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 今回は、現金な話題です。

 財布のひもを握る主婦のことを「うちの大蔵省」という言い方があるけど(古いなぁ…)、僕の場合はかつて妻が重い鬱を患っていて、ものごとの整理・計画がかなり苦手だったこともあり、僕自身が大蔵省を担当して労働省や食糧庁も兼ねるという、「小さな政府」による一元管理をしていた。
 そのため家計については、かなり細かく把握している。


 で、4年前に会社を辞める際に、今後の資金計画についてできる限り詳しくシミュレーションをした。

 給料が高めの会社に23年間勤めたので、ためてきた貯金と早期退職金を合わせれば、しばらく間は収入がなくても従来どおりの生活水準で暮らしていけるだけの金額になった。
 また支出をある程度減らして、大幅なインフレが起きなければ、厚生年金がもらえる60歳まで資金がもつという算段である。

 余裕の「左うちわ」といえるレベルではないものの、まぁ何とか現実に、40代なかばで「経済的独立」を果たすことができたわけだ。


 会社を辞めてからは、収入はほぼまったくない。
 妻がパートや派遣の仕事をしているけど、そのお金は妻自身が使っている。

 そうした中、僕が意図的に心掛けていたことが――、「銀行口座の残高をあまりチェックしない」ということだ。
 支出がどれだけあるかは、もう感覚的につかめている。
 なので、どうせ残高を見ても、「減っている」ことだけが目に付いて、余計に気がかりになるだけだからである…。

 うちは都内の3LDKの賃貸マンションに住んで、息子は私立高校に通っているから、サラリーマンの平均年収くらいの支出は毎年どうしても出ていく。

 年末に一度、その年の引き落とし金額の合計を見て、自分が感覚的につかんでいる支出規模とだいたい合っているかだけは確認している。
 これまでのところ、ほぼ計画とぴったりの状況で順調に経過してきた。


 で、実は先月、「高校三年生の息子がもうすぐ受験で、来年は大学進学だし…」ということもあって、いま総額でどれだけのお金があるのかを、(もちろん今後の教育資金もすでに織り込み済みだけど)念のため計算してみた。

 いくつかの銀行の普通預金と定期預金、いくつかの証券会社にある投資信託と株式、生命保険会社の個人年金(バブル期に加入した「お宝保険」)――と、個々の口座を確認していくのも、そこそこの手間ではある。有り難いことに。

 そうして集計してみたところ、自分でもまったく理解のできない、とんでもなく不思議なことが起こった――。


 ブログのコメント欄にも書いたことがあるけど、一体全体どういうわけなのか、4年前の総額からあまり「減っていない」のである…。

 しっかりした家計管理を自負する僕にとっては、こんなのはあり得ないことであり、大きな誤差は「あってはならないこと」だとも言える。
 それで、何度も各口座の残高を確認しながら合計してみても、「良い方向」で計算が合わないのだ。

 どうしてこんなことが起こる???…
 まるで狐につままれたというか、奇妙な世界に迷い込んでしまったみたいな感じがする。


 もちろん株式や投資信託の残高は、うれしいことに株価上昇に伴ってかなり増えている。
 とは言えそれは、3年以上ぶんの家計支出をカバーできるまでの金額はもちろんない。

 ほかに唯一考えられる理由は――、4年前の退職したときに僕がかなりの計算違いをして、総額を低く見積もりすぎたということだ。色んな金融商品に分散しているから、そういうこともあってもおかしくはない。
 でも――、A型、かに座、エニアグラムのタイプ1である僕自身の名誉にかけて言うと――、大事なお金のことでそんなポカをするはずが絶対ないのだけど…。


 その後も色々と考えてみたものの、結局は分からないので、「神秘は神秘のまま放っておく」ことにした。
 別に問題解決する必要もない、文句なしに100%喜ぶべきことなわけですし。


 それにしても、お金が減らないのはあまりに不思議と思っていた先日のこと――、実家の父親から電話がかかってきた。
 聞くと、「株がすごい絶好調」とのこと。

 実家は、母親の認知症など色々と大変なことはあるものの、そういう問題にかかわりなく、株を持っていればとにかく今は儲かる時期である。有り難いことに。

 で、父親が言うには――、
 「株で儲かったお金を持っていても、この先ずっと長く生きているわけではないから、やがて相続税で持っていかれてしまう(今年行われた基礎控除の引き下げで、実家の土地の評価額がぎりぎり相続税の課税対象に入ってしまった…)
 なので、自分たちに必要なお金だけ取っておいて、あとは今のうちに、税金のかからない範囲で『生前贈与』をしておきたい」とのこと。

 調べてみると、いわゆる暦年贈与の非課税枠のほか、「祖父母から孫への教育資金」の一括贈与も非課税になる制度があることが分かった。

 そういうわけで図らずしも、これからかかる息子の学費は、うちの家計からではなく、何と「株式市場」から出していただく形になった――。


 お金が「増える」わけではないけど、どういうわけか「減らない」というのも、引き寄せの一種なのだろうか…。でも特に、何かをしているわけでもないけど。

 こういうのはたぶん、「人それぞれの人生のシナリオ」なのではないかなとも思う。
 僕はこのようなシナリオ(金持ちではないけど、お金の不自由や不安はとりあえずなく、独立できる人生)を、きっと生まれる前から描いて生きているのかなと感じる。
 「こうしたから、こうなる」という法則の働きとは、どこか違うような気がする。


 でも、ここであえて僕自身が思っているポイントのようなことを言ってみると――

 いま持っているお金というのは、ずっと以前から「これだけあれば会社を辞められる」と考えて、目指してきた金額である。
 望んでいた金額がその通りに(長年のサラリーマン生活を経て)実現したわけだ。

 でも、ちょっと厳しい見方をすれば、「その数字に固執しているから、お金が減ることはないけれども、それ以上に増えないのだ。そんな枠を取り払えば、さらにもっと豊かになれるのに」なんてふうにも言えるかもしれない。
 よく説かれている願望実現や引き寄せというのは、まさしく無限の可能性、青天井の世界ですしね。

 でも僕にとっては、今のこの金額が「満足のライン」であり、ある意味で「足るを知る」ことのできる自然な水準である。


 きっと誰にでも、自分にとって自然な「足るを知るライン」というのがあるのではないでしょうか。
 それは、人生のシナリオに最初から描かれている金額かもしれないし、その人にとっての「経済的な中道」なんてふうにも言えるかもしれない。

 そうした「足るを知るライン」や「経済的な中道」というのは、その様子をイメージして感じながら目指すことによって、やがては実現し得るものだろう。
 そして、いったん達成したあとは、どういうわけか「減りにくい」ものなのかもしれないです…。


 あともうひとつ、僕が心がけているのが「お金を使うことをいとわない」ということ。
 普段の買い物では野菜の値段を気にしたり、外食もほとんどしないのだけど――、そうした節約志向の一方で、ヨガを習ったりワークに行ったり、途上国への寄付をしたりもしている。妻が何か無駄買いをしていても気にしない。

 やはりお金というのは「流れ」でもあるから、出入りの循環が大事なのかなと思う。
 成功した経営者であり作家のジョー・ヴィターレの言葉は、確かにそうなのかなと感じますね。

 「使えば使うほどお金は減っていく」とほとんどの人が思い込んでいる。私もずっとそう信じていた。
 しかし私はこの信念を、「使えば使うほど、お金を受け取ることができる」に変えてみた。今はそれが現実になっている。この新しい信念を理論的に説明することはできない。


 そう、やはりそういうのは「理論的に説明できない」ものなのでしょうね――。


 結びのヒーリング・ミュージックは、Mike Rowland「Protect The Children」。

  ☞ コメント:49

 
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コメント
7140
誰もが大富豪になれる訳ではないですし
その必要も無いのでしょう。
変更不可でもないでしょうが、ある程度決まっている(決めてきた)というのはそうかもしれませんね。

一概には言えませんが、あまりにケチケチしている人は収入も減っていくケースがありますね。まさに「支出に見合う収入になっていく」というか、ある意味うまく行っていて、無駄が無いというか。そういうケースを見ると確かに「お金は使わないと入って来ない」というのは感じます。
やっぱり「必要に応じて」という面はあるんだろうなあと。

光奈さんの話は不思議ですけど、「あまりお金の事は心配するな」という計らいなのかもしれないですね。





7141
Clary Sage様

 こんにちは!

 僕の実家も、どちらかといえば所得水準が低いほうのはずなのに、なぜかお金の苦労はほとんどないんですよね…。
 そういう姿を見ながら育っているから、「お金の心配はいらない」という気持ちが、思考の奥底に根付いているのかもしれないです。

 生い立ちや生活の習慣も含めて、「そのような星周りに生まれた」のだろうと思っています。

 で、手にした自由で何をするかは、とても大事なテーマですけど。

7142
うちは多額の奨学金を借りて、娘を某大学の獣医学科に通わせていますが、このお話を聞いて、お金の心配はしないことにします。
何とかなるものだと信じて。

ここのコメントで知った『ザ・マネーゲームから脱出する法』のプロセスでは驚くようなことがあり、本当に変わってくるものだと思いました。
ダニオン・ブリンクリーの本もここで知りました。
ありがとうございます。

7144
かよ様

 コメントを有難うございます!

 お嬢さまが獣医を目指されているのは、素晴らしいですね。確かにお金がかかる進学先でもあります…。


 実は僕の父親は京都でタクシー運転手をしていたのですが――、僕も、ひとつ下の弟も、中学から大学まで東京の私立校で寮生活をしながら学びました。

 で、自分がこうして息子の教育費を出す立場になってみて――、「そもそも自分の親は、所得が低いはずなのに、どうやってあれだけの学費を出せたのか?…」ということが、ものすごく不思議に思えました。

 そして昨年、父親と話したときその理由を聞いたのですが、それも「そんな都合のいいことなんて起こるはずがない!」というような内容でした。

 その話を、以下の過去記事に書いています。
 
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-304.html

7145
こんにちわ^^
凄い幸運に恵まれた方なんですね~^^
いや~、羨ましいと言うか、あやかりたいと言うか…
こちらは「働けど我が暮らし楽にならざる」おまけに病気持ちです(笑)

7146
お金って意外なところからやって来ますね
光奈さん、こんにちは。書き込みにお返事ありがとうございました。

今日の記事も「ほんとにそうだなあ」と思いました。
私もお金には不思議と困ったことがありません。

絶体絶命に見える事が起こっても(夫が鬱休職とか親の借金片付けとか)
いつも思いもかけないところから助け舟が出て、何とかなってきました。

また、家計簿をつけて一生懸命管理しようとしても、お金は出る時には
出て入る時には入って来るものだ、と痛感することが何度もありました。

本当はある程度の見通しが立っていれば、過度に心配しなくても大丈夫
だとわかっているのですが、まだお金に関しては「手放し」が難しくて、
遣う時に迷ったり、先の心配をしたりしてしまいます。

現実には、いつも充分休んで、美味しいものを食べて、行きたところに
旅をしています。こんなに恵まれているのに焦ったり心配したりするな
んてバカみたいだな、とちょうど思っていたところでした。

でも、光奈さんがご自分の状況を公開してくださって、やっぱり大丈夫
なんだなーと思えました。ありがとうございました。

7148
sado jo様

 コメントを有難うございます!

 今回のブログとはまた違う観点ですが、お金の多寡というのは、善し悪しにはまったく直結しないものだとも考えています。

 縁起でもないとか、気休めでしかないと言われるような話ですけれど――、
 死後に自分の人生を振り返ってみて「貧しかった境遇こそが(あるいは病気こそが)、実は本当の財産だった」というケースだって少なからずあり得るでしょう。

 まさに、人それぞれの学びと経験のシナリオです!

7149
yuko様

 こんにちは!

 ひょっとしたら僕の今回の人生では、お金の苦労や、その執着の放棄については「履修科目」の中に入っていなくて、だからこんな甘ちゃんな境遇で生きているのかもしてれない…、なんて感じることもあります。

 それでも、書いた内容が何らかの参考や支えになれば、とてもうれしいですね!

7152
 私もお金がないんです。子供いるのですが、これから先いろいろいるだろうなあと思ってはいるのですが、本当に心配していないんです。それに不思議なんです。転職してから、私の収入では一年もたないだろうと思っていたのですが、2年が経とうとしているのに、まだ平然としています。それも悠々としています。それよりも毎日、幸せとは何だろう、豊かさとは何だろうと考えています。すると、いろんなことが見えてきて、本当に幸せなんです。嫁も働いていません。二人で決めたんです。学校帰ってきて、「ただいま!」といったら、そこに「おかえり!」という声があることが、我が家の幸せにしようと。たとえ借金をしてもそうしようと。警備員の給料なんてしれています。でも2年たっても変らないです。借金なしでなんとか、夕食を家族で囲んでいる毎日です。本当にこれでいいのではないかと。さあ、来年はどうなっているのでしょうか。ケセラセラ!

7153
丹後のきんちゃん様

 こんにちは!

 素敵ですねー。たとえ収入が少なくとも、奥さんは働かないと決めて、そして家族の幸せがあるって。

 ありきたりな言い方ですけど、そういう幸せはお金では買えないです。
 また、心で感じる幸せには、お金のあるなしによる違いなんかないですし。


 でも本当に、何とかなるものなのですよね。
 よく、働かないと「妻子が路頭に迷うことになる」なんて言う人がいるけど――、実際に妻子が路頭に迷っている姿って、ホームレスが多い新宿でも僕は一度も見たことがないです。
 そういうのこそ、頭の中で勝手に描いた「現実離れした幻想」なのでしょう…。

7154
光奈さん、こんばんは。

光奈さんと境遇も預金残高もずいぶん違う私ですが、
私も預金残高が減っていないかもしれません。

減ったとすれば、姪っ子甥っ子4人受取の保険に入り
その保険料を全額納付してしまったからでしょうか。

姪っ子甥っ子たちの両親は私より高収入。年金額は倍以上だと思われます。
そんな両親を持つ子供たちにお金をあげようとするなんて
自分でもよくわかりません(笑)。でもきっとそれでいいのでしょう。

私は一生お金に困らないと信じ切っています。
同時にお金持ちにもならないと思い込んでいます。
そしてその通りになっています。

以前もコメントしましたが、私は親しくもない人に270万円貸してしまい
10年以上経った今も返済なしです。
でも、本当に困ったら返しに来てくれると信じています。

この自信はどこから来ているのでしょうか(笑)。

昨日、今日と絵手紙教室でした。多少の収入がありますが、
生活費にはまったく届かない金額です。
でも、講師の経験がたぶん今後の私にとっての大きな財産になっていますね。

血液型はA。牡牛座。戌年。私もお金に対してなかなかしっかりしています。
確定申告をするために収支表を付けています。
毎月支出の方が多いですが、財布の中身も気にすることがなくなり、
お金に困ることもなく平穏に過ごしております。

私は長屋に住み、実に質素な子供時代を過ごしました。
そのせいか、貧乏暮らしでも十分に楽しむ自信があります。

7155
お金の多寡は良し悪しには直結しないというのは分かります。
「ケチケチしていると支出に見合った収入になる事がある」と書きましたが、「とは言え、別に収入が少ない=悪いという意識は無いな」と思っていました。

確かに「お金が沢山あるのが良い事で、あまり無いのは悪い事」ではないんですよね。そう考える事は出来ますが。

そして、これはお金だけでなく様々な事に言えるでしょうね。私も「○○は良い事で、△△は悪い事だ」と考えている事柄が結構あるだろうなあ。



7156
こんにちは
 最初に書かれているように「お金に困っていない。」という本人のイメージがあるからこそ、現実にもそのイメージが映し出されているのかもしれませんね。すばらしいです!

7157
同じように早期退職を目論む私としては
お金が減らないなんて羨ましい話ですね~
早く辞めても年金受給まで何とか今まで通りの生活ができると私も計算してるんですが、今一つ踏ん切りがつかないでいます。

お金の出入りをチェックしない件…まるで私の体重の様で笑ってしまいました。
年に1回、職場の総合健診でしか体重計に乗りません。日々スカートはく時にウエスト周りで大体解るし、毎日乗って数字に一喜一憂するのが嫌なんです(笑)
それでも大体1~2キロ前後するくらいかなあ。来年までに1キロ落とそうくらいの緩い管理で何とかやってます。
余談ですが4~50代からは1年に100gずつ太っていくのが良いと何かで読みました。10年で1㎏増…良い感じですね。すみません、話がそれてしまいました(笑)
それついでに・・・A型のかに座なんですね、主人と同じです(笑)

7159
お金に困ってない人のブログをみたら嫉妬が芽生え、同時に株とか投資を自分にもできたらいいけど…怖くてできないって何もしてない自分がいてなんだか悲しくなります。

7160
お金さんいらっしゃい
お金に困っていない私ですが、もし一般的な贅沢を望んだら
困るかもしれません。でもそういうものを望んでいないのです。興味なし。

今日の新聞の投稿欄で生活が苦しく、
ご両親に援助してもらっていることが申し訳ない、
子供に経済的にちゃんとしてあげられるか不安と書いていた若いお母さん。
かつての私も親に援助されることを恥と思ってました。

誰かに援助されてもいいじゃないかー。
援助されまくりの我が人生です。これからも援助、応援大歓迎。
しかし援助がなくてもどうにかなるだろうとも思っています。

最近、ますますお金のことが考えられなくなっています(笑)。
とはいえ、お金を使うのは楽しいので、お金さんも大歓迎です。

7161
あおむし様

 こんにちは!

 よく「思考の裏にある思考」が現実化すると言われますが、心の奥で「自分はお金に困らない」と信じ切っていれば、本当にその通りになるのでしょうね。


 貸したお金を返してもらえなくても、別にその人から返ってこなくていいのでしょう。
 きっとこの世界全体の巡り合わせによって、まったく違うところから返ってくるのだろうと思います。

 同じように、誰かに援助してもらうことも、決して遠慮する必要はないはずです。

7162
Clary Sage様

 こんにちは!

 学歴や役職や所得も、体の容姿も、交友関係の多さも、子供の成績も、家の広さも、他人と比べられるものなら何でも「善し悪し」を付けることが可能ですね。

 キューブラー・ロスが言う通り、「比較は不幸への近道」でしょう。

7164
tetsuboy様

 コメントを有難うございます!

 「お金に困らない」というイメージは、自分の生い立ちの中で自然に根付いたものなので、こういうのは苦労しないですね。

 一方で、ネガティブな形で根付いてしまったイメージも自分の中に当然いろいろありますから――、それにはじっと向き合って、取り組んでいくしかないです…。

7165
eimi様

 コメントを有難うございます!

 あー、なるほど、面白いですね。確かに体重を「減らしたい」場合は、逆にこまめにチェックしたほうがいいのでしょう。

 僕は以前ダイエットして、ボクシングでいえば6階級ぶん減量したのですが、このときは洗面所に行くたびに体重計に乗っていました。

 ダイエットと経済的独立を、ぜひ実現してください!

7166
匿名様

 コメントを有難うございます。

 今回のような記事内容に対して、ほかの方でも、同じように感じられるケースは少なくないと思います…。

 僕自身は、お金に関しては全くOKなのですが――、たとえば性的な内容については、何か心の引っかかりを感じますね。
 小説の中に性描写が出てくると、ページを早く繰ったりもします…。

 そういうのが、自分が向き合うべき、内なるテーマの現れでもあるなのでしょう。

7167
自分が向き合うべき内なるテーマの現われ
光奈様
お金の心配いらないのお話
ウ~ン納得と自然に思えました。
私にとっての絶対に心配の無いものに
「人」があります。
子供の頃・仕事で・引越し先々で・・
いつも、私を応援してくれたり、お手本になる方達に
必ず出会えます。
それも、必ず先に居て待っていて下さる・・のです。
小さい頃から、どこがどう・・なのかわかりませんが、
「恐れ・心配」を抱いた事が無く、
自然に苦労なく流れていきます。
この反対の「恐れ・心配・にがて・・」などが
「自分が向き合うべき内なるテーマ」
と言うことなのでしょうか?

いろいろ、自分観察の勉強ができてありがたいです。

7168
そう、「比較できるものすべてが対象」ですね。
自覚する限り、私が突出して強い「良し悪しの価値判断」を持っているものはないと思うのですが、「ある程度」だといくつもあるでしょう。

こういう価値判断は持っているだけで苦しいものですが、非常に強くなってくると所謂病的な状態になりますね。
自分が「悪い」と判断するすべての人を非難し、軽蔑し、価値が無い(低い)とみなす。それが自分に向かえば強い自己嫌悪や自己憎悪になります。あらゆる差別などもこれですが。

自分と他者を比較する、或いは自分と他者を比較される、というのは苦しいものです。
こうした価値判断が無くなればこの世界は天国になるのでしょうね。


「その人独自の道があり、すべての道は価値がある。他者をうらやむ必要はない。そんな事をしてもただ力が逸れるだけだ。大事なのは自分の道に集中する事。他者をうらやんで、自分の道を軽視してはならない」というのは結構実感として感じるのですが、それでもどうしても比較してしまいますね・・・^^;

横ですが、ちゃんみい様うらやましい!(早速・・)
人に対して何の恐れも心配もないというのは本当に少数派だと思います。
恐れや不安がある事柄が向き合うべきテーマというのはその通りだと思いますが・・・多分私の向き合うべきテーマの一つですね。

「うらやましい」というのは、不安や自己否定からのそれと、魂の望み的なもの、二つがあるような気がします。「人に対して何の不安もないなんてうらやま!」というのは多分魂の望み的なものかなあと。

7169
お金の話からは逸れますが
私の「大丈夫なテーマ」って何があるだろう・・・と考えてみました。

例えば、よく言われる「女性性の否定」はあまり縁が無いかな・・・。
男性に生まれたかったとは思わないし、自覚する限り、女性に対する否定的なイメージは特にないですね。(性差別には当然ながら怒りを感じ是正するべきだと思いますが、これは女性性の否定とは関係ないですし)
(本当かどうか分かりませんが)女性性を否定する人はピンクが嫌いだとか、ローズやイランイラン、ジャスミンのような精油の香りが苦手だとかいう話がありますが、私は好きですね。

自分が向き合うべきテーマだけではなく、自分が大丈夫なテーマも一緒に考えてみるとバランスが取れていいかもしれませんね。
「これは大丈夫だな」「これは不安や心配があるな」と全体をチェックして、「ここを頑張ろう」とやると効率が良さそうです。

7170
引っ越しや職探しでお金が減っていく日々を経験し、転職して収入が減って、ぎりぎりでやりくりしている自分としてはお金が減らないというのは正直信じがたいです。
ただ、毎月の小遣いも無くなってしまった私ですが、今までに買ってきたもの(アクア用品とか)で今までと変わらず趣味を楽しめていますし、仕事が早く終わるようになったので育児も手伝えるようになって家族と接する時間も増えました。物に執着しすぎる私ではありますが、お金を使わなくても幸せは十二分にあるんだなと、今の境遇になってわかりました。
この先、金銭的にどうなるか不安ですが、なるようになるんだなと、このお話を読んでそう思いました。
長文すみません。

7171
光奈さんのお話は興味深く読ませていただきました。
そして思い当たったことがあります。
数年前に歯の治療をしていてかなりの金額が必要になり金策を考えていました。
たまたまお掃除をしていたら、思わぬ所から、ちょうど歯の治療費くらいが入った現金封筒が出てきたのです。
ヘソクリを入れていたのが出てきたのですが、その、なぜか得をした気持ちになりました。
もともと自分のお金なのですが、お金に無頓着なのかヘソクリの存在を忘れていたのです。
必要になるときに出てきてくれたような気がして、ありがたかったです。
光奈様とは違って、ただのウッカリでしたが、お金は天下の回り物だと思いました。
光奈様のお話で、お金のことを心配しなくても生きていけるような気がしました。
いつも、素晴らしいメッセージをいただきまして、ありがとうございます。

7172
働かざるけれども、わが暮らし楽!
光奈さん、こんにちは。

いいですね。
今の私はとてもそんな事を言える状況ではないのですが、この試練も私が最初から選んだ事だったかのようです。
前世では私もお金持ちの時代もあったかも知れません。
どうしてもお金の不安がまとわりつき、どうして天からお金が降ってこないのかと不満が常にありました。
しかし、今は息子がお金を入れてくれるようにもなりました。
そして何より、素敵な方達とのご縁にとても感謝しています。
私の人生でどうしてこんなに素晴らしい方達とのご縁が出来たのか不思議で仕方がありません。
きっとこんなに素敵な人達とのご縁を絶ってしまったら、何世紀にも渡ってまた巡り会える機会がないのかもしれません。
最高の財産です。
お金に関してはあまり不安にならないようにしようと思います。

時々気にかけて下さってありがとうございます。

                         


7173
光奈さん、こんばんは。

今日は単発の絵手紙教室でした。なんと申込み者全員が欠席。
結局スタッフの方と3人で絵手紙とおしゃべりとランチを楽しみました。

参加者ゼロでも謝礼はいただけたし、色々お土産もいただき、
さらに笑いいっぱいの楽しい時間を過ごすことができました。

今日のために用意した教材の代金は回収できませんでしたが、
そのうち有効活用されることでしょう。

同じ内容の絵手紙教室が来週もう1度あります。
非常に自己中心的な方が参加されるとのこと。
その方に対して私がどのように接するのか、楽しみにしています。

私も人への不安がほとんどないかも。
流動的ではありますが、なぜか親切にしてくださる方が現れます。

私は人への執着心もないので、親切にしてくださった方が離れて行っても
さびしがりません。感謝の思いが残るだけです。

お金も執着せず感謝していけば、必要なお金は入ってくるのかも。

7174
ちゃんみい様

 こんにちは!

 「人」についての心配がないって、いちばん素晴らしいと思います。


 サラリーマン時代に、社内にもそんな印象の先輩社員がいました。
 営業マンで、取引先の会社や担当者のとこが必ず「好き」になってしまうそうです。

 もちろん客先との色んなトラブルなども起こるのですが、それでも相手のことを信頼して、余計に心配したり恐れたりしないんですよね…。
 そして、どうしようもないように思える対立やもめごとでも、全体を包むように解決してしまう。

 スピリチュアルなことには無関心な人でしたが、とてもいい波動を放っていました。

7175
Clary Sage様

 こんにちは!

 自分や他者の善し悪しを価値判断するモノサシがなくなれば、本当にこの世界は天国になると思います。

 そのためのひとつの方法が、モノサシそのものを手放すことですが――
 でもそれ以上に、「私というものの本質は、分け隔てられた個体ではない」と理解することが、実は近道なのではないかと感じますね。

7176
45F様

 コメントを有難うございます!

 ぎりぎりのやりくりというのは、暮らしの面でも気持ちの面でも、本当に大変なことだと思います。
 でも、「お金がなくても幸せを見いだせる」というのは、かけがえのない素晴らしい経験です。

 そして、今の状況でもすでに「なるようになっている」と言えるでしょう。

7177
そら太朗ママ様

 こんにちは!

 ヘソクリをしていた甲斐がありますね。
 ちょうどそれくらいの金額だったというのは、最初からそのような意味があったのかもしれないです。

 資金繰りに困っていた経営者が、返済に必要なのと同じ額の臨時収入があったという話もよくありますし――、宇宙はそのように働くこともあるのでしょう。

7179
あおむし様

 こんにちは!

 参加者がゼロとは、それはそれで不思議な状況ですね…。

 「非常に自己中心的な方が参加される」とのお話しも、もしも僕だったら気になって仕方ないと思います。それを楽しみに感じられるなんて、すごいです。

 僕の場合、そういう心配はしてしまうのですが、後で振り返ってみると確実に「取り越し苦労率100%」です。

7180
そうですね。
「私は何故”人に対して何の不安も心配も無い”とは言えないのか」と考えてみた時にそれは思いました。
私は「他者」とか「他の人」という書き方をよくするのですが、自他をきっちり分離(分け隔て)してるよなあと思います。
そりゃ「他の」人なのだから、心配や不安があるでしょう。

前世や今生の人間関係が云々という事は言えますし、(裏切りとか傷つけられたとか色々あるでしょう)それらの影響があるのは確かでしょうが、それは置いておくとして。
「人に対して何の不安も無い」と言えるようになりたいものです。


天国と言えば、ツィッターにアニータ・ムアジャーニさんの「天国はあの世にあると思われているが、この世もそうだ」みたいな言葉がありましたが、確かに。
この世も神の一部、本質は天国には違いないです。
この世界に対しては「ろくでもない」「最低」「進化していない」「地獄」とか考える事もままありますが、そう考えるよりは(たとえ無理やりにでも)「天国だ」と考える方が役に立つでしょうね。
素行の悪い人に対して「お前はろくでもない、最低だ、アホだ、馬鹿だ」と言い続けていたらますますそうなるだけで。それよりは、その人の本質を見て「あなたは神で、力のある、愛に満ちた素晴らしい存在だ」と考える方がいいのと似ています。

7181
ご自身の経験を踏まえた
興味深い記事にいつも発見を頂いています*^₋^*
今回も、です。


ほとんどの人の意識にこびりついていた
『労働=お金』の観念が変化を迎えているのかもしれませんね。
私自身も広大さんと同じようにお金に関する『あれれ?』を
実生活で多く感じるようになり

もしかしたら
『存在=お金』という感覚で捉え直せるものなのかも知れない
と考え始めたここ数年だったのです。


もっと意識が軽やかになれば、遠い将来、
お金自体存在しなくなるシステムになる可能性もあるような気がしています。


広大さんのようにつぶさに自分の現実を観察していけば
自分の中にある『お金に縛られた様々な意識』を発見して
軽やかに柔らかくとかしていけそうですね*^₋^*
私の場合は、それも今生に与えられた課題かなぁと思う所です。


何とはなく感じていた事を
具体性のある記事にして下さったのがタイムリーで嬉しかったです*^₋^*

7182
光奈さん、こんにちは。

参加者、予定では5名でした。
参加者ゼロは初めてだとスタッフの方がおっしゃっていました。

開催すればどうにかはなると思ってはいましたが、
会場の狭さ、その他諸々の事情で絵手紙教室不向きかとも考えていました。

予行演習もできたし、色々気付くこともできたし、大笑いもしたし、
結果オーライでした。来週は12名参加予定。
別の場所での開催ですが、やはり会場が狭い。バタバタしそうです(笑)。

素が出る絵手紙。噂の自己中心的人物の絵と文字が楽しみです。
素敵だったら、もちろん褒めたたえます。

7183
こんにちは。
お金に関する不思議面白かったです。
働いてない時ってあまり減らないという実感があります。
勤務時間によるお金という収入は増えはしないけれど、
勤務するために使用する金額って、かなり大きいってことですよね~。

7184
最初、この記事を読ませて頂いた時、
羨ましくて仕方ありませんでした。

でも、光奈さんは 学生時代は沢山勉強され
退職されるまで一生懸命働かれて
決断として退社をされた事でしょう。

そして、あまり物を買ったりせず、
適度に節制もされているのでしょう。

精神的にも真理を追究されて
豊かに暮らされていますよね。

お父様の前記事も 読ませて頂きました。
お父様も 自然にお金を引き寄せていたのですね。

cael家も 毎月ギリギリですが
何とか暮らしています。
「奥さんが働かないのに、
(このお給料で)よく、やっていけるね」
と、夫の職場で言われているそうです。

あと、実家の時も
父が定年退職するまでは 工場がもったのですよ。
(その後は倒産では無く、潰れる前に売ったとか、
 そんな感じです)
父も ある宗教を信じ、呑気に構えていた所があったので。

caelも そんな呑気な面を引き継いでいます。
しかし、最近、焦りを感じて来て、
今月からパート契約して
週3働くつもりでしたが
今の所、週1しか入ってなくて落胆していましたが、
突発的な事が起きたので、
今では それでヨカッタ、と思ってます。

神様にもたれていれば、心配要りませんよね。
心配を手放す事が 出来そうです。

7186
金は天下のまわりもの
光奈さん、こんにちは。

私は貧乏な家で育ちました。
子供の頃は、当時としては珍しい両親共働きの家でした。
その頃は、共働きなんて貧乏の象徴のもののようでした。
小さい頃から、お留守番は出来たし、
ましてや小学校高学年からは母の介護でとても大変でした。
給食費の納入など待ってもらうなど、恥ずかしい思いもしました。
もちろん、おこずかいなどもらうこともなく
欲しい物をねだるなんてこともできませんでした。
修学旅行にも行けるのか不安に思ったりしたこともありました。
部活動もお金がかかるので、帰宅部でした。
いつも気を使っていました。

大人になってからも母の介護があったので
なかなか仕事に就くこともできず
贅沢もできませんでした。
仕事運もなかったかな。

唯一貯めた自分の貯金も家の購入にあててしまったので、
今は貯金ゼロです。
ですが、不思議です。
貯金はできませんがどうにか生活が出来ています。
まして、好きなこともできているし…

昔から「金は天下のまわりもの」だと実感しているし
「お金は働けばどうにかなる」の精神の持ち主でもあるし
いざとなったら家も売ればいい的な感覚なので
ある意味お金の呪縛はないのかもしれませんね。

世の中にはお金に恵まれた方もいらっしゃいますが
心豊かに暮らしていければ十分だと私は思います。

でもちょっぴり、お金欲しい煩悩はあります(笑)


7187
Clary Sage様

 こんにちは!

 アニータさんのこの言葉ですね――

 「私たちのゴールが、従来の考えとは全く逆だとしたら。つまり天国とは、死後の世界ではなく、身体を持つ今ここに存在するとしたら、どうなるでしょうか?
 天国を体験するのに、死ぬまで待つ必要はありません。私たちの真の素晴らしさは、今ここに存在しているのです」


 Clary Sageさんが言われるように、「たとえ無理やりにでもそう考える」ことは本当に役立つと思います。

 「そんなわけがない」と思わせる出来事も相変わらず色々と起こりますが――、そうした中で「おや、実は本当にそうなのでは」と確証させるような出来事にも気付きます。

 その気付きの感度は、やはり「無理にでもそう考えている」場合のほうが圧倒的に高いでしょう。
 そこから、生き方や在り方が変わってくるはずです。

7188
Ai様

 コメントを有難うございます!

 「労働=お金」というのは、確かにお金というものに対する、ものすごく限定的な見方でしょうね…。
 実際に世界中の富のうち、「労働の対価」になっている部分は、ごくわずかに過ぎないと思います。

 そして「労働」とはまた違うエネルギーに、よって世の中のお金が動いたり、集まったりしているはずです。

 「存在」のエネルギーは、ある意味でそうかもしれないですね。

7189
あおむし様

 こんにちは!

 僕が習っているヨガ教室も、回によって人数が増えたり減ったりしますが、でもだいたいは「多くもなく少なくもない適当な人数」が集まります。
 互いに申し合わせているわけでもないのに、考えてみたら不思議だなと思いますね…。

 そうした参加人数も、「最適な経験」ができるように、天の配剤によって決められているのでしょうね!

7190
yuki様

 こんにちは!

 「働いていないときはお金は減らない」というのは確かですね。

 サラリーマン時代は、仕事のストレスに立ち向かうためにタバコを1日1箱吸って、毎晩必ず酒を飲んで――。またお昼は外食だし、喫茶店にも入って、夏はペットボトルを何本もがぶ飲みして…。
 たぶん、それだけで年間100万円くらいはいくはずです。
 
 「お金を使わなくてもいい生き方」のほうが、僕の場合は本当に性に合ってる感じですね。

7191
cael様

 コメントを有難うございます!

 うらやましく見ていただけるほどのレベルではないです…。何とかかろうじて経済的に独立している感じですから。

 お金の多寡にかかわらず、呑気に構えながら、必要なぶんだけ働くというのいいでしょうね。
 人生に必要ならば、それにふさわしい量の「仕事」が現れてくるのだと思います。


 著名なラマナ・マハルシも、仕事についてこんなことを語っています――

 「あなたが仕事を離れるように定められていれば、いくら仕事を探しても見つからないだろう。反対に、仕事を続けるように定められていれば、その仕事を避けることはできないだろう。より高い力にそれを任せなさい。あなたの思いのままに放棄したり続けたりすることはできない」cael様

 コメントを有難うございます!

 うらやましく見ていただけるほどのレベルではないです…。何とかかろうじて経済的に独立している感じですから。

 お金の多寡にかかわらず、呑気に構えながら、必要なぶんだけ働くというのいいでしょうね。
 人生に必要ならば、それにふさわしい量の「仕事」が現れてくるのだと思います。


 著名なラマナ・マハルシも、仕事についてこんなことを語っています――

 「あなたが仕事を離れるように定められていれば、いくら仕事を探しても見つからないだろう。反対に、仕事を続けるように定められていれば、その仕事を避けることはできないだろう。より高い力にそれを任せなさい。あなたの思いのままに放棄したり続けたりすることはできない」

7192
月光の響き様

 こんんちは!

 お金については本当に大変な子供時代を送られたのですね…。
 でも色々とご苦労をされながらも「どうにかなかって、好きなこともできる」のは、本当に素晴らしいことだと思います。

 お金も感謝して受け取れば、必ずしも「煩悩」にはならないのではないかと思います。
 お坊さんだって托鉢しているし、著名な高僧も、お金を通じてもたらされた食べ物などによって養われていると言えますから…。

7193
おまかせ
光奈さん、こんにちは。

早く退職したいのに色々な事情で2年間もその会社で働き続けたり、
フリーになってからは予想外の所から突然仕事をいただいたり。
体調の回復とともに仕事がどんどん増えたり。
仕事をやめるきっかけの出来事が起き、やめやすくなったり。
自分の思いを超えて、いつも導かれてきたように思います。
以前は自分の意思だと思っていましたが、そうではなかったですね。

「あなたが仕事を離れるように定められていれば、いくら仕事を探しても見つからないだろう。反対に、仕事を続けるように定められていれば、その仕事を避けることはできないだろう。より高い力にそれを任せなさい。あなたの思いのままに放棄したり続けたりすることはできない」

ということで、自分の仕事のことも高い力におまかせしています。
現在の仕事がいつ終わってもOKと思いながら精一杯取り組んでいます。

還暦から(3年後)新たな仕事もいいなあ、と妄想しております(笑)。

7194
あおむし様

 こんにちは!

 仕事については、本当にすべて決まっているのだと思います。
 日雇いの労働者がその日の仕事に巡り会うのも、松下幸之助が二股ソケットを開発して大会社に発展させるのも、きっと定められた通りなのでしょう。

 私たちができるのは、ただその力にまかせるだけです。

7218
お久しぶりにコメントさせていただきます^^
広大さん、こんばんは。
いつもとても興味深く読ませていただいています。


今回は、私も書かせてくださいね。
私、ずっとずっと「貧乏」なんですが、
実はあまり気にならなかったんです。

貯金もないくせに気にならないなんて、まったくけしからん!なんですが。
(男の子3人の学費で家2軒分くらいのお金が、
5年くらいの間に出ましたので、まったくお金がないんです)


広大さんが、「お金に困らない」というご自身のイメージをお持ちで、
それが現実に映し出されているとしたら、
私はいつも「お金に困る」イメージなんです。

でも、思考の裏の思考が現実化することを考えると、
私は実は裏で「困らない」と思っていたのかもしれない!
って気が付きました^^

面白いですねーー!

ブログに文を紹介させていただきました。
事後報告で申し訳ありません。

たくさんのことを学ばせていただき、ありがとうございます^^

7228
ねこうさぎ様

 お久しぶりです! コメントいただき、嬉しく思います。

 あまり気にならなくて、現に何とかなってきたのでしたら、まさに裏にある思考は「お金に困らない」だと思いますね。

 人間の感覚からは「いちおう結果的には足りていた」という状況が、いわば宇宙の「得意技」なのかもしれないです…。

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

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