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 「スピリチュアル」と「科学」は、多くの場合かなり縁遠い関係といえるけれど…、でもその両者が急接近しているテーマもあります。

 代表格といえるのが「臨死体験」で、今や世界トップクラスの脳神経学者や専門医などが研究に取り組むようになった。
 救命医療の発達によって、もはや無視できないほど事例が増えたことが大きな理由であろう。

 魂や死後世界のことが解明可能なのかはもちろん分からないものの…、科学の立場からも「その存在を認めざるを得ない」という間際まで来ているように思える。


 その臨死体験と同じように、近いうちに科学の対象として注目されそうなのが――
 「不食」のテーマではないかなと思う。

 何年間も食べ物を口にせず、ふつうに生き続けている人たちが、この世界には実在する。
 これは、栄養学的にも、生物学的にも、医学的にも「絶対に100%あり得ないこと」のはずだ。

 「ヒマラヤ奥地でそんな人が目撃された」くらいの話なら、オカルトの延長みたいな形で済ませられる。
 ところが実際には、不食はそれほど珍しいものではないらしく――、1990年代半ばの時点で不食に取り組んでいる人の数は世界で200人いたそうだが、現在では何とヨーロッパだけで4万人にも上るという…。

 ここまで来ると、「なぜそんな人が現に生存できているのか?」「人を生かしているエネルギーとは、いったい何なのか?」という課題に、科学的に切り込んで行かざるを得ないだろう。


 不食をテーマにした本は最近けっこう人気で、僕も先日『食べない人たち』(秋山佳胤ほか著)を読みました。

 秋山氏は現在40代で、水さえも飲まない生活を、すでに6年間続けているそうだ。
 ちなみにこの秋山氏は、理系の名門・東京工業大学の出身でありながら、知的財産を専門とする弁護士として活躍していて、さらには医学博士でもある(それだけで常人ではないような…)

 何も食べずにどうして生きているのかというと――、食べ物の代わりに、空気中や宇宙に満ちているプラーナ(いわゆる「気」)を食べているのだと説明する。
 昔から「仙人は霞を食べて生きている」と言われているのに近いイメージかもしれない。


 もちろん、誰でもすぐに「プラーナだけで生きていける」というわけではない。

 この本の共著者で、15年前から不食の人体実験に自ら挑んでいる山田鷹夫氏は、「徐々に食べ物を減らしていくことを、根気よく長々と続けることになる。いきなり不食に入ることはしない」と語っている。

 まずはふつうの「少食」からスタートし、空腹に慣れはじめたら、体は空気中からプラーナを少しずつ摂取しはじめるのだそうだ。
 そして空腹の状態に心地よさを感じるまでになったら、プラーナ摂取率は50%くらいになっている可能性があるという。

 これをずっと続けてから「1日1食」へと進む。そしてときどき絶食をしたり、ほとんどカロリーのない「微食」を口にするくらいになる。
 こうしていくことで、プラーナ率が70~90%へと高まっていくのだという。


 このプロセスを、3年から10年かけて行うそうだから、本当に気の長い道のりである…。
(先月、俳優の榎木孝明氏が30日間の不食生活をして注目されたけど、おそらく実施にいたるまでに相当な準備を重ねてきたのでしょう)


 山田氏は、不食の最大のポイントとは、「人は食べなくても生きられる」という意識へ転換することにあると語る。
 そして、「断食」と「不食」の違いについて、次のように説明している。

 「断食は『食べなければ生きられない』と考えている人が、わざわざ食べないようにするので、大変なことになるわけだ。だから断食は修行なのだ。しかも半端な修行ではない。間違えれば死に直結するような苦行になる。
 一方で不食は、『人は食べなくても生きられる』という考え方で行う。食べなくても生きられると考える人が食べないようにすることには、本質的に努力はいらない」――


 2500年前のこの方も、まさにその「大変な苦行」をしたわけだけれども…、この場合も頭の中に「食べなければ生きられない」という考えがあったから、ということなのでしょうかね…。

 とはいえ人だけでなく、イエスが「食べ物のことで思い悩まなくていい」という例えで語った「野の花」や「空の鳥」だって、必要な栄養分を補給しないことには生命維持ができない。


 「意識の転換」によって、人間の限界を超えていくというのは、未踏の記録に挑むトップ・アスリートたちのやり方とも同じといえる。そうして「不可能が可能に」なってきた。
 でもそのやり方で、「生き物として命を維持するための必須条件」までをも超越するなんて(しかも本質的に努力せずになんて)、いったい人の体はどうなっているものなのでしょう…。


 この本で僕がとても面白く感じたのは――、不食をはばむ最大の障害とは、なんと「暇」であるという点だ。
 食事をしたり、料理や後片付けの時間がなくなると、1日の時間が本当に驚くほど延びるのだという。

 不食生活を記した「リビング・オン・ライト」の著者であるオーストラリア人女性のジャスムヒーン氏は、不食をマスターする過程で最も重要なのは「退屈さを克服することだ」と述べている。

 また前出の山田氏も、「不食は本当に暇で困る。その結果、精神が爽快でないとき、それをごまかすためについ食べてしまうのだ」と語っている。


 退屈という空白を埋めたり、もやもやした感覚から気持ちをそらすために食べるというのは、いかにも「人間の思考活動らしい」ことだといえる。

 空白をそのまま放っておいたり、すぐれない気分をただ静かに受け入れたりしたら――、きっとエゴ意識にとっては自らの存続を揺るがす、とても不都合な展開が起こってしまうのだろう。

 だからエゴ意識は、暇なときには私たちにテレビを見てほしいし、本を読んだり、パソコンやスマートフォンを見てほしい。
 音楽を鳴らしたり、やらなきゃならない用事をしたり、どこかへ出かけたり、誰かとしゃべったり――、そうして何としてでも気分をごまかし、空白を埋めてもらうことが、エゴ意識としてはものすごく必要なのだ。

 その一環として、実際にお腹がすいているのかどうかにかかわらず「三度の食事を食べてほしい」――、という側面もあるのかもしれないです。


 で、こうした本を読んだ上で、僕自身が不食を実践してみたいかというと…、まぁちょっと、そこまでは思わないです。

 臨死体験が素晴らしいことを理解しつつも、自分が重病や事故に遭って臨死体験をしてみたいとは思わないのと同様。
 不食についても、人間の可能性や、私たちが「生かされている」という真実を裏付ける、ある意味「ものすごく興味深い読み物」として、このテーマに接したいなという感じだ。

 単純に健康のためなら今の「少食」で十分だと思うし、生かじりな知識や姿勢で取り組んでしまうと、本当に命にかかわるだろうから…。


 でも、もし人類が「食べなくても生きられる」ようになったとしたら、争ったり奪ったりする必要性や、権力に支配される理由などはほとんどなくなってしまうだろう。

 私たちの未来には、本当に色んな面白い道筋が敷かれているものなんですね!



 結びのヒーリング・ミュージックは、Deuter「Loving tourch」。

  ☞ コメント:48

 
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コメント
7351
読んでいて、私の言いたいことが最後の一行にあったので、そうなるとどうなるのかなあとも思いました。しかし、不食の敵は暇という発想はなるほどなあと思いました。食事のために費やす時間ってものすごいですから。買い物、炊事、食事、後片付け・・・。不食は一概にいいとは言えませんが、時間の作り方に関しては、ちょっと工夫すれば、自由にできる時間が創り出せるなあと。短い時間ではありますが、読書に当てることができたら、もっと人生は豊かになれるような気がします。ちょっと論旨とは外れましが、おもしろい話をありがとうございました。

7352
秋山さんは6年以上水も飲まないというのが凄いですね。
勿論「不食」というだけでも凄いですが、殆どのブレサリアンは水は摂っているイメージがあるので・・・・ヨーロッパだけで4万人、全世界では10万人くらいいると言われていますね。
これからもっと増える事でしょう。

不食の人は睡眠時間も短くなるそうですが、以前テレビ番組で「不眠の人」の実話が紹介されていました。ハンガリーの男性で20年以上寝てないそうです。
きっかけがまた変わっていて、ある日ぎっくり腰になり、痛みのあまり3日間眠る事も出来なかったそうです。で、3日経ったら腰は良くなったんですが、どういう訳かそれ以来眠る事が出来なくなったんだとか。
睡眠が必要なくなると食事が必要なくなる以上に時間が余りますね。その人は、仕方ないので夜はずっとテレビを見ているそうです。もうちょっと違う時間の使い方をすれば・・・と思いますが^^;
「不食の人」と同様、「不眠の人」も増えると面白いでしょうね!
さすがにまだ息をしなくても生きていける人・・「不息の人」は表には出てませんが、ヒマラヤ聖者あたりにはいそうかも。

秋山さんのインタビューがありました。

http://magazine.alchimie8.com/mz/interview_akiyama01.html




7356
丹後のきんちゃん様

 こんにちは!

 「小人閑居して不善をなす」なんてことわざもありますが…

 もちろん善でも不善でもなくても、手持ちぶさたな時間のに、思考活動の言いなりになりやすいというのはあるでしょうね。

7357
Clary Sage様

 こんにちは!

 「不息」については僕も考えたのですが、やはり呼吸によるプラーナ摂取ばかりは、欠かすことができないのかなと思います。

 秋山氏のインタビューも、あとで読んでみます。
 こう言っては何ですが、どこか宇宙人っぽい感じの顔ですよね…。

7358
そんな方たちが存在するのですね。確かに現代人は食べすぎで三食食べる必要があるのか・・そこから人は食べなくても生きていられる、、、気はしますが。調理や料理の時間が暇になるうえに、米や野菜を作ったり家畜を育てることもなくなるわけですものね。原始に戻るわけでもない。『未知との遭遇』的なテレビ番組で、宇宙人は人類よりも高度な、スピリチュアルな社会を形成しているのでは?と結ばれることが多いですが、あれは人類の未来な気がしてきました。面白い話でした。

7359
いづんつぁん様

 こんにちは!

 食事や調理の時間ばかりか、「食べていくために働く」必要もなくなるわけですから、本当に時間は増えるでしょう。

 「時間があるから、何か困っている人の力にでもなるか」とか「皆で輪になって瞑想でもするか」なんてふうになれば、面白い展開ですよね。

7360
不食
不食の方々はたぶん、
牛のような腸の細菌がいるとのこと

その細菌たちが必要なものを
作り出しているらしいです。

どこかで読んだ気がするんですが。

5年以上の準備期間を経て
胃、腸の細菌を整えそれから不食へ入る、

昔の少し間違った即身成仏の形を
がんばった人たちは今ごろひっくり返ってるでしょうね。
そんな方法があったのかって。

7361
寺前様

 コメントを有難うございます!

 おそらくそれは、この本にも出てくる森美智代さんのケースではないかと思います。
 この人は、1日1杯の青汁だけで18年間暮らしているそうです。

 ちなみに青汁はたった50キロカロリーしかなく、基礎代謝に必要なカロリーにぜんぜん足りません。
 お腹に牛のような細菌がいれば、青汁の成分をもとに栄養を合成してくれるのかもしれないです。

 ただ、水さえ飲まない人の場合は、体内の細菌の働きだけでは説明がつかないですよね…。

7362
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7363
おもしろきことをおもしろく
前回同様、今回の記事も人体の「そうなのかっ」の連続でとても興味深く読ませていただきました。

昨年テレビである俳優さんが、自身の食生活は「一日一食」と語っているのを観ました。それまで一日三回の食事を煩わしいと感じていた私には「えっ!一食でもいいの?」と、大げさな言い方をすれば目から鱗でした。早速実行してみたら、食事が美味しい! 今までは何を食べてもあまり美味しいと感じた事がありませんでしたから、自分は「味音痴」という残念な性質なんだと思っていたので単純に嬉しかったです。
それからは、「人間にとって食事はあまり重要ではないが睡眠は大事、なぜなら寝ている間に宇宙からエネルギー(或は"気”でしょうか?)を補充しなければならないから・・・」という考えにも接したり、つまりそれまでは「絶対不可欠」と誤解していた食へのウエイトがどんどん軽くなって、なんだか生きるために食べるというよりは食するという事を楽しむためにそれがあるという感じに。
そこに来て「不食」とは! いや〜面白い  本当に面白い時代を経験出来てラッキーです。

7364
広大さんのテーマに感謝!
広大さんの、コメント欄へのコメント。
「時間があるから、何か困っている人の力にでもなるか」とか「皆で輪になって瞑想でもするか」なんてふうになれば、面白い展開ですよね。

これ、大賛成です!
土だけを食べて、パンだけを食べて、ブラナだけを取り込んで、変わったところではガラスだけを食べて生きている人もいます。

いきなりは無理ですが、食に関する思い込み、意識を変えるという意味で、彼らも選ばれた『メッセンジャー的存在』だと観ています。

栄養学を深く研究してきた私も、ほぼ10年周期で真反対説が発表されるたびに『うんざり』してきました。

アザラシなどの内臓を食べて脂溶性ビタミンを補えても、
水溶性ビタミンの接種など不可能なエスキモーの人々が、
とくに早死にではないですし、前記のような人々も多いですから……。

栄養士による分析は、僧侶の経解説、東洋医学の鑑別に似て、目的が『威厳や権威、市場経済のコントロール』ではないかと思うことがよくあります。

医学も進化しているようで実際は宇宙物理論に似ています。
天文学的な数の星々も全体の3%。それ以外のスペースは『ダークマターで満たされている』(解明は未来)
それと同じく医学は、臓器ばかりに囚われて移植を繰り返していますが、臓器と臓器の間にある湿原(無用の長物とされていた釧路湿原が、実は生態系の要だと解った)に等しい人体のリンパ液、組織液、その中の監視を怠らないミクロの戦士軍団については、研究がスローすぎて……。


秋山さんが、一日の5%を弁護士業にあて、
残りの95%をボランティアに、って、その在り方こそ本物ですよねぇ。

高度に進化した意識体(宇宙人)のように暮らせたら、
争う、奪う、貯めこむ必要もなくなり、世界の紛争のほとんどが消えますよね。

俳優の榎本孝明氏、この人も霊的進化を望む一人で、
その動向に関心を向けています。

この場を借りてClary Sage さんに『ありがとう!』です。
秋山氏インタービュー掲載のアルキミエ(管理人mayaka)のページって、本物、多いですね。


7365
1日1食移行予定
光奈さん、こんにちは。

朝食抜きの人生実験を始めたのが2013年3月。
現在は朝は水&お茶のみだったり、フルーツを食べたり。
午前中に用事が入っている時はご飯味噌汁などを食べたり。

朝食抜きで5㎏くらい減量。現在160㎝48㎏くらいです。
昼食、夕食、おやつは好きなだけ食べていますが、体重の大きな変動なし。
以前より少食になったことは確かですね。
ちなみに我が家の夕食は午後6時までに完了すること多いです。

母は胃がん手術の影響で少食。相当やせてしまいました。
食べなくても生きていけると思っていますが、母のことは母におまかせ。

私は将来1日1食へ移行しますが、母と同居のうちはテキトーに。

不食になれば、この世は大きく変わるでしょうね。

当分は食べることも楽しみます。
最近、備蓄品のカップ麺購入を取りやめました。
身体に悪そうなスナック菓子はまた食べております(笑)。

朝食抜きにしてから、口内炎が起きなくなりました。
ちなみに歯磨きは基本夜だけ。でかける時はその前に磨いてます。

7366
皆さん文系の方ばかりのようなので
・ プラーナは呼吸からではなく、エーテル体の第三チャクラから活力微小球と一緒に取り込みます。
参考: 第三チャクラの機能(http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-945.html
肺呼吸は酸素を取り込むのが目的であり、酸素は代謝によって運動エネルギー(プラーナとは別種の物理的エネルギー)を得るために必要です。
・ 水分は水を飲まなくても、空気中から取り込めます。
・ 肉体を維持するために必要な物質は、プラーナと一緒に取り込む究極原子(クォークレベルの素粒子?)や、空気中の炭酸ガス、水、窒素、亜硫酸ガス等を分解して合成しているのでしょう。植物がやっていますから、腸内細菌でも可能と思われます。この場合は、無息は有り得ません。
若しくは、もっと単純にサイキックな物質化をやっている可能性もあります。

7367
いつも素敵な記事をありがとうございます!

ヨガ瞑想の先生の先生は不食を実践してると聞いてます。

ところで、冒頭の写真、とても気に入ってます!!

実は、いつも記事と同じくらい写真を楽しみにしています! 毎回、記事の後にテーマに合ったものをご自分で撮られて編集されているのですか? 細長い比率も素敵です!

7368
こんにちは。

私はここ5年くらい、かなり適当ですが基本1日1食です。たまに大食いしたり、酒も飲みますが3食きっちり食べると近頃は体が重いです。

1日3食は最近の習慣ですし、現代栄養学に関してもあまり信用をしてません。科学的根拠というのも実にあいまいでして、本当は不明瞭で不確かなことばかりです。それがあたかも絶対的法則であると信じたいだけなのでしょう。そう私はひそかに思っています。w

また食の欲が減れば、いただく命の量も減らすことができます。(無駄にされる食品は無駄にされる命と同じです。)「生きること=別の命をいただくこと=罪を犯し続けること」であるなら少しでも無駄な営み(食)を減らすことは有意義なことだと思います。

「暇」と思う心は一つの欲ですね。「暇を暇と思わない。」本当の暇を楽しめる人は現代社会には少ないです。なぜなら暇をなくそうとすることで自分があたかも「有意義に人生を送っていると思い込みたい」という思い込み(欲)があるからです。

そう考えるなら欲というのは本当に原始的原理的なものなのだなとつくづく思ったりもします。

7369
プラーナ
凄いです!

食事に掛かる、時間・費用・労力が他に役立てる。
素晴らしい生き方で、憧れてしまいます。

ところで、「プラーナ」は目で確認できますね。
晴れた日とか蛍光灯の下とか、ウヨウヨ、キラキラ、ピンピンしていますね。

これが、食料とは、やはり、人は光で出来ているのかな?と思ってしまいました・・・。



7370
>争ったり奪ったりする必要性や、権力に支配される理由などはほとんどなくなってしまうだろう

そんなことはありえないと思います。
食べず生きていられる。
そうなった連中はきっと退屈で仕方ないのでしょう。
必要のなくなった食に充てるエネルギー。
それはきっと自分を信じるバカどもをそそのかすために使われるのです。
そして、争いの火や荒れ果てた街を見ながら笑い、泣き、褒め、蔑み、他の同類達にこう言うのだと思います。
「人の争うさまほどの娯楽はない。今なら分かる、あなた方が私の運命をもてあそんだ理由が。こんなにも彼らが愛おしいのに、存在そのものを無かったことにしたいほどに愚かに思える。この感覚は彼らの側にいたのでは味わえなかった。」と狂った声で壊れた表情でそういうのだと思います。

それが永遠の地獄の中の唯一の娯楽。

本当に食べずに生きていける連中というのはそういう連中かなと思います。
既に人の身を捨て、物語や詩、音楽に化けた連中。仏像とかもありかもしれません。
そうして、常に人をそそのかしながら、どうか幸せにと思い、なんて愚かなんだと嘆いているそんな連中。
そんな連中が大勢いて、そうなりたい連中が大勢いて、それじゃきっと争いは永遠になくならないのではないでしょうか

何せ食べなくていい分暇ですから…
この世界を本当に支配しているのはそんな暇人達なんじゃないでしょうか

7371
水を殆ど飲まない人たちもいますね。
黒柳徹子さんもそうらしいですが、個人的にも知っています。
両者が共通して言っているのが「水分は、食事に含まれる水分で事足りる」んだとか。
食べ物に含まれる水分と言っても、食事には塩分も多いし・・・・と思うのですが。(果物のみとかではなく、食事自体は普通です)
真夏は分からないですが、普段は水やお茶の一杯も飲まないそうです。

風子さん、どうもです^^
秋山さんはジャスムヒーンさんのワークショップに行くまでは「食べないで生きられるなんてそんな馬鹿な」と思っていたというのが意外でした。その意味では普通の人だったんですね。私にも出来そうな気が(笑)

ブレサリアンはこのペースで行くと100万~数百万人にまで増えるかもしれません。
初めは「可能だとしても、数人のヒマラヤ聖者くらいのものだろう」という世界だったのが、今は10万人くらいになっている。
大分認知されてきたけれど、今はまだ「とは言っても、自分には出来ないな」という「別の世界の話・自分には無縁の話」に感じる人が殆どでしょうが、その内もっと敷居が低くなっていくでしょう。

更に眠る事が必要なくなったら(30分~1時間くらい座って休めば足りるとか)住む場所も要らないかも。
そういう状態なら、体もあまり汚れず毎日お風呂に入る必要もなくなっているかもしれません。
食べる事と眠る事が必要なくなったら、本当に自由でしょうね。

7372
むふふふふ・・・
食べても食べなくても、私は私なんだな。

7373
不食
10年ほど一食の生活ですが、不食は可能とおもっています。
食時間が無くなると、一日が30時間ほどになり、暇な時間が増えます。
最期の下り、、大敵は暇  まさにその通りだと思います。

7374
何かに夢中になっていると寝食忘れますよね。
でも人生の中でそういう状態はなかなか日常にはならないです。

昨日テレビ番組でガン闘病中の22歳の素敵な女性が、

人の役に立ちたいと思ったけれど、あれは疲れた。
今は自分のために生きている

というようなことおっしゃっていました。

世のため人のために生きたいと思っていた私ですが、
もうそれはどうでもいいやと心底思えてきました。
恩返しという思いも薄れてきました。

自分のやりたいことをやるのが一番世の中のためになる。
だから心底食べたいと思える人にはぜひたくさん食べてほしいですね。

7375
ブログ内容と関係ないのですが
先ほど他のブログにコメントしたら、コメント認証番号が「8888」でした。
私はコメント認証でゾロ目が出た事はこれまで一度もないです。(2323とか1717といった数字もですが)時計やレシートではなく、コメント認証でゾロ目は相当珍しいと思ったので、「天使の数字」で検索してみました。

[8888の意味]

今、あなたの人生の一つの章が終わりを告げようとしています。次の章に進む準備をして下さい。変化の先には必ず光があります。・・・・これまであなたが経験で学んだ事は大きな実りとして思いもよらない形であなたに報酬の形でやって来ようとしています。宇宙に感謝して下さい。そして遠慮なく受け取って下さい・・・経済的な豊かさがあなたに流れています。数字の8が表している無限ループはお金や時間、アイディアなどあなたが必要とするものすべてが無限に流れてくる事を意味しています。あなたの「人生の目的」に沿っているものなら必ず手に入るでしょう。

だそうです。それは素晴らしい!宇宙に感謝して待つ事にしましょう^^






7376
長年の?が解消されました
感謝です
いつも不思議だな~って思ってたんですよ
まるでお腹が空かない…そんな時が 日 があるんです
たいてい沢山の人とデスカッションしている時や
物作り等の創作活動など・・・
集中しているからだと言われるかもしれないけど
違うんですよね 躰が軽いんです 疲れないのです
1日中動き回っても 疲れることが無いのです
もともと疲れない躰なんですけどね

食べないで皆と空間を共有した日は普段よりパワーが出てくるのです 
「美しき緑の星」の赤ちゃんとパワーを交換するみたいにです

食べない・・・これ納得
人は食べないといけないって教育されてきたのですよね

実は小5から 朝ご飯食べてないのです
食事は準備されていましたが
食べる時間が無かったのが大きな理由ですが
躰は困らなかったのですよ
と言うか その頃から病気しなくなりましたね

ここ2・3年3食食べると太って動きが怠慢になって・・・困りものです 
家族といると食べない選択が少し窮屈で
家族の食事の準備が粗食になって???
三度三度きっちり同じ時間で食べなきゃいけない人と暮らすのはある意味で苦行かもですね(笑)

これからは躰が「必要だよ」という声に素直に答えて
無駄食いを無くしましょう
眠りも食も無しでもパワーは無くなりませんね
肌にも影響はありません
思い込みから解放されて軽い生き方に方向転換ですね  

7377
awjp様

 こんにちは!
 応援を有難うございます。

7378
fujiwara様

 こんにちは!

 この本の中にも、「1日1食にすると、食べ物が本当においしくなる」という話が出ていました。
 また、その段階でプラーナの摂取も相当に高まっているから、それ以上に「不食」まで進まなくてもいい、とも述べられています。

 僕自身も、そこまでなら実践してみたいように感じますね。

7379
風子様

 こんにちは!

 へーっ、栄養学がご専門なのですか。すごいですね!

 僕もかつて、管理栄養士の方に色んな話を聞く機会があったのですが――、
 天文学が宇宙のごくわずかなことしか把握していないのと同様に、栄養学も私たちの体の本当にまだ一部のことしか分かっていないものなのだな…、と思いました。
 
 人体も栄養も、はまさに未知の宇宙ですね。

7380
あおむし様

 こんにちは!

 僕も、あおむしさんの食生活に近いですね。
 僕の場合は「昼食抜き」のパターンが多いです。

 サラリーマン時代に、忙しくてお昼を食べそびれることがよくあったので、その習慣からかもしれません…。

7381
666様

 コメントを有難うございます!

 確かに、呼吸によってプラーナを取り込むというのは、あくまでも瞑想ワークなどでの「イメージ上」のことなのでしょう。

 それでも、「分かってなくても、ちゃんとやってくれる」ところが、体の素晴らしいところかもしれないです…。

7382
モカ様

 こんにちは!

 写真は、いつもネットから適当な素材を探してきて、無料ソフトで加工しています(著作権的には問題あるのかもしれませんが…)

 今回のは、冬の北海道の「ダイヤモンド・ダスト」の写真をもとに作りました(何となくプラーナっぽい印象だったので…)

 こんなとことにも着目していただけると、とても嬉しく思います!

7383
ひまわり様

 こんにちは!

 暇を排除することで「有意義に人生を送っていると思い込みたい」というのは、まさしくその通りだと思いますね。

 OSHOも「退屈」について、こんなことを強調しています――

 「退屈は、人間の生活の中で最も重要なことだ。それは、大いなる理解があなたの中に生じつつある兆しである。
 そこから逃げる方法は無数にある。しかし退屈とは人間の成長の一部であり、それに直面しなければならない」


 暇や退屈をテーマに、以前にこんな記事を書いたことがあり、ひまわりさんの考えにも近いと思います。
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-363.html

7384
ちゃんみい様

 こんにちは!

 「人は光でできている」というのは、物理的にもそうだと思います。

 可視光というのは「波動」の一部なわけですし――、
 また物質は突き詰めると素粒子でできていて、その素粒子は波動であるといわれますから。

7385
野良猫様

 こんにちは!

 退屈だから争ったり戦ったりする人も、きっといるに違ないでしょう。
 そうした人たちが好んで権力の座に就くということも、想像に難しくないです…。

 でも一方で、もし「食べる必要がなくなった」ならば、何もそうした支配的・好戦的な社会システムの中に帰属しつづける必要もなくなるわけです。
 愛想を尽かして、海外の辺境の地に出て行っても、何とか生きていけるわけですから。

 「そういう生き方のほうが、支配されて戦うよりもずっといい」と考える人は、世界全体で少なくないはずです。

 そうした考えの人たちのほうが大勢になると(たぶん体勢でしょう)、これまでの世界で当然だった「一部の人が社会システムを牛耳る」という図式そのものが、立ち行かなくなるのではないかなと思います。

7386
Clary Sage様

 こんにちは!

 臨死体験の研究者も、当初は「信じられないような珍しい現象」として事例を集めはじめたら――、何千というサンプル数が次々に集まって、しかも内容がほぼ同じで、やがて事例集めをやめてしまったという話もあります。

 不食もそんな勢いですね。
 決して特殊な例ではなく、誰にでも可能な話と考えるほうが、自然なように感じます。

「食」が必要なく、「住」もいらなくなり、さらには「衣」まで身に付けなくなったとしら…、まるで「エデンの園」ですね。

7387
りこ・ディーン様

 こんにちは!

 まさにそこが究極の落としどころだと思います。
 ブッダは、不食はしなかったけど、真の「私」を見いだした。

 食べる食べないよりも、それこそが最終的な要点でしょう。

7388
柳宏様

 コメントを有難うございます!

 1日1食を十年間とは、すごいですね。
 きっとすでに、多くの部分をプラーナで生きていらっしゃるのでしょう。


 そうした方が「暇な時間が増える」というのは、説得力があります。

 ちなみに僕の個人的な実感では――、ブログを書くのはけっこう時間がを要します。

 今後、「不食有閑層」のブログ開設がどんどん増えて、ブログ・ランキングなどのカテゴリーに「不食」というテーマが加わる日も遠くなさそうな…。

7389
あおむし様

 こんにちは!

 この本の著者の秋山氏も、俳優の榎木氏も、決して人間の食生活や食文化を否定してないところがいいと思います。

 僕としてはこの点も、不食のテーマの面白さだと感じますね。

7390
Clary Sage様

 こんにちは!

 ゾロ目、おめでとうございます。

 僕にとって特に印象深かったのは、子供と街の中を1日中散歩したとき、「88-88」のナンバーの自動車を10台近く見かけたことです。

 統計的にあり得ないと不思議に思っていた数カ月後――、長年勤めた会社を早期退職するという大転換点が訪れました。

7391
光子様

 こんにちは!

 すごい体質ですね。同じように「食事量が少なすぎるのにとても健康」という人って、現時点でもかなり多いかもしれないです。

 そのような、いわば「不食予備軍」は、きっと世界中で相当な数にのぼるでしょうね。

7393
すごーい
コメント欄を見てると、ここ最近本当に意識の進化はかなり加速しているのかもな・・と思われました。
どんどん本音言う人が増えてる印象です。

うちの父(77才)も、ずっと一日一食か1,5食。しかも超粗食。あまり運動もしていませんが。食べるとしんどいそうです。
私も食事の量は減りましたけど、お茶やお菓子でゆるゆるするのが好きですし、美味しい物は大好きです。
健康や生活の在りようも、自由に(ということは自己責任でもあり)自力で探って行く方向でしょうか。
より素直に正直になる時なのかもしれないです。

プラーナって、あの空気中でチカチカしているものなんですね。あれを、取り入れるわけですか。吸い込めば、いいんでしょうか(笑)・・物質でも、ないんですよね。
イメージすれば、いいんでしょうか。いまいちよくわからないのです。

7395
うり様

 こんにちは!

 固定観念を捨てて体に正直になると、それだけで食事量はかなり減るように思います。

 プラーナについて僕は詳しくないのですが――、特に何も考えなくても常に酸素呼吸ができているのと同じように、食事量を減らすに伴って、体が自然にプラーナを取り入れてくれるのではないでしょうか。

7396
心身軽く
光奈さん、こんにちは。

我が母は朝食を食べています。1日3食。母はそれでいいと思います。

私は朝食をしっかり食べたり、食べ過ぎたりすると軽い便秘になります。
食べ過ぎだよ、という身体からのメッセージでしょうね。

最近、体がふわふわして危険な感じです(笑)。
昨日は重い長靴を履いて散歩をしたら安定感がありよかったです。

すべては軽い方向へ向かっている。
不食や体重減少もその表れなのでしょうが、一番は心の在り方でしょうね。

食を楽しみにしていますが、食べたいもの、頭に浮かびません。

7397
プラーナの取り込み方
 晴れた日にチカチカしているのは、プラーナそのものではなく、プラーナを帯びた7個の原子の集りで「活力微小球」と呼ばれます。(神智学)
「活力微小球」は肺からではなく、第三チャクラから吸収されるので、プラーナを沢山取り込むには、日光浴をしたり、528Hzのソルフェジオ周波数で第三チャクラを活性化するのも一方法です。
参考記事1: (http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-944.html
参考記事2: (http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-945.html

7398
食べるって、なんでしょうねえ。
訪問介護にいっていて、食が細いお婆さんがいます。
骨と皮。
というより骸骨みたい。
かろうじてパンをかじるのみ。
食べるのが命の綱とケアマネージャーさんに言われています。
あまり言えませんが、食べたいものがないのなら
それを受け入れるというのもありかなあと思ったりします。
立場上、いえませんが。

7399
光名さん、666さん、プラーナのこと、ありがとうございます。
ほんとに、ご飯も固定観念で食べてました。
それで苦行みたいだったんだな。。


7400
あおむし様

 こんにちは!

 ダイエットをして体重を落としたとき、「体が軽いのは、こんなに動きやすくて気持ちがいいことなのか!」と自分でも驚きました。

 肉体ボディーは、下ろすことのできない「人生最大のお荷物」とも言えるでしょう。
 軽いに越したことはないと思います。

7401
666様

 こんにちは!

 とてもお詳しいのですね。
 528Hzは普段よく聞いています!

7402
森須もりん様

 こんにちは!

 延命治療なんか特にそうですけど、どのような状態で、どこまで生きるのが良いかは、本当に難しい問題ですよね。

 まったくの他人の場合と、自分の親だった場合と、もし自分自身だった場合によっても、考えがかなり違ってきますし。


 もしも僕自身だったなら、無理に食べずに衰弱死でもいいかなとも思います…。
 プラーナの切れ目が、この生の終わりという感じですかね。

7403
うり様

 こんにちは!

 不食まではいかなくても――、固定観念を外して体の素直な感覚を大切にする生き方は、色んな変化をもたらしてくれると思います。

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

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