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 僕は、色んなジャンルの本の中でも、スピリチュアルなファンタジー物語が特に好きです。

 過去にも何度か書いたことがあるけど、そのベスト3を挙げるならば――

『アルケミスト』(パウロ・コエーリョ)
『モモ』(ミヒャエル・エンデ)
『アミ 小さな宇宙人』(エンリケ・バリオス)

 ――という感じ。
 「私も同じ!」という人も、きっと多いでしょう。


 で、これらの本は、著者が「自分で物語を思い付いたわけではない」と明言している(あるいは示唆している)ところが、共通点ともいえる。

 まずパウロ・コエーリョは、『アルケミスト』を書いたときのことについて、「特別なゾーンに書いてあったものを、ただ書き写しただけ」と語っている。
 それは「創作」というよりも、「すでに完成しているものを、天からこちら側に下ろした」ような感覚だったそうだ。


 ミヒャエル・エンデも、『モモ』の物語のあとがきで、「白状すると、この物語は私が人から聞いたものを、そのまま書いたのだ」とはっきり記している。
 彼が1人で長い旅をしていたときのある晩、夜汽車でたまたま奇妙な旅行者と一緒になり、その人が夜通しこの話をしてくれたのだという。

 もちろん、あとがきにそんなミステリアスな物語性を加味しているところが、エンデらしいのだろうけれど…
 でもおそらくきっと、まるで誰かから話を聞くように物語のアイデアが浮かんできて、その状況を「夜汽車で奇妙な旅行者が語ってくれた」と表現しているのではないかなとも感じる。


 エンリケ・バリオスの『アミ』の物語では、主人公の少年が宇宙人のアミの円盤に乗り、進化した星での暮らしや、地球を救うための「愛」の大切さを伝えられる。
 そして少年はアミから、この体験を一冊の本に書くよう言われる。「子供向けの童話のように、おとぎ話のように書くんだ。そうでないと人はみな、きみを嘘つきか、頭がおかしいと思うからね」と――。

 そのためこの本は、実は著者の不思議な体験がもとになっているのではないか、という憶測も起こった。
 ただしバリオス自身はそれを寡黙な態度で否定し、「アミの物語の真髄は、UFOや宇宙人が実在するのかなどではない。魂で何を感じるかが重要なのだ」と言い切っている。

 とは言え、アミの表紙絵を描いている漫画家のさくらももこが、バリオスに「あなたはスピリチュアルなマスターなの?」と尋ねたとき――、「そう、僕の心はものすごくピュアな部分で話のできる神聖な存在だよ。大切にしてるんだ」と答えていて、見えないメッセージなどを受け取る感受性は、相当に鋭敏な人なのでしょう。


 そのような点で、これらの物語の創作には、スピリチュアル分野でいう「チャネリング」のようなものが働いていた、というふうに言えるかもしれません。


 こうしたことを実にきっぱりと明言している人もいて、アメリカの作家ジョイス・キャロル・オーツは、こんな言葉を語っている――

 「人々が作家としての私をちやほやするのは、さっぱり理解できない。
 私は単に、水を流して庭にまくホースのような存在に過ぎないのだ」


 しかし「ホース」というのは、謙遜を超えて、何だかすごいですよね…。
 「チャネラー」といった呼び方だと、その人特有の能力や存在性みたいなものを感じさせるけど――、ホースというのはまさに「ただの道具」である。
 しかも、中に空っぽの穴があいただけの道具である…。


 とらえ方にもよるだろうけれど、あらゆる物語や小説、絵画などの芸術作品、さらには科学的な発明・発見なども、すべては一種のチャネリングのようなものであるともいえる。

 そして、その画期的な創作物を世に送り出した作家も、芸術家も、科学者も――、その役割を突き詰めると「ホース」ということになる。

 さらに言えば、スピリチュアルのメッセンジャーにいたっては、なおさら「ホース」である…。


 もちろん、「アルケミスト」や「モモ」や「アミ」の物語を素晴らしく思うのと同様に、作家のコエーリョやエンデやバリオスのことを敬愛している。

 さらには天才的な画家や、ノーベル賞科学者などのことも、当然ながら心底からすごいなと感じる。
 そして、魂を鼓舞してくれる、スピリチュアルのメッセンジャーについても同じである。


 でも、やはり最終的には(とりわけスピリチュアルな領域においては)、「ホースはホース」という割り切り方が、けっこう大事になるのではないかなと考えています。

 この点は、また後述したいと思います…。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Liquid Mind「Zero Degrees Zero」。
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答えは目の前の、物語の外
コメント
8306
フォースは所詮フォース
でも、一度暗黒面に囚われれば二度と戻ることは出来ない。

だから、力はただの力と割り切る必要があるんでしょうね。
そうでなければ、いずれはそこに蓄えられ続けてきた何かに飲み込まれてしまう。
例えば、将棋であれば何故それが定石となったのか、
例えば、何故太陽の首飾りと呼ぶのか
その中に込められた屈辱、憎悪、絶望、願い、祈り、etc
それらはいずれ人格を持ち、自分を見たものを誘惑し始める。
そして自分の存在を認めたものを飲み込み新しい自分にする。

そして、飲み込まれた者達はこう思う。
どうか、自分で最後に。と。
そう思いながらもきっと突き進む。
何故なら彼らは知っているから
多くの絶望、苦悩の果てに一つの形が生まれたように
自分の苦悩もまたいずれどこかの誰かが形にすることが分かるから。
そして、自分もまた自分を生き地獄に引きずり込んだもの同様に誰かを引き込む存在へとなり果てる。
夢や憧れの亡者として。

そうならないためにも道具は道具でいいのでしょう。
でも俺個人としてはこの世界の誰もがフォースと友にあらんことを望みます。
たとえそれが絶望の道であったとしても

8307
野良猫様

 こんにちは!

 フォースと共にあるのはいいのですが…
 ホース(特定のチャネルなり人物)を、フォース(力)のように思って共にあろうとするのは、どこか違うだろうなと考えています。

8309
「あの作品は素晴らしい、あの人は素晴らしい」と考えるのはもちろんけっこうなことですが、それも一種の価値判断であり「あれは価値がある、それは価値がない」という選別・ジャッジの一側面ではないかと思います。

そうして取捨選択をしなければ人間は生きていけないので仕方ないのですが、自分のそのモノサシが唯一絶対だと思い込むと色々不便なことも起こるように思います。

「あの人も私もただのホース」というような考え方も2本目以降のモノサシとして持っていると便利だろうなと思いました。

8310
光奈さん、こんにちは。

11年前にも絵てがみ集を作りました。
その名は「絵てがみでつづる ライフクリエイト実践集」。
恩師が100冊も購入して生徒さんに販売してくださいました。
つい最近まで私への応援なのかと思っていましたが、
改めて読み直してみると、スピ的な内容でとてもよかったのです。

恩師が9月の米寿記念絵てがみ展で
「すべては自分がつくっている」と書いておられました。
恩師は、私への応援ではなく、絵てがみ集の言葉が良いと思って
100冊も購入してくださったのではないでしょうか。

購入してくださった方々にスピ的なものが伝わったかどうかは不明ですが、
私も細い細い細いホースとして何かをしたのかもしれません。
あの絵てがみ集を作る前には「神との対話」を読んでいます。

今回の絵てがみ集作りの過程で、上記のことに気が付きました。
インク代以上に、得るものがあったわけです(笑)。
今回購入してくださる方々も高齢者の方がほとんどです。
さてどんな反応があるでしょうか。今回もスピ的な言葉をちりばめています。

8311
こんにちは。
カリメン2号です。

何だか分かる気がします。
モノ作りの天才と言われる人たちは、壮絶な修練の果てに、何処からか創作の明確な意思が下りてくることがあるようです。
それは、人間の真理に近く、また共通する部分も多く存在するのではないでしょうか。

8312
こんにちわ^^
創作者は、それが文であれ、音であれ、造形であれ、同じ感覚を持ってると思いますよ。
何かと繋がる…或いは、何かと繋がった時、スルスルと出て来るものがある。
それを文や、音や、造形に翻訳しただけ…ものを書く時、そんな感覚が自分にも確かにあります^^

8314
ruri様

 こんにちは!

 そうなんですよね。モノサシは、現実生活で必要な側面も多々あるのは確かなのですが…、それに固執することで、自他とも困ってしまうような状況を招いたりするものです。

 「あの人もただのホース」という観点は、2本目のモノサシというより、モノサシそのものを手放していく道筋であると考えています。

8315
上記の中で購読したのはモモだけなんですが・・
はじめまして
創作を自分も楽しめて、その創作物を他人にも楽しんでもらえる。・・価値判断は、個人の好き嫌いに委ねることになるかなと思います。

必要か不必要かもありますが、より強いのは快・不快の瞬間の感覚が選択しているかと。悪でも正義でもなく。

天から意思がスルスル降りてくる感じは・・自分には無いのです。(^^)まだまだですね。

失礼しました。

8316
あおむし様

 こんにちは!

 僕は、そうした作品集などを、日ごろの交友関係のお付き合いで「買う」立場のことが多いですね。

 ほかにもコンサートや展覧会のチケットとか、セミナーの参加とか…。


 あとあと振り返ってみると、やはり何かしらの意味があって自分がそれを手にしたり、参加したのだなと思うことがよくあります。

 また、自分自身にはあまり意味がないようでも――、自分を含め多くの人に頒布したり集うことを通じて、必要な人がそれに出会うチャンスになったのだろうなと考えています。

8317
カリメン2号様

 こんにちは!

 人間国宝の陶芸家・濱田庄司は、高価な器の絵柄をほんの一瞬でササッと描き上げ、それを見ていた人が「先生、たった15秒くらいで済んじゃうんですか…」と思わず口にしたところ――

 濱田庄司は、「60年プラス15秒かかっている、と考えていただきたい」と答えたそうです。

 それくらいの修練があってこそ、自在な創作へのチャネルが開かれるのかもしれませんね。


 もっとも、そうした何十年もの修練を要しない「神童」のようなケースもありますけど。

8318
sado jo様

 こんにちは!

 確かに、表現の形態は異なっても、おおもとの波長は同じだったりもするでしょうね。

 たとえば古い禅僧の書や絵画とか、文字も絵も生活スタイルも同じ、という感じです。

8319
三日月工房様

 こんにちは!

 いつも何気なく目にしている服のしわとか陰影とか、いざそれを描こうとして見ると、ものすごく精妙な姿であることに気付いたりもります。

 天意というほどではないかもしれませんが…、そうした美しさをとらえる瞬間も、人生のとても素敵な瞬間ですね。

8320
光奈さん、こんにちは。

「60年プラス15秒かかっている、と考えていただきたい」いい言葉ですね。
最近絵てがみをいかにすばやく描くかを今後の目標にしたのですが、
目標にしなくても、真剣に描き続ければそうなるんですね。

私も縁ある人の書籍とか、商品とかをできるだけ買ってきました。
買っただけで終わったものも多数ありましたが、
その人たちとの縁こそが貴重だったのだと思えます。

昨日書き忘れましたが、光奈さんのブログは
私にとって「空 くう」に近づくための柔軟なホースです。

8322
あおむし様

 こんにちは!

 私たちはこれまでに600回くらい転生しているとも言われます。

 十数秒の間に直感的に何かをしたり、考えたりするのも、「600回の生プラス15秒」の基盤があってこそなのでしょうね。

8324
書きたいことを書く。研究したいことを研究する。それが素晴らしいか、どうなのかは人が決めること。賞をとりたいとかを考えているといい結果はでませんね。

8325
丹後のきんちゃん様

 こんにちは!

 評価や栄誉への願望はその人の「思考」であり、一方で「創造」や「発見」というのは、きっと思考とはまったく別次元のところからやって来るものなのでしょう。

8326
いつも丁寧にコメントしていただいてありがとうございます。ちょっと気になったことなのですが、この最初のホースから水が出ている写真は、まさにこのタイトルに相応しい写真なのですが、これはご自身で作成されたもんですか。水の出る瞬間写真があまりにも見事に撮られているので、感心してしまいました。そんなところが気になったので。つまらない質問で申し訳ありません。

8327
丹後のきんちゃん様

 こんにちは!

 この写真は、ネット上にあった画像を多少加工したものです。
 オリンピックのマークで問題になったあのデザイナーと、同じようなやり方なのですが…

8328
モウロウに感謝
光奈さん、こんにちは。

お金が絡むと、余計な思考が始まります。
お金や評価を気にせずに、創作したり遊んだり。
絵てがみ集作成を機に、さらなる自由へ少し進めたような気がします。
最近の私は、エゴが顔を出そうとしても何かが引っ込めてくれてます。
何かが何であるかはわかりません。何なのでしょうか。

昨日からパズル作成の仕事を優先しています。
脳も働いているのでしょうが、20年(パズル作成歴)+アルファが
スイスイと作らせてくれているような感じです。
おおげさに言えば、天から降りてくる感じなんですよ。

とはいえ、朦朧とした中でリストチェックをしていたせいで修正へ。
そんなことは、よくあることです。
でも、ミスを修正しているうちに前より良いパズルになっていくんです。
そのためのミスだったのかと思うと、朦朧に感謝ですね。

さて、今月はミスが発覚するでしょうか。

8330
あおむし様

 こんにちは!

 根を詰めて集中した後に、気を緩めて開放するのもいいのでしょうね。

 アルキメデスも、そうして風呂に浸かっているときに、原理を思い付いたわけですから。

8332
スピ的ファンタジー♪
こんにちは♪
スピリチュアル的ファンタジー、いいですよね。
背伸びすることなく、心素直に考えることができます^^
「サラとソロモン」も素敵な本ですので
気が向きましたらぜひ御覧くださいませ*^ー^*

8335
Sato様

 こんにちは!

 「サラとソロモン」も、とても魅力ある本ですよね!
 きちんと説明されている分かりやすさは、この作品の利点でしょう。

 一方で、分かり得ないような不思議さも、個人的な好みでもあります。

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。





http://facebook.com/koudaimitsuna

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