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 以前にブログで書いたことがあるけど、京都の東本願寺に行ったときのこと――
 お寺の中に仏教の標語が色々と掲げられていて、外国人向けに英訳も添えられていた。

 そのとき、「ところで『他力』って英語でどう表現するのだろう?」と思って探してみた。

 「他力」は、浄土宗の根本的な教えでありながら、世間的には誤用されることが多い言葉でもある。
 会社の仕事などで、「他力本願ではダメだっ!」なんてよく言われますよね。


 で、その「他力」を英語でどう言うかというと――

 「The Power-Beyond-Self(自我を超えたパワー)

 何と端的で分かりやすい!

 エゴ意識による自分本位な向上心とか、分離した小さな個による自助努力とかではなく、まさに「自我を超えたパワー」によって人々の救いがもたらされる、ということなのでしょう。

 この「自我を超えたパワー」という言葉は、誤解される余地がほとんどない、けっこう思い切った適訳だと思う。


 もちろんこうした英訳によって、大事な意味的要素が抜け落ちてしまったり、精妙なニュアンスが変わってしまうということは、どうしてもあるはずだ。
 でも、シンプルかつストレートに説くというという点において――、英文訳には、従来の仏教用語にはない「伝達力」があるようにも思えます。

 その英文訳を、ふたたび日本語に戻してみると――、古来からの仏教の言葉でありながらも、何とも斬新なインパクトがあったりもする。


 前置きがちょっと長くなったけど、先日ふと、「最も有名なお経の『般若心経』って英語でどう言うのだろう?」と思って調べてみた。

 すると、これもまたシンプル!
 般若心経の英訳は「ハート・スートラ」。

 この「ハート」は、人の精神的なハートというより、「核心」とか「エッセンス」のことだ。

 また「スートラ」は、インドのサンスクリット語で「真理を示す短い一文」といった意味。
 「チャクラ」とか「マントラ」ほどではないけれど、スピリチュアル分野では、サンスクリット語のままよく使われる言葉でもある。
 OSHOの初期の講話集で『ディヤン・スートラ』という本があるし、エックハルト・トールの『世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え』の序文に「この本はスートラのスタイルを再現した」と述べられたりもしている。


 ちなみに「般若」とは、「真理の知恵」といった意味である。

 般若というと、あの鬼の能面の怖い顔が浮かんだりもするけれど…
 あれは、室町時代にいた「般若坊」という名の能面師が、鬼の面を作る名人であったことに由来する。意味的なつながりはない。

 たとえば「シーザー・サラダ」が、メキシコ人シェフのシーザーさんが考案したもので、古代ローマの英雄ジュリアス・シーザー(カエサル)とは何の関係もないのと同じようなことだ。


 で、般若心経は300字にも満たない短いお経で、全文を英訳したものがをネット上で見ることもできる。
 それをざっと眺めてみると、けっこう面白い。

 漢字がみっちりと並んだお経を読解するには、お坊さんの解説などを参照しながら、けっこうな時間と労力がかかることだろう。

 でも英文の般若心経の場合、辞書を引きながら、それほどの苦労もなく読めてしまう。
 宮崎アニメに出てくるムスカ大佐ではないけど、「読める、読めるぞっ!」というような、自分でも意外な驚きがある。


 で、今回、そうして英文から訳してみた「ハート・スートラ(般若心経)」を紹介しますね。

 そもそも般若心経の内容とは、釈迦が一番弟子のシャーリプトラに語ったものである。
 優秀な弟子に伝えた真髄なわけだから、つかみどころのないくらい高度で難解なものかといえば――、実はそうでもなく、最近のスピリチュアル本やセミナーで語られる内容と、だいたい同じようにも感じる。

 そのようなメッセージが、今や世の中でふつうに語れたり理解されたりすること自体、なかなかすごい時代だなとも思いますね。


 また、わざわざ高い受講料とかを払わなくても、古いお経で同じメッセージが伝えられているということも、案外新鮮かもしれないです…。


「ハート・スートラ」(英文からの日本語訳)

 聖なる求道者のアバローキテーシュバラ(観音)が、「大いなる叡智」に達する修行を究めていたときのこと。
 次の真理を見いだすことによって、いっさいの苦悩から解き放たれたのです。

 「この世界のあらゆる現れと、それをとらえる私たちの感覚や認識などというのは、じつは何の実体のない『空性』であるのだ」と――。


 シャーリプトラよ、聞きなさい。
 この世界の本性は、「空性」にほかならないのです。
 そして「空性」というのは、この世界の本性そのもののことなのです。

 つまり、宇宙の「すべて」は、「何でもないもの」であり――、その「何でもないもの」が、宇宙の「すべて」なのです。

 それと同様に、私たち自らの知覚とか意志とか理解といったものもまた、「何の実体もない」ということになります。


 シャーリプトラよ、よく聞きなさい。
 この世の根本原理とは、存在するありとあらゆるものが「空性」である、ということに尽きるのです。

 だから、それらの存在は、これまで一度も生まれたことがない。そして消えてなくなることもない。
 また汚したり、清らかにできるものでもない。減ったり増えたりするものでもない、ということが特性なのです。


 それゆえに、本来の「空性」という在り方においては――、世界の現れというのは、そもそも実在していないし、私たちの感覚とか、意志とか、理解とかも、そこにはありません。

 真の私たちには、目もなく、耳もなく、鼻や舌もない。
 身体もなく、思考もなく、姿かたちがない。
 「目に見える領域」とか「知覚できる領域」というのは、本当にことごとく存在しないのです。


 そこには「迷い」というものがないし、「迷いをなくす道」なんていうこともありえない。
 同様に「老いや死」というものもない。
 さらに言えば、「老いや死がなくなる」ことさえもない――、ということに至るわけです。

 そして「苦しみ」は存在しません。「苦しみの原因」もない。
 「苦しみをなくすこと」や、その方法というものもない。
 それを知ったり、獲得するなんていうことも、そもそも起こりえないことです。


 獲得する必要がないわけだから、求道者はすでに「大いなる叡智」と共にあるのです。それを妨げるものは、何ひとつ実在しません。

 その心には「恐れ」が存続できず、混乱した幻想から遠く離れて、至福の世界に生きることができるのです。

 過去や現在、そして未来にいる最高次の聖者たちは、まさにこの「大いなる叡智」によって、完璧な悟りへと至ったのです。


 その「大いなる叡智」は、「至高のマントラ
(真言)」によって表されることを知るべきでしょう。

 そのマントラは、人を悟りに導く、無比無類のパワーを持つ言葉なのです。
 これによって、すべての苦しみを終わらせることが可能です。なぜなら、それが表すものは真理そのものであり、いっさいの偽りがないからです。

 そのマントラとは――

ギャーテー、ギャーテー(羯諦 羯諦)
ハラーギャーテー
(波羅羯諦)
ハラソーギャーテー
(波羅僧羯諦)
ボージー、ソワカ!
(菩提 娑婆訶)



 最後のマントラの部分は、言葉の響きによる波動こそが重要であって、訳文に変えてしまうと本来のパワーを失うとも言われる。

 でも、いまのスピリチュアル風に意訳してみると、こんな感じでしょうね――

行きなさい、行きなさい。
新しい在り方へ向かう者よ。
新しい在り方へと、シフトするのです。
目覚めの真理は、あなたと共にあります!


結びのヒーリング・ミュージックは、Deuter「Khumbe」。

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コメント
7999
般若心境=非二元(ノンデュアリティ)
以前、広大さんに、大和田女史の存在を投げかけましたが……。
撤回しておきます。すみません。

というのも、なんのことはない。
その内容は、古来より語り継がれた『禅』であり『般若心境』だと、
すぐに気づきました。

スピ商人たちは、真理と役者をプロデュース。
モデルチェンジすることで、生活の糧を得ているようです。


私は生命科学者の『柳沢圭子』さんを尊敬していて、
生まれ変わったら生命科学者になろうとさえ思っていました。

車に引かれて死んだ動物が、繰り返し々、車に引かれ続けて、やがて分子レベルになって空中を漂う……というような科学者の視点、感性、発想、想像力のすべてが、広大さんに似ています。

悲しいことに彼女は、原因不明の難病で36年間も闘病生活を強いられています。その痛みたるや想像を絶するようですが、やがて【生きて死ぬ智慧】という薄い、小さな本を書きました。
彼女らしく、科学的に解釈した般若心境の心訳(人によって解釈は少し変わる)ですが、読むたびに涙があふれます。

この本は、各ページごとに英訳が添えられています。

それにしても、般若心境の英訳『ハート・スートラ』って、それこそ核心をついていて素敵ですねぇ。

8000
風子様

 こんにちは!

 大和田さんの本は、興味ありながらも、なぜか手にする機会がないです…。でもいつか読むと思います。

 その「生きて死ぬ智慧」の本は、留保なしに素晴らしそうですね。
 調べてみたら、図書館の蔵書も多かったので、さっそく予約しました!


 今回の般若心経の訳は、「らしくない文体」であるところが、けっこういいかなと思います。

8001
すばらしいお話を読ませて頂き、ありがとうございました!

8002
失礼しました
般若心経が、全面的に般若『心境』に……σ(◎◎;)
ワーオ、恥ずかしい!(-。-;)
ワード頼りになってから、漢字、書けなくなりましたぁ。

進化と退化は、『表裏一体』で~す!ヾ(_ _。)

8003
nao様

 こんにちは!

 共感いただいて、とても嬉しく思います。

8004
風子様

 僕も今回気が付いたのですが、ローマ字入力で「般若心経(hannnyasinngyo)」って、ものすごく打ちにくいですよね。

 キーボードの早口言葉みたいな…。

8005
般若=般若のお面、のイメージが強かったですね、やっぱり(笑)
ハート・スートラという名前の方が今の私には分かりやすいです!

私にとっては仏教=法事、のイメージが強いですね。「この世界で起こることはみな大したことではない」というような説法はよく聞いた気がします。

でも長時間軟禁(子供の私にはそう思えましたね)された状態でそんな話を聞かされると「だからお前の自由になりたい欲求も大したことないんだ我慢しろ」というメッセージに聞こえてしまいましたね…。

今では「空性」というものがそんな重苦しいネチネチしたものではなく、もっと全然あっけらかんとした明るいものだとイメージしていますが…
「空性」は伝えるのがとても難しく受け取る側の準備もとても大事なテーマなのでしょうね。

8006
なんか...
般若心経の英訳におどろいています。
でも、感動しました。
言葉がありません。
ガツンときたというか
どんな言葉もあてはまらないというか
『空性』というものが
けっして手の届かないところにある...
そんな感じです。

8007
ruri様

 こんにちは!

 「般若・心・経」って、実に端的に「智慧の・核心の・お経」という意味なんですよね。

 でも、言葉に付随するイメージの影響で、あのおどろおどろしい鬼の面がまず頭に浮かんでしまう。
 言葉の影響って、大きいです…。


 また今回の文章では「空性」という言葉を当てはめましたが(英語では「emptiness」)、これも色んな言い方がありますよね。
 もとの仏教用語は「空」で、ほかにも「空意識」とか「虚空」「虚無」「ゼロ」とか…。

 どれもニュアンスに違いがあるし、どの言葉も当てはまらないともいえます。
 まさに、言葉のほうではなく、「受け取る側」のほうに、真意をとらえるポイントがあるのだと思います。

8008
nagarerukomo様

 こんにちは。

 わっ! シンクロです。
 前の僕のコメントの送信ボタンを押した瞬間に、nagarerukomoさんからのコメントが届きました。

 同じことを書いてますね!

8009
異議あり 
 この英訳の翻訳文は完全な駄作です。
至高のマントラがギャーテー(羯諦)などである訳がありません。言霊が汚い。
まるで獣の鳴声です。意味も単に「(彼岸に)行きなさい」というだけのものです。

 般若心経の核心は「色即是空 空即是色」にあります。
これは想念(ことば、波動)を発すれば即、形になって現れ、念を解けば元の質料(界層によって異なる)に返る霊界の真実を表しています。
空というのは無(emptiness)ではなく、その次元の質料で満ちた場のことです。
三次元の世界でも、原理は同じですが、他の人の波動との強弱、同調や干渉があり、更にタイムラグがあってなかなか思ったとおりにはなりません。
 だから、この世で如何に魂が求める正しい夢を想い描き、実現させるか、というところに話を持って行かないと、唯、宇宙の本質(真理)は空だ、空だと悟ったつもりになったところで何の意味もありません。

 仏教(宗教としての)が説くところは須らく眉に唾を付けて見た方が良いです。
彼等が誘導しているのは現実否定です。宇宙の本質(真理)は愛だと言っているスピの方が未だましです。
しかし、そのスピ系の人達も、ややもすると「愛」だけに目を向けて、現実を直視しないという罠に陥り易いので、五十歩百歩です。
この世は、ただイメージするだけでは現実化しません。
(但し、高度の霊能者になると局所的にETや魔法使いのようなことが出来ますが、現実とはちょっと違います)


8010
666様

 こんにちは!

 「訳し手がどう価値判断するか」よりも、なるべく自分の尺度による見解を交えないように文章化して、あとは「受け手がどう感じるか」のほうが大事だと思います。

 受け手としての666さんの考え方は、そのひとつとして尊重しますよ。

8011
光奈さん、こんにちは。
今回の記事はプリントアウトして、絵手紙にします。

2013年の絵手紙展の時に「般若心経」を漢字で全文書き、
その訳を添えようと新井満さんや柳沢さんの本を入手。

他の方の訳も読んだのですが、誰にでもわかるように表現するのは
実に難しいという結論に達しました。
柳沢さんの訳は理解を超えていい感じだなと思いましたが。

そして今回の訳です。わかりやすいです。スーと入ってきます。
ありがとうございました。

来年は毎日絵手紙を描くことにしているのですが、
光奈さんのブログを拝読して描くことも多そうです。
まずは恩師への絵手紙で描こうと思います。

8012
あおむし様

 こんにちは!

 お経の訳って、本当に難しいです…。
 特にこのお経の場合、「釈迦が一番弟子に伝えた核心」というわけですから、説明される側のレベルがわれわれとは格段に違います。

 そのような場で語られた内容を、「誰にでもわかるように表現する」というのは、もはや無理なのではとも感じます…。

 でも、そうは言っても、本当にいまや多くの人がそれを受け取れる状態になりつつあるとも思いますね。

8013
光奈広大さま、

何時も、素晴らしい文筆を、ありがとうございます。

「ハートスートラ」

慣れ親しんだ「叡智」、とはいっても、

うっかり、分かったつもりの、増上慢に、
なってしまっていた、自分に気が付きます。

やっぱり、すごいですね、

「ハートスートラ」

日常の「行」が、新鮮に、なります。

合掌・感謝・浩欣

8016
ラマナ・マハリシの
「悟りを開く唯一最大の障害は、自分は悟りを開いていないという考えだ」というのと同じような意味合いも含まれる感じでしょうかね。

私も「空」というのはいまいち馴染みがなく、般若心経も興味を持った事がないのですが、有名だけにそらで言える人もかなりいますよね。
私がそらで言えるのはガヤトリー・マントラくらいですが(笑)

8017
般若心経
ここは不思議な処ですね。

私は特にスピリチュアルなことを考えているわけでも語るわけでもありませんがそんなお友達もいて『何かで繋がっているんだ。』とそのことは確信していたりします。
それはここにある幾つかのワードによって自分の魂が導いていてくれているのかもしれません。

今日は『般若心経』についてたまたま父のお寺が真言宗のお寺さまで法要のたびに『般若心経』をそこにいるもの全員で声に出して詠む機会が増えて弘法大師さまやこのマントラに興味が溢れているところです。

何回か前の記事に相互にリンクしあっているというものがありますたがそんな感じです。
これからの時代はこのようにネットを通じてお互いが表に出さない部分で共感や共鳴し波動を起こして深く結び合っていく時代になっていくのかもしれませんね。

あっ、ここに書いていすみませんが...その時書けなかったコメントで『ミニマムに暮らす』は私にはとても響きました。
私は豊かな森の近くの草むらに自分が暮らせる小さなお家が欲しいだけなんです。
そしたら大きな地震があってもそんなに失うものもなく被害額も多くないわ。いつも命が守られることが最優先ですもの。(笑)

それではまた新しい記事を楽しみにしております。



8018
アニータさん
この般若心経の訳を読んで最初に浮かんだのは
アニータさんの本「喜びから人生を生きる!」です。

魂の死は存在しない、意識が現実を創っている、全ての存在との一体感、全てが私、ワンネスであることへの気づき・・・

これを違う言葉で言い換えているような気がして、

アニータファンとしてはとても嬉しく思いました。

広大さんのブログからいつも大切なインスピレーションを
いただいています。
これからも、楽しみしています。
ありがとうございます!


8019
木村浩欣様

 こんにちは!

 言葉では到底表しきれないことだから、色んな切り口や表現に接しながら「とらえ直してみる」ということが、案外大事なことかもしれないですね…。

 そういう見方も「日々新たにして、また日に新たなり」の一部なのでしょう。

8022
Clary Sage様

 こんにちは!

 マハリシの言葉は、まさに同じことを指して語っているのだと思います。

 とは言え、「自分はすでに悟っている」と認識するだけでは完結しない…。
 同じように、般若心経から「すべてが空である」と知っても、それだけでも完結しない。

 そうした色んな観点や言葉や経験をふまえながら、自分自身でそれにアプローチしていくことが大事な道なのだろうと思います。

8023
光奈様
いつも興味深い記事をありがとうございます。
英訳の般若心経・・・日本の訳より分かりやすい感じですね。
訳し、訳され、言葉がドンドンシンプルに選択されていくからでしょうか。
般若心経は私も、苦労して完訳したことがあります。
霊感を駆使したためか?、普通とはちょっと違う感じに仕上がりました、笑。お時間がありましたらご覧下さい。
今後も面白い記事をよろしくお願いします。

8024
みぃー様

 こんにちは!

 何の根拠のない見方ですけれど――、シンクロが起こったり、見えないつながりを実感できるブログは、「いいブログ」だと思っています。

 僕自身にとっても、そういうブログがいくつかありますし、そしてこのブログも、多くの人にとってそうあればいいなと願っています。


 ミニマムな暮らしは本当にあこがれますよね。
 たいていの人にとって、その気になれば実現できるという点もいいです。

8025
ひろっち様

 こんにちは!

 般若心経からアニータさんという連想は、なかなか素敵ですね。

 彼女は「愛」という表現をしていますが、仏教で説く「空」もそれと同一だと思います。
 全宇宙のあらゆるもの受容し、あらゆる可能性を内包するものが、「愛」であり「空」なのでしょう。

 そしてその無条件で広大無辺・永遠無限なるものこそが、真の自分そのものです。


 アニータさんもこう語っています――

 「私たちは、真実がどこかに、とらえどころのない形で存在するものと思っています。けれど、そのためにますます道に迷い、本当の自分から離れていってしまうのです。
 私たちの中に全宇宙が存在します。求めている答えも、自分の中に存在しています。外部で起こっているように見えるあらゆることは、真の自分を思い出すために起こっているのです」

8026
もうしょうくん様

 こんにちは!

 へーっ、般若心経の現代語訳は、ブログでも色々とチャレンジされいる方がいらっしゃるのですね!

 僕の場合は今回、できるだけ「漢字を参照しない」よう心がけた点が、ひとつの特徴かもしれないです。


 というのも、例えば「五蘊」と書いてあると、どうしてもその中身を詳述したくなる…。
 仏教の解説書とかを見ると、おそらくその説明にまる一章を使ったりもしているでしょう。

 でも、英文では「五蘊」は「Five Skandhas」となっていて(Skandhasはサンスクリット語で「集まり」の意味)――、その中身はというと、「form」「feelings」「perceptions」「formations」「consciousness」となっています。

 それなら「感覚や認識など」で通じるではないか、ということで、ためらいなくばっさりと、シンプル化した文章にできてしまうわけです。


 もちろんそれが必ずしも良いことではないでしょうけれど…、でもそのシンプル化によって、「読みやすさ」など高まる要素もあるだろうと思います。

8027
こんにちは
般若心経のこととはシンクロニシティしていました^^
実はハンニャという言葉がつく植物があって、こわいお面のほうに考えがいってハンニャは止して欲しいとか思いましたが、お陰でほっとしました。
宇宙からの音楽というものは、聴こえないのですが、霊的位置が(全ての人にあるはずなのですが)ピッタリとしていれば音階もあり耳から聴きとれますね。その場合はマスターあるいはガイドが就いてくれたりします。般若心経というものは音のほうに素晴らしさがあるので、ギャーギャーとう表現はなるべく近い表現をしているというだけで、実際には宇宙的です。とても優れたものがこの世に宇宙から贈りものされてきたのだと思います。これを自分の近くに理解しやすくしてみたり、わかりたいと思うことは、とても良いことですね。臨死体験とかそれに近いことはパスポート、シンクロニシティなどそれに近いことなどはチケットでしょうか。オールマイティのものとは言ってはいないけれど、これから道をすすんでいくときに(道は永いですからあせる必要はない今を慈しんで生きていけば良いのですけれど)自らの羅針盤を創る時に必要なものでしょうと思います。

8029
ハート・スートラ
良い響きです
般若心経の解説本 10年くらい前かしら
100均で目にして 手に入れて 楽しい解説で
すっかり虜になりました
ミュージシャンでもあるお坊さんで たぶん東京かな
〇〇別院にいらっしゃるみたいで
5・6冊の解説本を書いておられるみたいです
100均の本なので氏名などは載ってない
この方に逢いたいくらいです
この本 その時2冊くらいしかなくて
翌日友人にと思い買いに出かけたら 0でした

「ブッタの1日1話」の本も出会いは突然で
2冊求めた次の日はありませんでした
鬱で職場を去る同僚に贈りました

必要なものは準備されている
ちょうど良い時にちょうどいい量で ですね

今回のヒーリングミュージック 沁みます

8030
旅人
 実は一ヶ月程前から般若心経の読経を日課にしてます。光奈さんの訳は僕が個人的に訳したものよりもずっと頭に入ってきやすい!素晴らしい訳をありがとうございます。

 色んな宗教の教えや霊界探訪記なんかであの世の様子を読んでいると、あの世はその生命の心の清さによって無数に分かれていると聞きます。そして高い位に上がる程物質性や感情に対して執着がなくなっていくらしくて、ある時点では自分という意識すら手放すのだとか・・・。このお経は幻想の世界を大きく突き抜けた先にある真理について語っているのでしょう。
 このお経の内容は僕にはちょっと難しめですね。なんせ僕達は空(幻想・無常)の世界の真っ只中で、毎日連続した自分自身や周囲との関係性を持って暮らしていますから。

 お経の中に無苦集滅道とありますが、仏教のそれまでに説かれた教えを全否定しているわけではないと思ってます。お釈迦様の説いた数々の教えは、言わばこの幻想世界に思いっきりはいり込んでる(ある意味ここに軸を持った)人間が、その世界を基点にしつつ一歩一歩と着実に向上していくための一つの道であって、般若心経のように一気に真理にアプローチしていくものと比べて地に足をつけた成長法だと感じます。僕の個人的な考えに過ぎませんけど。

 人間の成長方法にも色々と選択肢があって、各々が自分と合うものを選んでいけるのだろうと・・・。もしそうだとしたら自由度があって良いなとか思ってます。むしろ本当はどんな在り方をしようとも自由で、生命の望むものが形になってるのかな。今の僕は優しい世界に行きたいです。

8031
こんにちは
 勝手にその空性は  エネルギーと事かと解釈しています 波動ってことなのかなぁ?

8032
ゼロ・ポイント・フィールド
最新の量子物理学の分野では、「空」の概念の事をそう呼ぶらしいですね(少し前に読んだ、ヘミシンク体験者の山川健一さんの著書で知りました)。

そこで語られていたのは、

ゼロ・ポイント・フィールド
=振動するエネルギーに満ちた巨大な量子場の海
=ユング言うところの集合無意識
=死後の世界

「空」・・・「温かい故郷としての宇宙」から私たちは生まれ、そこへ帰っていくのだから、私たちは決して孤独ではないし、死後は「無」ではない──

このブログを通じて光奈さんと私たちも「量子の海」で繋がっているんですね。

8033
萌永様

 こんにちは!

 言語によって、音の響きにはずいぶん違いがありますよね。
 中国語は濁音が少ないことが特色ですから、お経が中国を経由して伝わって来ることによって、濁音が減っていくのかもしれません。

 一方、もとのサンスクリット語のほうは、ふつううに濁音が多いです。
 古くからの聖典は「ギータ」だし、目覚めた人は「ブッダ」だし…。

 でも、カタカナで読む印象とは少々違って、実際に耳で聞くとけっこういい響きがあるように感じます。

8035
光子様

 こんにちは!

 へーっ、そんなにも楽しい解説本が100均で売られているのですか…。
 本当それくらい、必要な人にとっては身近な教えなのでしょう。


 今回の曲は、僕自身もかなり特別に好きなものです!
 このチベットのシンギングボウルの演奏に、どういうわけか底知れぬ霊妙さを感じます。
 死後世界の「宇宙的故郷」からの響きのような…。

 きっと個人的な波長に合っているのでしょうね。

8036
masahiroGN様

 こんにちは!

 毎日読経されている方からそのように評価いただくと、本当に嬉しく思います。

 僕の個人的な解釈も、masahiroGNさんにとても近いです。
 「色即是空」の後にあえて「空即是色」と言っていることが、とても大事なポイントのように感じます。

 つまり「すべては空である」と結論づけて終わるわけではなくて――、その真理を知ったうえで、本質の現れである「色」をどう味わうのか? その中で自分はどう在るのか? 何を経験してどこへ進むのか?

 ――ということが問われているのだと思っています。

8037
にゃん吉です様

 こんにちは!

 エネルギーや波動も、いわば生じたり消えたりするものです。

 「空性」とは、そのエネルギーや波動が現れることができる、それ自体は不変の「基盤」。
 広大無辺で永遠無限な「場」のようなものだと思っています。

8038
月子様

 こんにちは!

 「ゼロ・ポイント・フィールド」「量子の海」って、素敵な感じですね!

 でも、瞑想しているときの、「何でもないし、これがどうした?」というような感覚が、実はそれだったりもするのでしょう。

8039
般若心経の話(100均の本から)
ちょっと探したら出て来たのですこ~し本文を書き写して見ます
はじめにの途中から・・・
この「般若心経」を読誦しないのは、浄土真宗(西・東)と日蓮宗ぐらいのものでしょう。他の宗派はほとんどが、読誦、書写、解説をいたします。日課の勤行にも、お唱えしております。それだけに、大変に有名な経典で、解説本もたくさん出版されています。私も「般若心経」の解説本を書くのは五冊目になります。よく飽きないな、と思われそうですが、「般若心経」は洋画家の”裸婦”や”バラの花”と同じで、モチーフ(主題)としては永遠のものに思えます。
対象である「般若心経」自体は、何もその内容は変えていないのです。
宗教(仏教)的思想や哲学は、何も変化することはありません。しかし、それを書く側の心理や、ものの考え方に、進歩か、退歩かわかりませんが、必ず変化が生じているのです。・・・・中略…音楽の分野で言いますとジャズが核当するでしょうね。主題が演奏されてその後は、プレイヤーのアドリブ(即興的演奏)となるのですが、同じ主題を演奏しても、同じアドリブと言うのは二度とできないものなのです。それがジャズの楽しさで、私も僧侶や物書きになる以前は、プロのジャズ・プレーヤーとして、ウッドベースを、ステージで演奏して生活していたこともあります。中略・・・
「般若心経」には、宗教家として、同じモチーフと対峙しつづけるだけの魅力があるのです。・・・・・
「般若心経」という、”心の遊歩道”を、自分の心像風景と重ね合わせることができたらという、作家(ものかき)兼僧侶(ボーズ)としての野心が、なくはありません。・・・・・「般若心経」という“原音”をどこまで魅力的に再現できるか、同じ「BOSE(ボーズ)」でも、私は駄坊主ですから、さぞ歪んだ音になって再生されると思います。
あらかじめエクスキューズ(弁解)しておきます。ご海容のほどを願い上げます。・・・・・中略 最終話に・・・
第一五話 めでたしの心・・・中略・・・
「ああ、そうですか。今日は、ご住職さんとお会いできて本当に良かった。一つ利口になりました。時間と空間は仏さまで、宇宙なんですね。主人も、そこに逝ってるんですね」
Mさんは、私よりも、年が一つ上です。それにしては若く,朗らかな方で、理解力もあります。「もちろんそこで、ニコニコと笑っていますよ。ハッピーな気分でね、薩婆訶っていうんですよ。スーヴァーハー。お経の最後はたいていこの薩婆訶(そわか)とか、薩婆訶(そもこ)なんです。両方とも、梵語でスーヴァーハーっていって、めでたし、めでたしってことなんです。そりゃあね、亡くなられた直後は、誰だって辛く悲しいものですよ。でもね、時仏(ときぼとけ)が救ってくれて、やがて明るくなる。故人もおだやかに、宇宙の法界(ほっかい)っていうところで、微笑しているんですから、結果的には、スーヴァーハーなんですよ」…・
「そうなんだ。「般若心経」は生者と死者、両方にとって、めでたしの経典なんだ」と私は改めて思いました。
人間は、理論だけで生きているんではないのです。
経典の文字面だけを理解したって、どうなるもんではないのです。文字の裏側にひそんでいる、「心文字」こそが大切で、それが、私たちを、おだやかな気持ちにさせてくれるのだ。「般若心経」の”心文字”は「羯諦偈(ぎゃていげ)」の、「逝った、逝った、みんな逝った、悟りの岸に渡り終わった、めでたし」にあるのです。だからこそ、
「即ち、呪(しゅ)を説いて曰く」なのだ。
と私は、妙に嬉しくなった。

95ページのうちの始めと終わりを少し書写しました
たかが100均されど100均です
お金のない物にはそれなりの出会いがあるのでしょう
千円以上した解説本では頭に入りません出したが・・・
ほんと 出遭いに感謝です



 

8040
光子様

 こんにちは!

 なるほど、写経の「永遠のモチーフ」なのですね。
 「逝った、逝った、みんな逝った」という意訳も面白いです。
 こういう出会いは、本当に「金額」の尺度では計れないものだと思います…。


 漢字や英語の般若心経を、「心意」でとらえながらじっくり現代語訳していくという作業は、写経にもちょっと似ているかもしれないです。

 写経を何度もするように、現代語訳も定期的にしてみれば、何年間かのちに自分にとっての宇宙観なり「空」のとらえ方ができそうですね。

8041
こんにちは
英訳からの日本語訳、というのはとても新鮮です!
般若心経も、ぐっととっつきやすく感じられます。
そして、今「バガヴァッド・ギータ」を読んでいるのですが、
同じようなことが言われているのに驚きました。

8042
里花様

 こんにちは!

 「バガヴァッド・ギータ」は、ずっと読もうと思いつつ、まだ読めていない一冊です。
 文庫版があるくらいですから、気軽に読んでみるといいのでしょうね。

 やはり真理の要点となると、同じような内容になってしかるべきなのでしょう。
 そうして同じヒントに何度も出会うことによって、それを確信していけるのかもしれません。

8043
「そのマントラは、人を悟りに導く、無比無類の言葉」
ガヤトリーマントラもそんな風に言われますね。

ガヤトリーマントラは何人もの(信頼できそうな)”聖者”が太鼓判を押しているマントラですが、般若心経のマントラやガヤトリーマントラを熱心に唱えたら本当に「悟りに導く」んでしょうか。

私はやってみた事は無いのですが、誰か検証してくれないかな~。(他力本願・・・)

「マントラ唱えてどうにかなる訳がない。それでどうにかなるなら皆やってる」と理性では思ってしまいますが、マントラの力って結構色々な人が言ってるんですよね。般若心経もはっきりそう言っている訳ですし。



8044
Clary Sage様

 こんにちは!

 実際にお寺では、何百年も前から毎日お経を詠唱しているわけですが、その成果はいかがなのでしょう…。

 ある意味それくらい、悟りから遠ざかろうとするエゴ意識や分離感覚というのは、この地上世界ではとても強いということなのかもしれないです。

 また一方、悟りというのは必ずしも特殊な超常体験のようなものはなくて――、本当に無心になって写経に打ち込んだり、お経を唱えたりしているときにも、その意識状態にあるようにも思います。

8045
マントラ
 私に身近なマントラは、日月神示の「ひふみ祝詞」、「いろは祝詞」、「数霊」等に加えて、最近学んだ「レイキマントラ五種」です。
マントラの効力は、「言霊力+信力+霊力+神霊の力添え」によって発揮されます。
Clary Sage さんの場合は、言霊力しか期待出来ないでしょうね。 

8046
大和田さんって誰だろう?と検索してみたら
大和田菜穂さんという方がいらっしゃるのですね。

ノン・デュアリティつながりですが、最近、湯浅知花さんという覚醒体験をした人のHPを見ました。なかなか面白いです。ルパート・スパイラなどの動画もいくつかあります。

http://nonduality.jp


言霊力しか期待できないですかねえ。まあ、確かに半信半疑ですしね・・・。


お経を毎日唱えている人たちの事を考えると、やっぱり難しいのかなと考えてしまいますね^^;
瞑想をしても、祈っても、マントラを唱えても「何かを求めている(悟り、リラックス状態、ヴィジョン、天使やガイドとのコミュニケーションその他諸々)」と感じて・・・どうしてもそれに違和感を感じてしまう所があり、結局どれも習慣にはならなかったですね・・・。
以前書いた事がありますが、you tubeにあるルパート・スパイラの瞑想に関する動画は私にとっては納得の行くものでした。








8048
バガヴァッドギーターの話が出てたので追記
 全文訳してDLL用に纏めてくれているサイトがあるので、ネットですぐ読めますよ。タイトルでググれば検索結果一ページ目に入ってます。素朴(シンプル)な訳を無料で読む事ができるので、興味のある方は試し読みしてみると良いかもしれません。

8049
気のせいで、すむこと、すまいないこと。
いつも誠実に答えてくださりありがとうございます。
 般若心経を信じるのなら・・・・
例えば幼いころから母親にネグレクトという虐待を受け
教育の権利さえ与えられずに生き抜いてきた子供が
母からの命令に逆らえず祖父母を殺してしまい・・・
もう自分はどうでもいいと・・・母に「気持ち悪い」と言われながらも小学生くらいの年齢で、父親の違う妹を育て、その頃のことを永遠に続く闇のような日々だと述懐している十代の少年も、「何もない。」苦しみもすべては何もないのと同じと言えるのでしょうか?
 みつなさんにこの世界の責任があるわけではないですが・・そういう苦しみもないのと同じ・・・とその少年に言えるのでしょうか。
 殺してしまっても少年に救いはあるのでしょうか・・・ごめんなさい。
別に、教祖様でもなんでもないのに答えをもとめてしまって・・・。
 この世界の意味がわからなすぎて。

8050
こんにちは
まず覚醒に関してはそれを望むか望まないかで大きく分かれますよね。 
https://www.youtube.com/watch?v=hPoK3RegPuU&feature=youtu.be あたりを見ると覚醒なんてしなくていいやとか思う人もいるかもしれません。笑
個人的にはたいへん興味深く面白かったです。特に明晰夢についてや後半の一般の人からの質問コーナーは面白かったです。

8051
『人』の存在自体『空』。
この世界の出来事を『何もない』『経験なのだ』とは、当事者本人だけが、自分の出来事に対して語ることができるのだと思います。
そのために『受容』があるのではないかと私は思います。

なのはなSさんがコメントされた事件。我が子が同じくらいの年齢のため、この子の気持ちを思うと胸が締め付けられる思いがします。

この子の辛い気持ちから目をそらさないことしか出来ませんが、それが今の私に出来ることなのだと感じました。

8052
Clary Sage様

 こんにちは!

 面白いブログですね。きちっと理知的に説明されているところが、さすが心理カウンセラーという感じです。


 ちなみに大和田さんのほうは(本はまだ読んでなくて、動画で見たことしかないですけど)、人に説明するための理屈をまったく抜きに、自分のいる状態を素のままに語っている印象です。
 だから、聞くほうにとっては「それはすごいことだろうけど、だから何?」と思えてしまったりもするでしょう。

 きっとこれから、こういうタイプの人も、色々と出てくるのではないかと思います。

8053
666様

 こんにちは!

 このブログは、開設時からタイトルに掲げている通り、あくまでも「ノート」のつもりです。

 何か教えを説いたり、人を導くことが目的の場合だと、「レベルの違う何十人もの人に一気に返事をするなど無茶」というのは、本当にその通りに違いないです。

 ただ、僕自身が思ったことを綴った「ノート」をシェアするという目的では、それほど無茶なこともなく、ふつうに多くの人とやり取りできます。


 コメント欄の総件数は、現時点で8千件を超えていて、うち半分の4千件が僕自身が書いた返信です。
 もちろんその中には、食い違いも少なくないし、発展性のないやり取りもあるでしょう。
 でも、これだけの件数を重ねているうちに、少しずつ変わっていったように感じる人もいます。

 おそらくそれは、「あなた方は分かってなくて、私が言うことが正しい」といった立ち位置からでは、起こりにくい変化だと考えています。


 人は誰でも、真我なり守護の存在が導いているのだと思っています。
 その力に比べれば、ブログのコメント欄の影響力なんてとても小さいものでしょう。
 もしその人に「厳しさ」が必要な場合は、ガイドの存在がしかるべきタイミングで厳しさを与えるに違いないです。

 そうした中で、このブログはあくまでも僕自身の感じることを返信して、それが結果として一部の読み手とっての、ごくわずかな一助にでもなればと思っています。
 コメント欄でできることは、それで十分と思っています…。

8054
masahiroGN様

 こんにちは!

 ご丁寧に有難うございます。
 へーっ、探してみると、全文をWordファイルでダウンロードできるところもあるんですね。

 でもこのくらいの分量になると、パソコン画面よりもやっぱり本で読んだほうが良さそうです…。

8055
なのはなS様

 こんにちは!

 そうした解釈や疑問は、本当に多いと思います。

 でも、仏教などで「空」を説くのは、自我による欲望や執着、さらには自我意識そのものを取り去ることが目的といえます。

 一方で、世の人々の苦しみについては、むしろ「あわれみ」や「救い」を強調しています。
 「悲痛な出来事や非道も、空っぽの幻想で何の意味もないのだから…」といった教えは、まず聞いたことがないです。


 こうしたテーマは、本当に「両面」なのだと僕自身は思っています…。

 現実世界という観点では、悲痛きわまりない出来事があるし、到底容認できない非道が起こっている。
 それは決して見過ごせるものではないし、そうした問題との向き合い方が、場合によっては自身の「在り方」を決定づけたりもします。

 しかしそれでも――、「空」という究極の本質からすれば、あらゆるものはそれ自体、特定の意味を持たない。
 あるいは、起こることのすべては、根源の「愛」によって無条件に受容される…。


 私たちに大切なのは、その両面をふまえて――、すべては「空」と理解しつつも、同時に現実世界を自分なりに実感し、歩むべき道を選択していくことではないでしょか。


 このテーマは過去記事でもときどき触れていて(観点は少し違いますけど)、臨死体験者や退行催眠の被験者などが、そのような目に見えない世界の本質を垣間見るケースもあります。
 この場合は「意味がない」よりも「どんな悲惨なことにも意味がある」という見方なのですが、同じことを別の側面でとらえているのだと思います。

http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-167.html
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-385.html
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-422.html

 
 
 また、僕がときどき思うのは――
 「例えばこのような人の場合はどうなのか」といった仮定の話や、ニュースなどで見る悲惨な出来事については、いくら意味を考えても何の糸口もつかめない…。

 でも、自分自身がまさに「当事者として直面しているテーマ」については、どうすべきかのヒントが与えられたり、その意味がやがて分かってくるということがあるように感じます。

 これもこの次元の仕組みなのかな、とも感じています。

8056
タカヒロ様

 こんにちは!

 興味深い動画ですね。
 長さがあるので、あとで全部見てみます!

 僕は、「意識の目覚め」は、いわば「死」と同じような性質があると思っています。
 それは「起こるべきときに起こって来る」のであって、望んで起こせるものではない。そして、もしそれが起こるときには、決して避けることもできない…。

 だから、それを望むこと自体、あまり意味がないことなのかもしれません。
 そうであることを理解したうえで、「ならば自分はどう在るのか、どう生きるのか」というのが、大事なテーマなのかなと思っています。

8057
ぼん様

 こんにちは!

 出来事や存在を「意味のない空である」というのは、「当事者本人だけが、自分の出来事に対して語ることができる」というのは、まさにその通りだと思います。

 前のコメントにも書きましたが、仏教などでは、世の人々の苦しみについてはむしろ「あわれみ」や「救い」を説いています。


 この一見矛盾するような切り口を、ある意味で使い分けながらとらえることが、この世界では本当に大事なのだと思います。

 でも真実としては、何ひとつ矛盾はなく、どの見方も切り口も同じことなのでしょう。
 その理解はなかなか難しいですが、そう生きることは十分に可能といえます。

8058
興味満載
自分がコメントして広大さんの想いを読んで・・・
それで終了のブログでは無いですね

1つのテーマからたくさんの人たちの捉え方・想いが
心に沁み込んで 内で咀嚼され滋養になって行く
とても楽しく・愉快で・それでいて変に納得出来る部分もあって
一時も眼を離せないブログですね

8059
光奈さん、こんにちは

私は般若心経の写経をするのが日課でしたがここのところさぼり気味でした。
自分の波動を少しでも改善する為に、そしていつか写経でほんの少しでもいいから神通力を得ようなんて少し欲の深い話ですが多少なりともあります。
マントラはもう癖になってよく心の中で唱えるようになっています。あまり意味もわからず写経もしていたのでちょっと参考にさせて頂きます。
この心経には過去世からの因縁を一切消しさる効果が有るようで、まさにその通りかなという気もします。
過去世で夫婦だった?方との因縁は消え、そして今までの友人関係もきっとそういう事なのかなと思っています。
なかなか自分の思い通りに事が進まず焦ったりもしていますが、これも必要があってそうなっているような気がします。
時折ブログの方に訪問して下さってありがとうございます。

8060
ルーミー
ルーミーの言葉。
いつ聴いても 響きますね。
私たちは何処にもいないということは
あきらかでなく。 確かに生きているこの
生命は あきらかですね。そうさっぱりとします。
ありがとう。

8061
光子様

 こんにちは!
 素敵な評価をありがとうございます。

 コメント欄のほうが本題とは離れて、別の展開になっていくこともありますが、善しあしは別にそういうのもまぁ面白いですよね。

8062
葉子様

 こんにちは!

 写経を日課にされていたとは、すごいですね。2百数十字とはいえ、けっこう時間がかかると思います。

 写経は、あえて「意味を分からずにする」のが良いのか、あるいは「意味をとらえながらする」のが良いのか、僕自身は詳しくないのですけど…
 でも、1文字ずつ内容を感じながら書くと、日々新たに気付かされるものがあるのでは、とも思います。

 もし何らかの一助になれば幸いです!

8063
kuu様

 こんにちは!

 ルーミーの詩は、般若心経とかなり通じるものがありますよね。

 イスラム教の一派から、仏教の核心とほぼ同じメッセージが出てくることが、とても神秘的です。

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。





http://facebook.com/koudaimitsuna

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