼロ」の状態である。
 皆がひとつにつながって、キラキラと輝いて、とてもハッピーでといった、よく想像されがちなある意味「生やさしい」ものではないといえる…。
(「ワンネス」なのにどうして「ゼロ」なのかは、後日にまたまとめてみます)


 そうした「空」に対し、私たちが生きているのが、いわゆる「現実」の領域だ(上の図の濃い青色の部分)

 ここは、「この世」とか「物質世界」「現象世界」「三次元宇宙」などとも呼ばれる。
 「空」に対してこちらは、良きにつけ悪しきにつけ、あらゆる側面でカラフルだ。


 そしてこの領域の最大の特質は、「経験」が可能であるということ――。

 おおもとの「空」は宇宙をつかさどる叡智であるから、あらゆる森羅万象が備わっている。
 ただしそこでの森羅万象は、姿かたちや感覚もない、いわば可能性とか観念といった状態で潜在している。
 それを実際に、形あるものとして出現させて体験できるのは、この「現実」の領域だけなのだ。

 また根源的な「空」について、「大いなる愛」という表現もされる。
 その通りで、「空」はまさには愛そのもの。あらゆるもの(愛以外のものまで)を包み込んで受容する、究極的な「無条件の愛」である。
 ただし「空」の状態のままでは――、自らが「愛」そのものでありながらも、愛を与えたり受け取ったりする「相手」というのがそこには存在しないわけだ…。

 隣人を愛し、色んな条件付けを手放して自分自身を愛し、多くの他者と互いに分かち合うといった愛の行いは、この「現実」の領域にあって初めて可能となる。

 そう思うと、根源的な「空」が、わざわざこの物理的次元を創造したのも、何となく分かる気がしますよね!


 ただしそうした「経験」を可能にする半面――、「現実」の領域には、自分と他者がバラバラに分かれ、そして神や本源から切り離された「分離」の性質が伴う。
 そこから「恐れ」などの特有の感覚が、私たちにもたされる。

 その分離や恐れが、対立や憎しみ合いや争いなど、悲痛な出来事をこの世界に巻き起こす…。


 で、「空」と「現実」の間に位置しているのが、いわゆる「スピリチュアル」の領域だ(上の図の黄色い部分)
 それが両者の橋渡しをしている。

 ガイドや守護、天使、精霊、高次の存在、物質を超えたさまざまな宇宙法則、奇跡や恩寵などがこの領域にあたる。
 ただし一方でそこには、カルマや輪廻転生など、私たちの生にとって「苦」となる仕組みも含まれている。


 ところでさっき、「いわゆるスピリチュアルの領域」と、「いわゆる」を付けたのには、2つ理由があります――

 その1つ目は、おおもとの「空」までを含めてスピリチュアルと呼ぶケースも多々あるということ。
 でも、スピリチュアルの中には、目に見えない本当にさまざまな要素が含まれる。そうした中で「空」というのは「スピリチュアルの一部に含まれるもの」として位置付けるには、あまりにも広大無辺で根源的すぎる…。

 そのため、とらえ方としてはあえて、スピリチュアルの枠組みにあるすべてを取り巻く、さらに壮大な領域として見たほうが分かりよいと思う。


 「いわゆる」を付けた2つ目の理由は、スピリチュアルに相当詳しい人の中でも、「このような領域はない」と断言しているケースがあるということ。

 とりわけ「非二元(アドヴァイタ)」の考え方では、守護天使とか、死後の魂などの話は、入り込む余地がないように思える。

 著名な覚者であるラマナ・マハルシも「無知が存在する限り、輪廻転生は存在する。本当は、輪廻転生などまったく存在しない」と語っている。

 また、「色即是空」と説明するとスパッと割り切れるけど――、その間にスピリチュアルの領域を加えると、何だか「半透明の色」があるみたいで、どうもあいまいな感じになってしまう…。


 スピリチュアルな領域というのは、「あると言えばあるし、ないと言えばない」と――、平たく言ってしまえば、そういうことになるのかなと思う。

 つまり究極的な「空」や「非二元」のレベルから見れば――、現実世界さえもすべてが幻なわけだし、スピリチュアルな領域もまた存在し得ない。

 他方の「現実世界」のレベルから見ても――、スピリチュアルな領域というのはふつう知覚できない。


 ところが、「現実」の世界にいる立場から、それを超えた「空」や「ワンネス」や「本当の私」を希求する場合――、
 その橋渡しとしてのスピリチュアルの領域が、「人それぞれにふさわしい形」で現れて、力を作用させて、助けて導いてくれる――、そのようにとらえられるのではないかなと感じます。

 意識の目覚めを体験し、「非二元」にもとづいた教えを強調している人の中にも、その半生には、「見えない何かに導かれた」としか思えないようなエピソードがあったりもしますしね…。

 ある意味でスピリチュアルな領域には、普遍的な絶対はない。法則や原理さえも超越した、自由な現れ方をするのだと思う。


 また一方で、今は「ワンネス」や「本当の私」なんかを希求していない人の場合でも――、カルマや輪廻転生の働きによって、やがてはそれを求める生のステージへと連れられていく。
 マハルシは「無知が存在する限り、輪廻転生は存在する」という、とても厳しい言い方をしているけれど…、輪廻もまた、叡智に向かうために作られた道筋でもあるのでしょう。


 やはり、ここまで大きな話はかなり長くなってしまうので、続きをまた次回に書きたいと思います!



 結びのヒーリング・ミュージックは、Steven Halpern「Deep Theta」。

  ☞ コメント:12

 
次の記事→
スピリチュアルの全体を、ざっくりとらえてみると…のつづき
←前の記事
内への幸せ探し
コメント
7085
記事を転載させていただきました。
勝手に記事を転載させていただきました。いつも済みません!

7086
月光舎人様

 こんにちは!

 ブログの引用や紹介などは、ご自由にしていただいて問題ございません。
 興味をもって読んでいただけて、嬉しく思います!

7088
光奈さん、こんにちは。
いつも興味深く拝読させていただいてます。ありがとうございます。

>ある意味でスピリチュアルな領域には、普遍的な絶対はない。法則や原理さえも超越した、自由な現れ方をするのだと思う。

僭越ながら本当にそうだと思います。
チャネリング、スピリチュアルリズム、禅、瞑想、祈り、臨死体験、宗教、ネットサンガ、宇宙人、UFO、etc.
本当に様々な現れ方が有りますよね。
霊的好奇心、神仏と呼ばれる絶対的なものへの愛は、人それぞれの資質とでもいいましょうか、それこそ臨機応変に、その人に合わせた形で現れるんでしょうね。

7089
an様

 コメントを有難うございます!

 スピリチュアルって、本当に多様な現れ方をするものですよね。
 真理は究極的にはひとつでも、「真理は千の顔を持つ」と言えると思います。

7090
夕方、太陽の周りに虹色が出ていて
運転しながら見とれてたので、ちょっと危なかったっっ。綺麗だったなぁ・・あれは、採雲と言うのかしら。
所で、私の質問に真面目に答えて下さってありがとうございます。そして、23年間真面目に働いて自由を手に入れたみつなさんを尊敬します。

7093
りこ・ディーン様

 こんにちは!

 七色に輝く彩雲を見ると、小さな奇跡を目にするようで、ほんとうに嬉しいですよね。
 昔から「吉兆」とされてます。

 そういえば4年前のゴールデンウィークに、会社に退職願を出すべきか考えていたとき、旅先の空で彩雲を見ました。
 「あぁ、祝福の知らせかも…」と感じたのを思い出しました。

7094
領域・・・・?
領域があると・・・
考えたこと無かったですね
もともと区切りで物を見ることが
なかったからかもしれませんね

都会では無く すご~く田舎でもなく
そんなところで育ちましたから
現実の世界の中に目に見えない怖い存在も
おおいなる存在も混在していて
それを周りの大人が当たり前と捉えてましたからね

現代の都会ではすべてを意味づけて
頭の中を整理しようとする傾向があるように見えます
もやっとした部分があってもいいのでは
むしろもやっとした部分があるから
分らないことはその部分に置いておける
分かった時に必要な場所に移動すればいいだけの事

生きて行くうちに答えが変化して行くことは普通の事
ありがたい世界で生きさせて頂いたと
今だから思えますよ

現実と見えない世界を子供の頃は共有していたのでしょう
でも現実には形として見た事はありませんよ

大きな虹の根元を目指して走った事
下駄の音が夜のしじまの周り中に響き
誰かが後ろをついて来ていると振り返った事
氏神様の裏の水晶の山で1つだけ「ください」と
結晶を持ち帰った事

日々の暮らしの中でどこにも区分けはみえません
見えないものは信じがたいもの
見えてる世界が真実と捉えるのが自然で楽ですね
良いお話で昔を思い出しました ありがとうさんです^^

7095
光奈さん、こんにちは。続きも楽しみです。

昨夜、まん丸の月はかすんでいたのですが、
その周りが虹色に輝いているように見えました。

月(今日は満月)パワーのおかげなのか、昨日急にスッキリしました。
部屋もかたづいてきて、心の中もスッキリ。モヤモヤ消えました。
やりたいことだけやっていてもちゃんと辿り着きますね。
なんとなくパワフルになった自分を感じています。



7096
チベット天珠 西蔵天珠ブログ awjp
いつもご訪問ありがとうございます
一日一回 ブログランキングに
ポチっとクリックさせていただいていますよ^_^

7097
光子様

 こんにちは!

 領域とか境界は、実際にはないものです。
 地理を説明するときに、「ヨーロッパ」とか「アジア」といった、便宜的な地域分けをしたほうが分かりやすいのと同じようなことです。

 本当に小さな子供もそうですし、区切りなしにそのままの世界を見られるのは素晴らしいことですね!

7098
あおむし様

 こんにちは!

 きのうの夜中は、雨上がりで空気が澄んでいたためか、東京では満月がとても鮮やかでした。

 月の光が部屋の中に差し込んで、手をかざしたら床にはっきり影ができるほど。
 こんな月の光はひさしぶりのような気がします!


 ちなみに太陽は、夏は高くて、冬は低い。
 月は逆に、冬が高くて、夏が低い。

 夏至に近いこの時期は、月が特に低い位置にあるので、その光が部屋の中にまで差し込みやすいんですよね。

7099
西蔵天珠様

 こんにちは!
 こちらもランキング・ボタンを押させていただいきました。

 それにしても、スピリチュアル関連のブログのサブ・カテゴリーも、実に多彩ですよね。
 天然石・パワーストーン、オラクルカード、風水、開運カウンセリング、ホ・オポノポノ、占い、手相、人相、姓名判断、霊視……

コメントの記入
 管理者にだけ表示を許可する


プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

最近の記事
ツイッター

CALENDaR 12345678910111213141516171819202122232425262728293031
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。