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 スピリチュアル関連の本を読んで「これは素敵だな!」と感じた言葉を、僕はなるべくパソコンに書き留めておくようにしています。

 そして、その中で短い一文のものを、ツイッターで紹介しています。(このブログをパソコン画面で見ると、右側のずっと下のほうに出ている)

 以前に、それらの言葉のうち「お気に入り登録」や「リツイート」の多かったものを、ランキングの形にまとめてブログ記事にしたこともあった。


 で、先日、これまでに紹介した言葉をざっと眺めてみたら――、「幸せ」や「喜び」に関するものが、やはりけっこう多いなと感じた。
 その一文一文を見ていると――、「こうした言葉をかみしめながら、内に根付かせていくことが大切だな…」と、あらためて気付かされる思いがする。

 というわけで今回は、過去にツイッターに載せた言葉の中から、「幸せ」や「喜び」に関するものをピックアップして、まとめて紹介してみますね。


 著名なインドの覚者ラマナ・マハルシは、「喜びは、真我の本性そのものである」と説く。
 また、神話研究の第一人者として知られるアメリカの文学者ジョーゼフ・キャンベルは、世界の神話に共通して描かれている冒険物語が私たち自身の「魂の旅」を表しているのだとして、その歩みにおいて「あなたの至福に従いなさい!」と強調する。

 つまり、幸せや喜びというのは、私たち自身の本質であり、生の目的へと向かわせていくための感覚ともいえるわけだ。


 ところが多くの人は、幸せを心底から切望しながらも、知らず知らずのうちに、幸せ以外のあり方を選んでしまっている…。
 他人と比較して、自分の不足部分ばかりを問題視したり、周りからの目を気にして、みじめな気持ちを味わったり。

 スピリチュアルの本を読んでいると、そうした私たちに根ざす「無意識の習慣」について指摘する言葉にもよく出会うけど、それはけっこう耳が痛いですよね…。

 「幸福」は人間の自然な状態だ。しかし多くの人は、不幸な状態に安住するように訓練されてしまっている。
 不幸への最短経路は、ものごとを比較することにある。財産や地位や才能がいくらあっても、比較すれば誰かより劣ったところがあるものだ。
 幸福は、誰と比較することもなく、今のありのままで「これでよし」と感じるところからやってくる。(エリザベス・K・ロス)


 幸せへの最大の障害は、「周りが自分をみじめにする」という思い込みだ。人をみじめにするのは、周りの世界に対する自身の反応である。
 多くの人は「自分に足りない何かを見つけなくてはならない」と考えている。そうして何度も転生して、秘密の鍵を探し続けることになる。
(バーソロミュー)


 ふつう私たちは、幸せというのは、「しかるべき状況なり理由が整ったときに感じられるもの」というふう考えている。
 しかし本当は、幸せとは自ら選び取るものであり、そもそも条件などいらないのだ、ということを伝えるメッセージも多い――

 人生の根本的な選択はたった一つしかない。「幸せになりたいか、それとも、なりたくないか」――。いったんその選択をすると、道が鮮明になる。
 だが大抵の人は、そうした選択をしない。そのような選択を、自分ができると思っていないからだ。(マイケル・A・シンガー)


 いまの瞬間、そのままでハッピーになれる。もしいまハッピーになれないとすれば、あなたは永久にハッピーになれない。
 幸せは未来とは何の関係もない。幸せは「明日」のことなど知らない。なぜなら幸せというのは、他の何にも依存しないからだ。それはひとつの態度である。(OSHO)


 他人がどう思おうと、気にすることはない。あなたの周りで動く宇宙は、そのままにしておけばいい。
 それよりも、自分でも驚くような自分になる喜びを見つけよう!
(パウロ・コエーリョ)


 とは言え、何も変わらない状況の中で幸せを感じるというのは、なかなか簡単なことではないですよね…。

 そのためのポイントとしてよく強調されるのは、「いま」の一瞬を感じながら生きること、その幸せを見いだすということ。
 特別なパワーとか技法ではなく、本当にそれこそが、新しいあり方への鍵なのでしょう――

 私たちの努力目標とは、「この一瞬を味わい尽くす」ことにある。この一瞬の中に、幸福と愛につながるすべての可能性がある。
 「未来はこうあるべきだ」という期待の中に、その可能性を埋没させてはならない。(デーヴィド・ケスラー)


 ほんの一瞬のうちに、幸福を思い描いて喜びを感じることができる。みじめな人間を演じて自己憐憫を感じるのも、一瞬しかかからない。
 それを誰がやっているのだろう。あなただ。周囲では何も変わっていないのに、あなたはすべてが変わったのだ。(ラムサ)


 瞬間瞬間が何をもたらすように思えても、その瞬間に喜びを見いだしなさい。喜び、それこそが本当のあなたであり、いつまでもそうなのだから。
 神は、不完全なものは創造できない。ただ完璧さだけを見て、人が不完全だというものに、不完全な形で触れないように。(ニール・D・ウォルシュ)


 そして幸せや喜びというのは、自分を満たすだけでなく――、具体的な行為となって他者に働きかけたり、さらには、内なる幸せに即した世界を周りに投影するのだという。

 幸せとは、単なる「個人的な感覚」にとどまらず、周りに与えるもの、外へと現される性質のものなのだ――

 幸せになるために何かをするのではない。幸せだから、何かをする。共感するために何かをするのではなく、共感しているから、優しい行動をとる。
 高い意識を持つ人は、魂の決定が先で、その後に行動がくる。無意識な人は、行動を通じて、魂のある段階を生み出そうとする。(ニール・D・ウォルシュ)


 もし私が幸せなら、宇宙も幸せです。私が自分を愛していれば、他の皆も私を愛するでしょう。私が平和なら、すべての創造物が平和なのです。(アニータ・ムアジャーニ)


 まずは、身近な人たちにの幸せや喜びを、少しでも呼び起こせる存在であること――、
 それが、自分を含めた全体の幸せや進化に向かっていく、小さいながらもとても重要なきっかけになるのでしょう。

 自分の心の中に喜びがないように思えるときにも、喜びはある。ただし喜びは、外に出さなければ感じられない。
 そのためには、他者が喜びを感じるのを助けてやればいい。他者にある喜びを引き出せば、自分の中にある喜びを外に出すことができる。(ニール・D・ウォルシュ)


 進化レベルの高い人は、楽しくて面白い傾向があるのではないだろうか。人生、時間、進化、永遠などに対して卓越した考えを持つ人は、この世界の一時的なことがらを必要以上に深刻にとらえないし、冗談もよく言うものだ。
(エンリケ・バリオス)


 最後の、「アミ 小さな宇宙人」の作者であるバリオスの言葉は、けっこう好きですね。

 明るく、楽しく、面白い人でありましょう! と言うと、あまりに世の中的に当たり前すぎて、真剣な魂の道になじまないように思えるかもしれないけど――、
 でもそんな楽しい気分が、マハリシが「喜びは、真我の本性そのものである」と語って示すところへ、大きな道としてつながるのだろうと思います。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Adiemus「Rain Dance」。
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コメント
8492
私の『幸せ』と『喜び』
このテーマ……、
錚々たる哲学者や、知識人たちの名言として読むと、
『そうあらねばならない教科書』のように感じますが。
私の方法は、下記のような軽~い日常です。

・新しい朝が来た。
・目も見えてるし、心臓も動いてる。
・食べ物と、仕事もある。
・真央ちゃん、完全復活のビデオ見れる。
・色づく紅葉のグラディション……。
 この自然の微妙な色彩を、宮崎駿ほど感じている
 漫画家はいないかも。
・さあ、家事援助のバイト行こう。
 四肢麻痺の旦那さん、今日のご機嫌はどんなだろう。

などなどに関して、
このような平凡で、あたりまえの日々を、
存分に楽しんでやるぞお!(((o(^。^")o)))
肉体の五感と、精神を最大限に活躍させるもんねぇ。

この瞬間、この瞬間と一歩を踏み出し、
後ろを振り返って『過去はない』と笑い、
今から行くはずの100m先のポイントを想定して、
『未来もない……確かに』と笑う。

ふと立ち止まり、
肉体の手足の巧妙な造りに、今更ながら感動する。

古いですが……。
泣いても一生、笑っても一生。
こんな感じで『幸せ』と『喜び』を
感じられるようになりました。

ただ単に歳かも……( ´,_ゝ`)プッ



8493
名前入れるの忘れました。
恥かしい、風子です…。

8494
純粋な質問です...。
高い意識を持つ人は、魂の決定が先で、その後に行動がくる。無意識な人は、行動を通じて、魂のある段階を生み出そうとする。(ニール・D・ウォルシュ)
この言葉がとても印象に残りました。ブログを読ませてもらって理解できないこともたくさんあるわたしですので、レベルの低い質問ですが、お許しくださいね。
結局、意識の高い人と無意識な人、どちらもたどる道筋は違うけれど最終的には幸せになれる、幸せの領域に入れる...ということなのでしょうか。それとも、意識の高い人ほど自分の意識をコントロールできるわけだから、幸せを感じられる確率が高くなる、だから意識を高くもてるよう努力しなさい...ということなのでしょうか。
本当にレベルの低い質問ですみません。

8495
こんにちは
大半の方が比較されるという経験とは無縁ではいられないですよね。

それを手放すと本当に奇跡が起こると思います。

私自身ひとつひとつ『良かった』と感じられ、何か起きても『こう来たか(*_*)』と向き合えるようになりました。それを『あぁ幸せだな。。』と感じます。

それには『絶望』と思える出来事やそれを自分で感じる。というような経緯が必要なのかな。。と思うのですが、どうなのでしょうか。


ブログに訪問してくださいましてありがとうございます。ヒーリングアートのブログです。



8497
風子様

 こんにちは!

 本当に素敵な日々の生き方ですね。
 平凡で当たり前の日常を、いつも新しく嬉しく感じられることほど、素晴らしい人生はないと思います。

 実際はすべてが真新しいはずなんです。
 そのことを見いだすのは、哲学的な洞察力ではなく、まさにシンプルな軽やかさなのでしょう。

8498
nagarerukomo様

 こんにちは!
 質問を有難うございます。

 この一文のポイントは、「意識の高さ低さ」の違いよりも、「魂の決定(内的なあり方)が先か、それとも行動のほうが先なのか」なのでしょう。
 これに近いウォルシュの言葉で、次のようなものがあります――

 「あなたが最初に『幸福』であれば、幸福だから何かをすることになる。幸福になりたいから何かをするという、古いパラダイムとは逆だ。
 あなたが最初に『愛』であれば、愛だから何かをするのであって、愛を得たいから何かをするのではない」


 要は――、
 「幸せ」になるのための条件付けをせずに、最初に自分自身の内的なあり方として、まず無条件に「幸せな人」であることを決めなさい。そして、その幸せにもとづいて、周りに行動しなさい。いわばそれが、「高い意識を持つ人」のやり方なのですよ――

 一方で、幸せになるための「条件付け」をして、その条件を満たすよう行動・努力し、それによって幸せな心の状態を生み出そうとするのが、いわば「無意識なやり方」ですよ――
 …ということなのだと思います。


 「神との対話」の本の中では、以下のようにきっぱり言い切っています。

 「あなたが喜びと愛と平和を選ぶなら、行動を通じてでは獲得できないだろう」

8499
ぼん様

 コメントを有難うございます!

 「比較」を手放すのは、本当に難しいですよね…。
 そのように生きるように子供のころから教育されていますし、社会全体の意識や仕組みも、それにもとづいて形成されていますし…。


 「絶望」は、意識の大変革を起こす、いわば最も効率的な機会でしょう。
 よく、倒産・闘病・投獄の「3トウ」なんて言い方もされます。

 ただ、私たちの意識が少しずつ進化し、新し時代を迎えていく中で、必ずしも苦しみや絶望が必要でなくなってきたと感じています。
 最後に紹介したエンリケ・バリオスは、次のようにも言っています――

 「人類は、苦しみから得る教訓こそ、神への道だと思い込んできた。だが、新しい時代への夜明けに、人々は新しい教訓を知る――。喜びこそが、神の道であると」


 また過去に、「絶望のプロセスがいるかどうか」について、こんなブログ記事を書いたこともあります。
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-269.html

8500
あるセミナーで
先日とあるセミナーで教わったのが『見つめる』大切さでした。テーブルの上にあるノートやカップなど何でもいいので『見つめる』その物について考えても考えなくてもいい。それをやってみたところすごく視界がはっきりするというか今どういう状況かがわかるというか。人がどう思うか、人からどう見られているか気になって行動が起こせないことも多かったのですが、見える分行動も早くなり的確になったような気がします。まだまだですけども。ちぐはぐな行動が減ったようで快適です。今回の記事につながる感じかもしれないと思いました。

8501
ありがとうございます。
過去ブログを読ませていただきました。

~「心の貧しい」状況のときに、自他への「愛」を選ぶことで「陽となる」という道筋が、可能な時代になったのではないかと思います。~

この一文で腑に落ちました。私は『絶望』というほどではない出来事があり、ギリギリのところで180度違ったんだ。。と感じた日がありました。自分で自分のしてきた当たり前と思っていたことが違っていたと驚いて何日も泣いていた時期がありました。。

そうですね。。まさに『心の貧しい状況』に気付いて。。

ありがとうございました。

8502
光奈さん、こんばんは。

やっぱり私はアニータさんの
>もし私が幸せなら、宇宙も幸せです。
がいいですね。宇宙が幸せなら、私も幸せで、みんなも幸せ。

みんなに幸せになってもらうための第一歩は自分が幸せになること。
それに気が付いたのは40歳を過ぎてからでした。

去年から耳鳴りに悩まされている母ですが、いつのまにか夜10時には
眠気に襲われ、よく眠れるようになったそうです。人間の身体って。

8503
こんばんは。

アミ 小さな宇宙人読みました。進化した人たちはそんな
感じになる・・これはおとぎ話ではなく、本当にそうなんだと
確信が持てました。
この地球世界はまだまだ先の事とは思いますが・・

本を読んだからだけではないですが、僕もバリオスの言葉が好きですね、
「この世界の一時的なことがらを必要以上に深刻にとらえないし、冗談もよく言うものだ。」

何か、ようやく細かいことを必要以上に気にしなくなった気がしますし、
(これは本当に大きな進歩だと・・知識で分かっていても中々実行できない)
冗談も「オヤジ」の付く程度のものなら大好きです^^

何時も素晴らしい記事の発信をありがとうございます。

8504
楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるのだ。よく言われていることです。短い言葉ではありますが、この中には、その人の意思の強さとか温かさみたいなものを感じます。その意思やぬくもりは育てられたものだと思います。両親に改めて感謝したいと思います。

8505
光奈さん、おはようございます。

幸せの尺度は人様々だと思います。
悲しいかな、人と比較することで不幸だと感じてしまうことは日常茶飯事です。
最近、ちょっと嫌なことがあり、気持ちがダウン。まさに、不幸のスパイラルに陥りました。しかし。よくよく考た後、ある気付きが。気づかせてもらったことに感謝出来た瞬間、不幸の呪縛から解き放たれました。
嬉しいこと・楽しいこと・辛いこと・悲しいこと
それぞれに感謝できれば幸せになれるような気がします。
「人のふり見て、わがふり直せ」
まさにそのとおり。
幸せな時間ばかりあればいいのだけれど、幸せを実感できるのは不幸があるからなのでしょう。
そういうことが体感できるのは、素晴らしいことですよね。
幸せを実感できる人間でありたいと思います。

 

8507
こんにちは。
幸せは他人がもたらすものでなく自分でなるもの、たいへん納得です。
というのも、肛門科でしこりがあることが分かり、日帰りの大腸検査受けたら6cm以上の癌で当日入院なった時、胃腸専門の規模の小さい病院だったので、いわゆる「ガン病棟」がありません。
大部屋に入れられたわけですが、自分以外の人は皆2~3日で退院し、次々入れ替わります。
当時は状況が「進行がん」としか分からず、詳しい病状説明聞くまでの1週間が一番辛かったですが、手術で切除予定と聞いたとたん、ケロッと変わりました。
余命宣告なかったし、手術で取れば元の生活に戻れるってことなので、次々に退院して行く患者さん見ても「次は自分!」って思えるようになったです。
状況は変わってないから、本当に幸せってば気の持ちよう、心の在り方です。
なので、比較は意味がありません。
上を見ればきりがないし、下ばかり見てると横柄で嫌な奴になる気がします。

8508
こんにちは^^
私もこのバリオスの言葉、大好きです^^ そしてこれこそが真実なんだろうと思っています。

中学の頃、担任の先生に「何にも考えてない。楽しいからそれでいい」みたいなことを何気に言い放った記憶があります^^; 事実、その頃の私は友達と天真爛漫にふざけ合っては毎日笑い転げてばかりという、今から思い返しても最高に面白い楽しい日々を送っていました。
人生というものが全くナニもわかっていない状況で、無意識のうちに口にしたことではあったのですが、後に大人になり、この頃と同じような気持ちで生きていけたらどんなにいいだろうと、まさに今更ながら思っている所です。
現に、その頃は深刻に周到にものを考えなくても、色々な事が自然に順調にいっていましたから。
きっとこの心持ちを子供ならではの無意識にでも持てていた事が大きかったんだろうと、今改めて思っています。

8509
いづんつぁん様

 こんにちは!

 じっと見つめる瞑想って、ありますよね。

 OSHOの「グリシャンカール瞑想」という技法にもそのようなパートがあって、そこでは「一点をじっと見つめながらも、その周りの全体をとらえる感じ」で見るのがポイントのようです。


 そのような見方を日常でも自然にするようになると、目の前の状況をしっかりとらえられるのかもしれないです。

8510
ぼん様

 こんにちは!
 何らかの参考になれば、とても嬉しく思います。

 イエスが「心の貧しい人は幸いである。天国はその人たちのものである」と語っているのは、きっとそのような気付きの道筋が、目の前に敷かれているからなのかもしれないですね。

8511
あおむし様

 こんにちは!

 アニータさんの言葉は、素敵ですよね。

 「自分を愛する」「まず自分が幸せになる」ことの本当の大切さに気付くのは、確かに40歳以降というケースが多いように思います。
 
 子供のころからそれができれば良いのですが…、きっとプロセスとして必要だからそうなっているのでしょう。
 近道のない、順調な道とも言えるのでしょう。

8512
daru様

 こんにちは!

 バリオスの作品は、いわゆるチャネリングのよにして書かれているようですね。
 インタビューでも、こんなふうに語っています――

 「私はごく普通の人間で、できの悪い魔法使いだ。今も学んでいる身だし、間違いもたくさんする。
 ただ書いているときは『インスピレーションが湧いてくる状態』にいて、とても光を感じているので、書いている内容は99%確かなことだ。
 でも、書くのをやめたとたん、いつもの愚かな自分に戻ってしまう…」


 バリオス自身も、冗談をよく口にする楽しい人のようです。
 また、アミの台詞からして、てっきり厳格なベジタリアンなのかと思っていたら…、ふつうに肉を食べてワインを飲むそうです。

8513
丹後のきんちゃん様

 こんにちは!

 「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるのだ」というのは、本当にそう感じます。

 「笑うと治癒力が高まる」ということも言われていますが、きっと笑うことによって体の細胞の一つひとつに、「喜び(本質)」のエネルギーが届くのでしょうね。

8514
月光の響き様

 こんにちは!

 本当に「感謝」こそが大切な鍵といえると思います。

 無条件に感謝できる人は、きっと無条件の幸せを見いだしていくことでしょうね。

8515
星乃裕華様

 こんにちは!

 それはとてもご心配だったですね…。
 切除してふつうに元気に職場復帰される人を僕も身近に見てきましたから、大事ではなくて本当に何よりです。
 
 人生や健康にかかわるほどの一大事ではなくても――、私たちは状況が同じなのに、認識の仕方によって、幸・不幸が変わってくるという経験をしょっちゅうしていると思います。

8516
マナサビイ様

 コメントを有難うございます。

 いいですね! そういう子供のような気持ちで生きられれば、本当に素晴らしいです。
 そしてきっと、周りの色んなものごとが、順調に運ぶのではないかとも思います。

 本当に、幸せには理由がいらなくて――、それなのに理由を作ろうとするから、それがかえって色んな苦しみを生じてしまうこともあるのでしょう…。


 ブログの本文に載せようかと思ってカットしたのですが、OSHOの言葉にこのようなのもあります――

 「あなたは不幸なときに限って、『なぜ自分は苦しんでいるのだろう』と問う。
 ところが、幸せに満ちて踊っているときは決して、『なぜ自分は幸せに満ちているのだろう』とは問わないはずだ。その『なぜ』は、無意味でしかない」――

8517
「幸福が当たり前の状態である」という認識は
すごく大事な事のような気がします。

子供の頃から病気がちで、いつも具合が悪いとか、いつもどこかが痛むという人は、「自分が健康である」とか「健康になった自分」というのがなかなかイメージ出来ない。
多くの(殆どの)人は、幸福においてこういう状態なのではないかと思います。

人間は、自分が「普通」と見なす事は簡単に出来るし、実現も容易です。
でも、「特別」と見なす事はなかなか出来ないものです。

幸福や喜びというのは、当たり前とか普通の状態ではなく、何かが起きた時に初めて感じるものだという思い込みはとても強いものがあります。
「長年の望みがようやく実現した」であれ、「美味しい物を食べた」であれ、「ほめられた」であれ、何かが起きて感じるものだと。
逆に言えば、そういった事が何も起きないのに幸福であるといった事はあり得ない、と強く信じています。

「自分は幸福である」「幸福が当たり前の状態である」と皆が認識するようになれば、この世界はもっと明るいものになるでしょうね。



8518
光奈さん、こんにちは。

私の高校時代は最高に楽しかったです。
担任の先生に「ケセラセラもいいが、それだけで人生は・・・」と言われたり
同級生には「天真爛漫」と言われたり。妙にモテる時代でした。
美人でもない私がモテたのは、きっとキラキラしていたからだと思います。

就職してからですね。人の目(評価)を気にするようになったのは。
自分がどうしたいのかわからないまま、
『やめること(病めること、だったのかな』を繰り返す人生となりました。

『やめること』は十分やってきたから、
これからは『やめないこと』『続けること』が私のテーマなのかも。
結局は、どちらでもいいんだとは思いますが。今はそんな心境です。

8519
Clary Sage様

 こんにちは!

 「幸福は自然な状態である」とか、それが私たちのベースにある本質だという見方をすれば、本当に世界は変わっていくと思います。

 つらい状況の真っただ中でも幸せを感じるのは、実際問題としてかなり無理がありますけれども…、でも、「それでもきっと、必要で最善なことが起こっているんだ」という信頼が大事なのでしょうね。

8520
あおむし様

 こんにちは!

 僕自身の高校時代は、「活躍する人」でしたね。
 それ以降も、大学から20年以上の会社勤めまでずっと、「努力や工夫をして、いい結果を出して、とても評価されて」というパターンが続いて、それはそれで大切な「喜び」でもありました。

 でも、「それだけでは何かが違うぞ…」という、抗しきれない感覚が強まったことが、転換点でした。

8527
自分にとって幸福とは何かとか
どうしたら自分を幸せに出来るのかとか、一日に5分10分でもいいので、毎日「私の幸福」について考えたり意識を向ける・・・というのは大事かもしれないなと思います。

「今この瞬間に幸せを感じる」と言うと、「えー・・・そんな事が出来るかなあ」と思いますけど、「○○が実現したら幸福になる」という考えには確かに違和感があるんですよね。
「それまでは幸福にはなれないって事?その○○がいつ実現するか分からないし、例えば3年後に実現するとしたら今から後3年間は幸せではないという事になるし、ずーっと死ぬまで実現しなかったらどうするんだ」と思うと、「そりゃないわー・・・」と思います。
「幸せである」事をそこまで保留には出来ないというか、やっぱり”今この瞬間”も幸福でいたいですよね。未来のいつかではなく。

8533
Clary Sage様

 こんにちは!

 何か望み実現して幸せな人も、その半生を振り返るときに、まだ望みが実現していなかった苦しい時期までも含めて「幸せだった」と語る人も少なくないですよね。

 その時点では分からなくても、本当にそういうものなのだと感じます。

8574
 *光奈さん、こんにちは。**
いつも楽しみに読ませて頂いて、ありがとうございます(^^)*。
光奈さんのブログのテーマと、その時その時の自分の考え事とがよくリンクしてて、すごく気持ちが納得したり癒されたり、興味深いお話にワクワクしたりお勉強させて頂いてます。**

これからも楽しみにしてますのでどうぞ宜しくお願い致します。**
**そして、いつも私の更新してないブログにご訪問頂きありがとうございます(^^)****。

              

8578
ココ・アトランティス様

 コメントを有難うございます!

 ブログにはよく、シンクロ現象みたいなものが起こりますよね。
 本当に不思議です…。

 ぜひこれからも、美しいブログを綴ってください!

9423
ぜひこれからも、美しいブログを綴ってください!
 ランチタイムにホテルの厨房で、働いています。

料理長は、この道49年 
30歳まで 30都道府県を包丁と画板をもって働き
30歳~60歳まで富士山の見える場所で、日本料理店を構え
家族5人で、海外旅行にもよく行かれたそうです

震災を経験したとき、10代の頃の夢を思い出し 現在の
海の見える場所での一人暮らし
 どんなに忙しくても「今が一番」「面白い」が口癖です

先日、うれしいことがありました。
日替わりランチに感激?した、お客さんがなんと厨房にと
ドーナツ🍩を差し入れてくれたのです。
どこのどなたか存じませんが~その行動を思うと
料理長の思いが、🍩に・・・

昨日、決算賞与をいただき喜んでいると 
大学の娘から実習費の催促
夕方には、”あ!という間に消えていきましたが・・
 
考え方を変えると・・支払った実習費が決算賞与としてすぐ入ってきたになりますかね? めでたし・めでたし

「幸せ」と「喜び」コメント欄の気づき・・
光奈さんのブログのおかげです
ぜひこれからも、美しいブログを綴ってください!

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。





http://facebook.com/koudaimitsuna

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