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 優れた作品を世に送り出す芸術家、革新的な発明・発見をする科学者たちは、いわゆる「チャネラー」のような存在だろう――、という話を前回記事でしました。

 そうした観点から、ある有名作家は、「私は単に、水を流して庭にまくためのホースのような存在に過ぎない」というふうに語っている。


 それと同様にと言うか、なおさらと言うか――、スピリチュアルのメッセンジャーに至っては、まさしくそのような「ホース」と呼べる存在だろう。
 そしてときに、そうした人や教えに対して、「ホースはホース」という割り切り方が、けっこう大事になることがあるのではないかなとよく思う。


 「ラブレターを届ける郵便配達人に、キスをしてはいけない」――
 これは、インドの神秘家OSHOの言葉だ。

 本当に大事なのは、言うまでもなくラブレターであり、送り手とのハートの結び付きそのものである。
 にもかかわらず、手紙を届けに来た郵便局の人にキスしたくなるのは…、(それくらいの気持ちの高ぶりも分からなくはないけど)やはり見当違いといえる。


 でもスピリチュアルのメッセージの場合、その内容が特別に大切なものだけに――、それを届ける「郵便配達人」のことも、「特別に大切な存在」として思うことが通常である。

 もちろん、そうしたメッセンジャーが敬愛すべき人物であることは多いし、魂を鼓舞するメッセージを語れること自体、進んだ精神性の持ち主とも言える。
 その人に長く深く寄り添うことによって、自分が求めるメッセージの真髄に近づいていく、というプロセスも当然あり得るだろう。


 ただ一方で、ずっと特定の人物なり教えに傾倒し続けることによるマイナス面というのも、やはり場合によって少なからずある。

 そのひとつが――、その人の言葉やガイダンスだけを特別視するフィルター(同時に、他の矛盾する考え方を除外しようとするフィルター)を、自らの内に養ってしまうことだろう…。


 何年も前だけど、トヨタの高級車「セルシオ」の広告コピーに「セルシオか、それ以外か」というのがあって、実にうまい言い方だなと思ったことがある。

 選ばれるべき特別な車。それが「セルシオ」であり、その誇るべき品質からすれば、メルセデス・ベンツも、BMWも、ジャガーも、全部「それ以外」というくくりになる、というわけだ――。

 もちろんこれはトヨタの「売り文句」であって、普通そこまで思い入れのある一般ユーザーはそういないはずだ。


 ところが、ことスピリチュアルの分野となると…
 たとえば、「OSHOか、それ以外か」(これはあくまでも例としての当てはめですよ、たとえばの)、といったような特別な位置づけが、かなりよくあると言える。

 その対象が特定の人物のこともあるし、もちろん宗派などのグループであることもあるし、さらに目に見えない精霊や宇宙人という場合だってある。

 でも、どれほど素晴らしいメッセージが内包されていていようとも、やはりそれを届けるのは「郵便配達人」であり、あくまでも「ホース」なのだと思う。

 本当に大切なのは、自分は何を受け取るか、それを通じて何に気づくかであって――、どのホースを特別に信奉するかでは当然ないはずだろう。


 誰にとっても普遍的なスピリチュアルなホース(教えや言葉)というのは、きっと存在しない。

 たとえば、イエスの教えとは何のかかわりもなく生きながら、「愛」の本質について気づく人だってもちろんいる。

 また目に見えない精霊や宇宙人や神だって、それ自体がメッセージの本源・本質というわけではなくて、それもまた「仲介する存在」に過ぎないと思う。

 ある人には有効で崇高な教えであっても、別の人にとってはそれほど必要がないもの、というケースだっていくらでもある。
 その教えだけが「あらゆる人にとっての唯一の道」ということは、決してあり得ないのだから。


 でも、そのような可能性をあまり踏まえる気もなく、「こちらこそが選ばれるべき正しい考え」「これこそが付いて行くべき人や教え」という信念を強調したくなったら――、
 そういうときこそ、「ホースはホース」という見方が大事なのだろうと思います。

 特定の人や教えを迷いなく信じたからこそ、大切な真実を見いだせることもあるし、プロセスとしてそのような一時期が必要な場合もあるだろう。
 ただ一方で、そうした固執が、自らの可能性を制約してしまうことだってある…。これが、「傾倒」がもたらす最大のマイナス面といえる。

 そのマイナスを避けるためには、あるホースだけを特別視するのではなく――、色んなスピリチュアルのホースからのメッセージを自分なりに「編集する能力」というのは、やはりどこかで必要だろうなと思う。


 そこで本当に頼るべきは、自分の「直感」と「出会い」なのでしょう。
 それはきっと、私たちに「与えられているもの」だと思います。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Kamal「The Quiet Earth」。
  ☞ コメント:21

 
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コメント
8329
こんにちは♪
本当に頼るべきは、自分の「直感」と「出会い」

はい、私もそう思っています。
ときどき、ぶれますが、やっぱり時間がたつと
これでよかったのだと思います。
私は、直観で動いてますし、いまごろ
いい出会いを感じています。

8331
森須もりん様

 こんにちは!

 直感も出会いも、まさに「起こってくること」と言えます。
 そのようにして、きっと最善のことが起こっていくのでしょう。

8333
生きている人間でも性格の良し悪しがある様に、亡くなったからといって、すぐに悟れる人ばかりではないです。

だからホースの様な体質(霊媒)の人が、受けているインスピレーションの元が非常に重要だと思います。

例えば、コックリさんの最中は、結局は何かと繋がっていますが、でもしない方が良いのはその相手が好ましいタイプではないからです。

だから霊媒体質の人が言う事を簡単に、真実と受け取るのは危険だと思います。

亡くなってから、急に目が覚めた様に悟るというのはそんなに多くないと思います。

やはり悲しんでいる、ずっと生前と同じ生活を疑問を持たず送っている人、行く所が理解出来てない、そういう人は結構見ます。

8334
確かにスピリチュアルな世界には傾倒という注意すべき言葉が存在するなあと思いました。郵便配達人とは郵便配達人ですよね。その例えがわかりやすかったです。光奈さんの冷静に判断する第三者をその後から判断される第三者みたいな人だなあって感じました。直感ですが。

8336
匿名様

 コメントを有難うございます!

 チャネリングで語る精霊や宇宙人なども、個性のようなものがあるし、考え方もそれぞれであることが分かります。

 そしてどうやら、視野の広さとか理解のレベルなどにも違いがあるようだし、説明のうまい下手はかなりありますよね。


 自分が一歩進んだ立場だと思って色々とお節介を言ってくるタイプの人が世の中にはいますけど…、見えない存在にもそいういうのがあるのかもしれないです。

8337
丹後のきんちゃん様

 こんにちは!

 こういうことは、何重にも繰り返して認識したり、自戒することが大事だなと感じています。

 「郵便配達人にキスをしてはいけない!」と強調していている当のOSHOにキスする人も、存在しうるわけですしね…。

8338
さすが!…です
『ホースとともにあらんことを』の続き……。
結びの記事を楽しみに真っていました。

おっしゃる通りで、すごく感心しました。
文章の理論建て、構成、内容と、その表現ともに、
これ以上ない説得力に、さすが!と感じました。

羨ましいと感じるほどの才能ですね。
いつか、広大さんの書いた本を読みたいで~す!

8339
エネルギー(氣)
以前「氣が出る人と 気を出せる人は違うんだよ」って聞いたことがあるのです

ホースはとても解りやすい表現ですね

とってもエネルギー(気)の強い人がいますよね

知人に ハンガーが飛んだり 電気製品がすぐ壊れたり(壊してるかしら?)する人がいます 確かにエネルギーは強いのですがなんとなくしっくりきません 
天気も雨が降ってても 晴れるって言ってました

以前蓄電のコードリーダーを使用して検針をしていたことがあるのですが
ある時から 異様に蓄電の電池が無くなるのです
それで もしかして 自分が吸い取っているのではと思いました
一時はコンセントに手を翳したくなる衝動に突き動かされていましたよ
あの時期は 電気の消費が多量だったのかもですね(笑)

でもわたしは 物が飛んだり壊れたりは無いのですよ^;^
洗濯機は27年 掃除機は15年…物持ちはとても良いです

自分(我)で出しているエネルギーと
上から降りてくるエネルギーとはおのずと違う

エネルギー(氣)が出ている(降りてきている)人のそれは
トゲが無く 疲れず 柔らかく 暖かい・・・

まさに躰はホースのような役目をはたしているのですね

まかせきる・・・ことですかね(^;^)!

この世界に浸る 喜びは 誰かの足跡を間違わず踏んで
ついて行くことではなく
風のように空間に漂っている 真言を拾い集め
咀嚼し 飲み込んで 我が足で歩くことになのかも・・・

と・・・最近想いますよ

8340
おっしゃる通り。
宗教も「ホース」ですよね間違いなく。
でも理解してない人が多いです。
自分一応クリスチャンですが、教会ではまさに、「イエスかそれ以外」です。
いや~自分、正月には初詣行くので、デイバッグに神社のお守り(リラックマ柄の)とか平気で付けたまま、教会の礼拝に行く奴なのでかなり顰蹙買ってると思われ、滅多に教会行きません。
でもカミサマの存在はいつも感じてますので、それでいいと思ってます。
(入院中牧師さんがお祈りに来てくれた時も、ベッドの脇に神社のお守りぶら下がってた…)
最近修道院に入った、仲のいい信徒仲間は、いつも「気にすることない、あなたのやり方でいいと思うよ」と言ってくれてました。
本当に信心深い方ほど、寛容なような気がします。
(自分のバアイ寛容レベルでなく無節操ってコトは、よ~く分かってますよカミサマ!(^^ゞ)

8341
光奈さん、こんにちは。

先日の伯母のお葬式は某宗教のやり方でした。
ほとんどの方がずっと唱えていました。伯母は喜んで見送られたのかしら。
私は、声を出すのは健康にいいかもと思ってしまいました。
式の間、悲しさ淋しさがなく、涙も出ませんでした。
母は泣いていました。音信不通だったとはいえ、姉妹ですもんね。

今年、知人が合同結婚式でパートナーを決めたことを知りました。
教祖様を今でも信じているようで、教祖様の本が送られてきました。
知人が10年以上その事実を隠してきた。それが気になりました。
結婚当時にその事実を知ったら、私は態度を変えたのでしょうか。

今日は地域の運動会。パン食い競争に身体障害者の方が参加。
ビリでしたが、バンザイしながらゴール。輝くような笑顔が素敵でした。
その姿を見ていたら涙があふれてしまいました。
そんな「出会い」に感謝。今日は本当にいい天気です。

8342
風子様

 こんにちは!
 評価くださって、うれしく思います。

 ただこうした「傾倒」についての話は、そうなりそうもない人には「その通り」と同感してもらえるのですが…、すでに何かに強く固執している人は「自分の場合は違う」と考えがちです。

 こう言うと身も蓋もないのですが、結局は「実効性のない話題」なのかもしれません…。

8343
光子様

 こんにちは!

 僕も何年か前に、家の中の電気製品がほぼ同時に次々に壊れていったことがありますね。
 テレビは突然映らなくなり、冷蔵庫も止まって中のものは全滅…。小さいものでは、電気スタンドや、子供の鉛筆けずりまで。

 たまたま、買い替えの補助が出る「家電エコポイント制度」が始まった時期だったので助かりましたが、全部で何十万円もの出費になりました…。

8344
星乃裕華様

 こんにちは!

 僕も、中学から大学までキリスト教系の一貫校にいて、毎日礼拝に出ていました。
 学校の創立者はもちろんクリスチャンですが、旅先で地元の人たちと一緒に「ほこら」で手を合わせるような、柔軟な考えの持ち主でした。


 最近読んだ本の中にこんな一文があって、なかなかいいなと思います――

 「神の真理を知る人にとって、その宗教の信者か信者でないかというのは重要なことではなく、そんなことで差別などしない。
 その人が『神を信じる心』を持っていれば、そこに敬意を払う」

8345
あおむし様

 こんにちは!

 どうかねぇ…と感じるような宗教組織やスピリチュアル・メッセージもありますが、そうしたものに関わりを持つ人たちの内にも、純粋な魂からの「直感」と「出会い」の力は働いているはずです。

 その力を信じることが大事なのかな、というふうに思いますね…。

8346
私はこれまでメンターや師というのは持った事がなかったし
これからも持つ事は恐らくないでしょう。
ただ、師と仰ぐ人がいるというのはいいな・・・という気持ちもちょっとあります。それだけ信頼出来ると思える人物がいるっていいな、という気持ちかな。
でも、実際にメンターや師を持っている人を見ると、「あー・・・やっぱり、これはあんまり私の望む在り方じゃないな・・」と思うので、まあ、結局は無縁でしょうね。

チャネラーもそうですが、ベティ・シャインやハリー・エドワーズといった本物のスピリチュアル・ヒーラーは「自分で治して」はいないんですよね。まさに導管としてヒーリングエネルギーが流れている。

ベティ・シャインの著書に書いてあって、私も同意している事があります。それは「本物のスピリチュアル・ヒーラーには、自分がなろうと思ってなれるものではない」という事です。
「ヒーラーになりたい」と思い、実際になっている人たちも世界中に非常に多くいて、それはそれで素晴らしい事だと思います。
ただ、本当に力のあるスピリチュアル・ヒーラーというのは(人格レベルの)自分が望んでなれるものではないと私は思っています。(確か、「バシャール」のチャネラーであるダリル・アンカも「公開チャネリング」について同じ事を言っていた記憶があります。チャネリングは望めば誰でも出来るけれど、公開チャネリングは違うのだと)

「運命」というとあれですが、本物のスピリチュアル・ヒーラーや公開チャネラーになるというのは、生まれる前に魂が決めていると思っています。
何でもそうかもしれませんが、これらは特にその要素を強く感じます。
だから、(人格レベルの)本人がヒーラーになる事に全く興味が無くても、なる時には必ずなるでしょう。

記事の趣旨からはちょっとずれてしまいますが、良い導管に成るというのはある意味一番高度な事かもしれません。


因みに、「師がいる」在り方があまり好みじゃない理由は、尊敬するメンターがいるとどうしても「師はその辺の人たちより遥かに優れている」「特別な存在だ」という意識になりがちだからだと思います。
「その辺の人たち」も神なんだけど・・・価値の上下は無いと思うけど・・・・と思ってしまいます。
「師」がイエス・キリストのような超有名人であれ、知る人ぞ知る無名の人物であれ、誰かを特別視する事には違和感がありますね。





8347
実効性のない話題?
 私は学生時代、東北大学で化学を学ぶと同時に⇒学生運動⇒創価学会⇒大学院⇒民間の化学研究所⇒真光⇒国常さんの神示⇒日月神示、神智学、シルバー・バーチ、ヴィセント・ギリエム、アミ、オレンジャーetcという軌跡を辿っています。
スピリチュアリズムについて言えば、なわ・ふみひと氏のHPにある何百冊という本のダイジェストに殆んど目を通しています。(因みにアミの本はお伽話などではなく、第一級のスピ系真理の書です。ここのコメント欄では誰も触れていませんが)
こういうものを自分の場合は、何故か1箇所に留まることがなく次々とクリアして自分の知識・経験として来ました。

 もし、その何処かの段階で、自分より霊格が上の人から誤りを指摘されたとしてもおそらく、その時点では理解出来なかっただろうと思います。
時が経てば、分る人は自分で分るし、分らない人は一生分りません。霊的な進化とはそのようなものです。(個人差がある)
何にも傾倒することのない人は結局、本当には何も学ばない人でしょう。観客とプレーヤーは違います。
私は現在、霊学に学びたいと思うものが無くなって、現実の世の中の動きの方に関心が移っています。
この分野ではよくある「陰謀論」の罠に嵌ることもなく、自分の直感を頼りにどれだけ真実を見抜けるかというトレーニングみたいなものです。
シルバー・バーチも日月神示も宇宙人アミ、オレンジャーも机上の空論ではなく現実に自分がどうするかという実践論です。

 私がもっと若ければ、「ベーシック・インカム党」の結成を呼び掛けていたでしょう。全ての国民に、現行の生活保護を生れた時から死ぬまで切れ目なしに続けるようなものです。貧しくても自分の好きなことをしたい人はそうすれば良いし、もっとお金が欲しい人は努力して稼げば良い。何があっても最低限の生活は国家が保障する。そういう夢のような国を地上に実現するために、今現在戦わなければならない課題は我国の安全保障の問題です。国が滅んでは全てが砂上の楼閣と化します。
 日本は平和憲法の有無に係らず、国連の「敵国条項」によって戦争が出来ない唯一の国です。にも拘らず、戦後70年間、平和でいられたのは日米安保条約とアメリカの圧倒的な軍事力によるものでした。
今、中国の台頭とアメリカの衰退によって、その環境が激変しつつあるのです。
最近、私は安倍内閣が指向しているものが、環太平洋版NATO(集団的安全保障+経済ブロック)であることに気が付きました。
これがおそらく、日本が生延びる最良の道だろうと思っています。


8348
光奈さん、こんばんは。

昨日の運動会の最後の種目、玉入れに参加しました。
これまで1度もカゴに玉を入れたことがない(?)私でしたが、
昨日は『入る』と信じ切り、5個以上入れることができました。
我が地区が新記録を樹立、見事優勝しました。
みんな真剣に取り組んでいて、気持ちよかったです。

さて、素晴らしい師は素晴らしい師を育て上げる方ですよね。
立場による優劣はまったくなく、誰もが素晴らしい存在であり、
誰もが師(神)であるということを気付かせてくれる存在。
教祖しかり、ヒーラーしかり、チャネラーしかり、ホースしかり。
本物は、「私のことだけ信じなさい」とは言わないと思います。

8349
蛇足
 「ホースはホース」に異論はありません。(我があると邪魔になる)
例えば、スピリチュアル・メッセージは中味だけが問題で誰が伝えたかは副次的な要素に過ぎず、基本的には相互矛盾しません。もし、そうでなければおかしいと思った方が良いです。
レイキヒーラーも宇宙エネルギーのホースです。
注意すべきことは、教祖はホースで尊敬すべき人物も多いですが、「宗教団体」は世俗的な人間が拵えたもので「ホース」とは全くの別物だということです。

8350
Clary Sage様

 こんにちは!

 多数の人たちのためにチャネリングやヒーリングを行うというのは、とても特殊な能力なのでしょうね。

 ただ誰でも、自分自身への見えないガイダンスは(たとえ無自覚であっても)受けているに違いないです。
 それを信頼することが、外的な特殊なパワーに頼る以上に、大事なのだろうなと思っています。

8351
666様

 こんにちは!

 色々と濃密な遍歴をお持ちなのですね。人それぞれに、本当にユニークな道筋があるのだと感じます。

 いずれも道の最後の最後には、これまでに傾倒した教えも、得たものや分かったことも、それを行ってきた「自分自身そのもの」までも、ぜんぶ消し去られなくてはならないのでしょう…。

8352
あおむし様

 こんにちは!

 まさしく、私たち自身が神である、ということなのでしょう。


 神がモーセに授けた「十戒」の1行目には、「『私』のほかに神があってはならない」と記されていますが――、
 これは「あなたがた一人ひとりの『私自身』こそが、神なのですよ。そのほかのものを、神として崇めても無意味ですよ」といった受け取り方もできるでしょう。
 ユダヤ教やキリスト教からは、とんでもない曲解と言われそうですけど…。

 でも、その神自身が、モーセをはじめとする民を導くときに、「私は『私は在る』という者だ(I AM THAT I AM)」と語ったわけですから――、あながち見当はずれな考え方ではないのではないか、とも思います。

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

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