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 言われてみると間違いのない「単純な事実」なのだけれど、けっこう想像を超えて不思議に感じること――

 「自分の先祖の人数」も、その一つでしょう。


 人には誰でも「両親」が2人いる。
 その前の代の「祖父母」は、父かたと母かたで、計4人だ。
 さらにその前の代である「曽祖父母」は、(祖父母4人にそれぞれ両親がいるわけだから)計8人になる。

 このあたりまでは、実感としてもイメージできることでしょう。「幼い頃に、ひいおばあちゃんに遊んでもらった」という人もいるだろうし。


 これをもっと計算していくと――
 その前の代にあたる「曽々祖父母」の人数は16人になる。その前の代は32人。その前の代は64人。その前の代は128人――
 と、世代をさかのぼるに従って、自分の先祖の人数は倍々にどんどん増えていく。

 親の数というのは必ず2人なのだから(1人や3人というのは絶対あり得ないから)、計算違いをする余地もない。


 そうして、10代前の「曽々々々々々々々祖父母」までいくと、その人数は実に1,024人にもなる。

 10代前というと、江戸時代後期くらいだろう。十数代も続く老舗が現存しているわけだから、それほど大昔の話というわけではない。
 その時代に、自分の直系の血筋にあたる人が、驚くべきことに千人以上もいたわけだ…。


 そんなにも大勢の先祖たちが、それぞれの人生を生き抜き、夫婦として出会い、次の世代が生まれるというのを積み重ねてきて――、その結果として、今の自分がこうして生を受けている。
 このことは、自分という存在が、想像以上に多くの人々の生のうえに成り立つ、ひとつの「集大成」であるとも言っていいのではないかな…。

 外で遊ぶ小さな幼児も、道行く見知らぬお年寄りも、駅で見かけるサラリーマンや主婦も、誰もが例外なくそうした「集大成」としてここに生きている。
 そう考えると、なかなか感慨深いですよね。


 ところでこの計算をもっと続けていくと、妙なことになる――
 15代前(江戸時代初期くらい)の自分の先祖の人数は、約3万3,000人に上る。
 さらに20代前(戦国時代くらい)には、何と100万人を超えてしまう…

 そのことについて、ブログのけっこう初期の記事「無数のパラレル宇宙の収束」で書いたことがあります。


 で、今回、別の角度でちょっと不思議に思えることは――

 私たちの先祖というのは、何十代という程度で片付く話ではない。実際に過去から何百、何千、何万という世代を重ねてきている。
 その間に、数えきれないほど大勢の人々の遺伝子が混じり合い、膨大なパターンの「交配」が繰り返されてきた。


 それほど徹底的なまで掛け合わせられたうえで、今の私たちが生まれてきているわけだから――、
 例えばたくさんの色の絵具を混ぜ合わせたように、誰もが似たり寄ったりの同じような人間になっても、おかしくないのではないだろうか?…

 単純に考えれば、多くの人々のさまざまな遺伝子が全体に混じり合えば混じり合うほど、容姿や先天的な性質などの個性が、どんどん平準化されていくようにも思える。

 ところが実際は、そうにはならない。
 身近な人を見回してみても、一人ひとり相当に異なっている。


 個性というのは、世代を経て平準化されて消えていくものではなく、むしろ受け継がれていくようにできている。
 そもそも生物の「有性生殖」による遺伝は、大きな環境変化が起こっても種として生き残れるように、「多様性」を生むための仕組みであるわけだから…。

 そうしたことによって、膨大な数の先祖たちの集大成でありながらも、自分というものは個性的であり、身近な周りの誰もがそれぞれに個性的なのだといえる。


 さらに踏み込んで言えば――
 そのように個性や多様性が損なわれない仕組みだからこそ、魂は転生によって本当にさまざまな経験が可能なのでしょう。

 そして私たちは、自分とは異なる個性や多様性に常に囲まれた形で生きている。

 これはきっと、そのような世界の経験を通じてしか見いだせないことがあるから、多様性の中でしか起こすことのできない変化があるからなのでしょうね。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Midori「Sleepy Time」。
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コメント
8864
誰もコメントする人がいないので
 先ず、話の前段ですが、縄文中期の5000年前迄遡ると一代50年として2の100乗人となります。これを対数計算してみると、約10の30乗です。千兆が10の15乗ですから10の30乗なんて見当もつきません。(1の後に0が30つく)
実際には数万から最大で26万人位の縄文人しかいなかったそうですからこの話には何処かにトリックがあります。
どなたか見抜いた方いませんか? 

(数字修正)

8865
光奈さん、こんばんは。

先週亡くなった妹のお義母さんは認知症でした。
80歳前後に夫婦そろって認知症になり、ダウン症の息子さんと3人暮らし。
一時はどうなることかと思いましたが、夫婦そろって同じ施設へ。
息子さんも安心できる施設にお世話になっています。

そのお義母さんの納骨をきっかけに、現在お墓について動いております。

墓石に「先祖代々」と書いてありますが、
今回の記事を拝読し、先祖に感謝というのは
特定の人への感謝ではないなあと改めて思った次第です。

8866
666さん

近親婚の可能性を考慮していないからです。
その可能性を考慮した場合は、
100代下っても、2人のDNAしか持たないということも、
実際にはありえませんが、論理的には可能です。

8867
メリークリスマス
広大さん、メリークリスマス。

お弁当係、お疲れさまでした。
私も高校時代を思い出しました。
母の手作り弁当のメニューは、今 自分でも作ります。
母は他界しましたが、料理は受け継がれていくものですね。

さて、今回の記事。
なるようになっていく、と分かってはいるんですけど。
たどり着くところは何にせよ、生きていることを感じて、それを楽しめたら良いですね。

広大さんの、今年の読了本ベストセレクションの記事を楽しみにしています。

良いクリスマスを。

8868
666様

 こんにちは!

 トリックと言うほどではない、単純な理由です…。

 文中で触れている過去記事は、「無数に枝分かれしていように見えて、実際は1つに収束していく」ということがテーマです。

8869
あおむし様

 こんにちは!

 お墓の「先祖代々」の文字には、まさにそうした深々とした意味が込められていると思います。

 ちなみにうちの実家は、キリスト教会の共同墓です。
 先祖という印象はあまりないですけれど、そういうのもいいですよね。

8870
Korva様

 こんにちは!

 その通りです。
 近親婚が1個所あるだけで、それ以前の先祖の数は(ほかの部分と重複ですから)、ごそっと減るんですよね。

 でも、たとえ2人のDNAに行き着くとしても――、そこから今の自分が生まれる間に生きた先祖の人数というのは、やはり想像以上に相当な数に上るでしょう。

8871
tao様

 こんにちは!

 家庭料理や郷土料理は、まさに代々の伝承でしょうね。
 東京に長年住みながらも、うちの正月のお雑煮は「白みそ仕立て」です。

 そう、年末には個人的な「ブック・オブ・ザ・イヤー」の記事を書いているのですが(覚えてくださっていて有難うございます!)、今年はなぜか新刊本をあまり読まなかったので、どうしようかなぁ…と思っております。

8872
 Korva さん
そうですね。もっと解り易く言えば、両親が兄弟(男と女)の場合、祖父母は4人ではなく2人です。後段についてはまた後で。

8873
この視点、魂の数の謎ですよねぇ
テーマと同じく、真剣に祖先の数を追ったことがあります。
で、数的には訳ワカメになり、
いきなり高野山に向かいました。

樹齢何千年の杉木立の中にたたずみ、耳を澄ませ、
巨木の意識を感受しながら言いました。

『スゴイねぇ…どれほどの数の人間を見てきたの?
たかが80年くらいなんだろうけど、
私の番を、しっかり生きるからねぇ!』と……。
(毎回、聴診器を持参して水脈の音を聞く)


『膨大な数の先祖たちの集大成でありながらも、自分というものは個性的であり、身近な周りの誰もがそれぞれに個性的なのだといえる』

この視点、広大さんならでは……スゴイです!
魂の数とワンネスの……究極の謎だと思っています。

毎回、素晴らしい視点のテーマをありがとうございます!

8874
風子様

 こんにちは!

 樹木の生って、本当にすごいですよね。

 5年前に倒木した、鎌倉・鶴岡八幡宮の「大銀杏」は、鎌倉時代からずっと歴史を見守ってきたといいますから…。

 倒れた古木の根元からは、若々しい「ひこばえ」が今も育っているそうですから、素晴らしい生命力ですよね。

8875
こんにちは

何気なくTwitterを見たら今回の光奈さんの記事と同じような絵柄が目に入ってきたので読み始めてみたのですが・・・英語で😅 自動翻訳を駆使してもさっぱり訳が分からず内容がよく理解できません。
どなたか英語の堪能な方が説明してくださるとありがたいのですが
Max Roser さんという方があげた記事でタイトルは 
" Everyone on Earth is actually your cousin "

光奈さんの視点も面白いし、ほぼ時を同じくして同じようなテーマについて
(主旨は違えど)語っているなんて「ブログあるある」を目の当たりにしたようでちょっと楽しめました。^^
その記事中のイラストをみると、末広がりだった先祖の数が途中で収束にむかっているのです。
何を語っているのかなー 意外なところで語学力の無さを残念に思うとは・・・

8876
同族の殺し合いになる戦争
こんばんは。
800年も経てば、皆「親戚」になっていると言った人がいましたが、こういう風に見れば、大陸は違えど、戦争では同族の殺し合いになっていますね。
何とも凄まじい光景が浮びます。。。

8877
fujiwara様

 こんにちは!

 へーっ、これは面白い。同じタイミングで、ほぼ同じテーマですね。

 あとで詳しく読んでみたいと思います。
 先祖の人数は、さかのぼる従って末広がり、どこかの段階で収れんに向かうため、この方がグラフの図に描いている通り「ひし形」になるはずなんですよね。

 ちゃんと推計されて、図になっているのは初めて見ました!!
(さすが、オックスフォード大学の専門の研究員の方ですね…)

8878
yokoblueplanet様

 こんにちは!

 過去はもとより、将来の話にもあてはまりますよね。

 数百年後、自分の血筋にあたる子孫はおそらくものすごい人数になるでしょうけれど――、子孫たち同士で互いにどうしているでしょうね?…

8879
私を含めて、スピ系の人が気をつけたほうが良いことが、
この記事に良くまとめられていると思いました。
http://quasimoto.exblog.jp/23989106/
私もスピリチュアリズムの背景には、
人を愚かにするための、
良くない意図があることが多いと感じています。
元々は、良い意図があったのかもしれませんが・・・

8880
Korva様

 こんにちは!

 Korvaさんが言われる「スピ系の人」って、どの人たちのことを指しているかは分からないのですが…、
 おそらくこのブログを読みに来ている大方の人には、あまり当てはまらない心配だろうと思いますよ…

8881
小6の娘に聞かれて
作者ヨシタケ シンスケ「ぼくのニセモノをつくるには」の本の中に親と先祖のことを、上の図のように書いてあり、娘に、何代まで名前がわかる?と聞かれました
 
方眼紙に、横線を引き 年数を書いて説明しました

父方の曽祖母の名前 1902年~1998年まで線を引く
         ーー-----
父方の祖父の名前  1927年~2003年
           ------
娘の名前      2003年~2015年
                 ---
私         196*年~2015年
              ------
2015年の今、先祖からバトンを受け取って、同じ時代を走っているところ 
時代のトップを走っている 
ゴールは、決まっていないけれど・・
一緒に走っているから、楽しいね

結婚して、数か月後、姑が家系図を見せてくれました
実家の家系図と 同じ名前が載っているのに気が付き、調べてみると・・
室町時代のある夫婦の次男(1415~1476)が主人のご先祖さまで、三男(1430~1477)が実家の父方のご先祖でした。

それからすると、室町時代の夫婦から~平成時代の子供たちまでは、提灯型(上と下が短い)になりそうです
 面白いことですが・・

苦労を重ね ぼくのニセモノを作りましたたが、お母さんにすぐにばれてしまいました。
主人公の結論は「ぼくはひとりしかいない!」
納得
個性の尊重ですね 

パウロ・コエーリョ作「アルケミスト」読んでいます
          
何事も、バランスよく 

8882
光奈さん、こんばんは。

10年位前までは墓や葬儀にとても感心があったのですが、
今はどうでもよくなっています。

でも先日の家族葬で、葬儀もいいものだわ、と思いました。
現在はお墓参りが私の趣味ですし、墓地に行くとなぜか心が落ち着きます。

世の中の葬儀や墓に対する考え方もこれから大きく変わるでしょう。

我が家の墓は妹の家の墓と一緒になる方向で進んでいます。
実はずいぶん前から、それを望んでおりました。
父が建てた墓を継承するためのありがたい展開です。

8883
誤字
感心ではなく、関心でした。

8884
T様

 こんにちは!

 なんと、室町時代までご先祖をたどれるって…、名のある旧家なのでしょうか。
 しかも他家の系図とも一致しているということは、非常に正確ですね。

 600年ほどさかのぼるとご主人のご先祖と兄弟だったというのは、実に面白いです!
 まさにそのような形で、多くの人たちが「みな兄弟姉妹」なのでしょう。


 バランスは本当に大切です。
 職場や家庭など、実社会の日々にきっちりと根差していることが、バランスを取る「軸足」になるのだと思っています。

8885
あおむし様

 こんにちは!

 墓地が好きな人っていますよね。
 僕の知人で、わざわざ墓地の隣のマンションを購入した人もいます(再開発でビルが建つ心配もないとのことで…)

 僕はあまり詳しくはないですが、「お墓にはさ迷っている亡霊はいない」とも言われますよね…。

 「自分がすでに亡くなったことが分かって、ちゃんとあの世に行った人たちばかりだから」――、と。
 確かにそれは一理あるだろうなと思います。

8887
他者のコメントにコメントをされる方へ

 ここのコメント欄に自分の信念に合わないものがあったら「容赦なく叩きつぶす」という趣旨の投稿がありましので、カットさせていただきました。

 以前にも同じ方が、他のコメント者のことを名指しして「キ○ガイババア」と呼んでいたので、それも削除しています。


 真剣なコメントをくださるのはもちろん有り難いことですし、ご自身としての正しいお考えのうえでの主張なのかもしれませんが…、
 ただ、やはり初歩的な社会良識からちょっと外れた言動だと思いますし、ブログ管理者としては見過ごしたままにしておくわけにはいかないです。
(ふつうのコメントをしたい人でさえ、そのような「叩きつぶし役」がいるのかと思うと、非常にコメントしにくくなってしまいますから…。それは、ブログ主として期待することろではないです)


 つきましては、しばらくの間このコメント者の方は、投稿禁止の設定をさせていただきます。
 いつか解除しますので、それまでは別のIPアドレスから投稿があった場合も削除させていただきます。ご了承ください。

8889
収束
日本を例に取ると、遡って幕末江戸の人口は何百万人だったのでしょうか。人生五十年の時代が近代まで続き、その後の爆発的な人口増加。医学的進歩等があり、人の寿命は必然のごとく伸びを見せます。今や一億二千万人超。

人が言葉を手に入れる前、現代人の住む地域のほとんどが手付かずのままで在りました。
想像するに、何代か遡る祖先はネズミ算式に増えますが、いずれ近隣の方々と一部重なり始め、収束していくのではないでしょうか。
地域性の集合が海を渡り、ある地域では重なり、また散逸していく様を想像すると、人類皆兄弟では、という命題に行き当たります。
人は突然やってきたものではなく、幾代もの交わり、淘汰を経て出来上がったものに違いありません。

8890
まさにその通りです。私のやっている自分史もそこなんです。先祖の生きぬてこられた偉大なDNAが自分の中に宿っていることを意識してこらから恥じないように生き抜いていくこと。全てはどういう生き方を残していくかである。集大成はさらに集大成を作っていくのだと思います。

8891
夏恵次郎様

 コメントを有難うございます!

 何もない原野から開拓された街や、逆に今はもう滅びてしまった遺跡などを眺めていると――、さまざまな集散を繰り返しながら現代に結び付いていく、私たち人類のいとなみを感じます…。

 アマゾン最奥に生きるモンゴロイドの人々の写真などを見ても、不思議な親近感を覚えますね。

8892
丹後のきんちゃん様

 こんにちは!

 遺伝的なつながりもさることながら――
 魂としての「転生」を考えると、さらに時代や地域を超越した、遠大で精妙なつながりがありますよね。

 私たちのこれまでの歩みも、そしてこれから先も、まさに「集大成はさらに集大成を作っていく」のだと思います!

8893
そういえば。

ミトコンドリアDNAは母からしか遺伝しないんですよね。
それを辿って行って、イブは7人いると本で読んだことがあります。

私は新宿を歩いても、もう見た目だけだと中国・韓国・モンゴル・日本人の区別がよく分からないです。

8894
tao様

 こんにちは!

 面白いですよね。母系の先祖をたどれるミトコンドリアDNAを調べていくと、世界中の人々の起源である「イブ仮説」が証明できるそうです。

 また日本人の遺伝子は、世界でも珍しいほど多様性に富むとも言われます。
 アジアの端に位置し、南北のルートから色んな異なる民族が渡来してきて、遺伝子がごちゃ混ぜになっていったという経緯があるからでしょう。

8895
光奈さん、度々申し訳ない。
またも横レスです。

Korvaさん、リンク先を読みましたが、本当に大丈夫ですか?
Korvaさんは知的で頭の良い方だと思いますが、このリンク先の文章が多くの人にどう思われるか分からないとしたら、相当感覚がずれていると思います。
冒頭に掲げられている井口なんたら博士の言葉など、ユダヤ民族殲滅を図ったナチスと同じ思想じゃないですか。
右だの左だのスピに関心があるだの無いだのは関係ない、明らかな異常心理です。
記事の本文も殆ど妄想としか思えません。これは私個人の感覚というよりも、大抵の人がそう判断すると思います。これを「スピリチュアリティに関心のある人が陥りやすい事を分かりやすく書いている」とKorvaさんが本気で思っているとしたら、嫌味ではなく、本当にかなり心配になりました。


記事の筆者は紛う事なきネトウヨですが、どうしてネトウヨが一般的に嫌われるか分かりますか。左翼が嫌うのではないですよ。(ネトウヨはそう思いたがってますけど)
近隣諸国に対する憎しみと蔑みが異常だからです。「警戒すべき」くらいならまだしも、あまりにも感情的すぎる。
おまけに理屈にも合ってない。日本は過去に隣国を植民地化しましたが、その逆は起きていない。
日本がかつて隣国に植民地化されたならまだこの感情は理解できますが、実際にやったのは日本の方です。
そう言うとネトウヨは左翼だ何だと言いますが、そうではなく、合理的に考えておかしいのです。(「ナチスやネオナチを嫌うのは左翼」とは言いませんよね。ネトウヨからすれば、そうなのかもしれませんが)


こうした事も表面化する必要はあるのでしょうが、いずれ消えていくだろうとは思います。
最低限の敬意を持って接する事は、個人間でも国に対してでも、すべての関係において必要な事ですが・・・不合理な憎しみが無くなる事を切に願っています。



追記ですが・・・自国を否定したり、変に悪く言ったりするのは私もおかしいと思います。自国を愛するというのは大切な事です。
自国と他国の関係は、自分と他者の関係と似ているというか、基本同じでしょう。
「自分(自国)を愛する」というのは、他者(他国)を貶める事ではない。自分の価値を認めるためには、他の人を貶める必要があるとしたら、その人は自分を愛してはいません。
私は隣国を貶める人たちを見るとよく思うのが、彼らは実の所、日本を愛してなどいないという事です。
攻撃されるのではないか、自分たちが過去にやった事を仕返されるのではないか、そういった恐れを持っているだけです。私は彼らに愛国心を感じた事はありません。
本当に自国に誇りを愛を持っていたら、こんな恥さらしな言動が出来る訳が無い。
潔さというのは日本人の美徳だったはずですが、彼らにはそれが無い。「この卑怯者が!」と言いたくなるような言動を繰り返している。


話は違うのですが、「あーなるほどそういう考え方もあるか・・・」と思った文章があります。それが実際正しいかどうかは分かりませんが。

原爆や、東京大空襲などを考えると、アメリカにどうしても憎しみを感じます。でもあれで、かつて隣国に対してやってきた事の、日本の国としてのカルマを返したのだと。
あれでツケを払ったので、目覚しい経済成長も遂げる事が出来たし、治安の良い国になれた。
その人は、個人だけではなく国にもカルマがあるという考えを持っていて、日本は相対的に言えばカルマの軽い部類の国だと思うとも書かれていました。

異論や反発の出そうな考えではありますが、そう考えると、あのあまりに非道な出来事にも意味はあったのだろうか・・・と思わないでもないです。他にも意味は色々あるでしょうけど。











8896
私から始まる 過去未来の集大成
さかのぼると・・・・
ブッタもマハルシも空海も孔子もキリストでさえ・・・
あらゆる頂点と言われる部分に到達した人々が
私の身体の一部でありすべてである可能性は…100%??

奉る物でもなく 比べる物でもなく
今のこの躰に 脈脈と受け継がれていること(もの)を
ただただ 確認すればよいだけかと…

読んでいて… 涌いて来るのですが・・・(ニコリ)

8898
ご先祖様に感謝。と、お墓まいりやご仏壇に手を合わす事は
多々ありますが、ずっとずっと昔に遡るとものすごい人数になるなんて考えた事もありませんでした。うう~む。なんだか不思議な気持ちです(。・_・。)前世とかも、気になりますけど。南無三はものすごく『教会(チャペル)』に行ってゆっくり時を過ごしたいと言う願望が昔からあります。全く信心深くないし、ましてやキリスト教徒でも無いのですが。教会にも2度程しか行った事が無いですし。それなのに無条件に教会でジッとしていたいって思ってしまいます。勝手に前世でシスターだったのかしらん?と考えたりしています(笑)
世の中不思議な事で満ち溢れていますね。
随分前に、八方塞だ。なんてコメントで残しましたね。
その後、そのままにしていたので少し気になって今日はやってまいりました。まだまだ状況は変わっていませんが、笑顔のパワーで乗り切って行ければと思っています。幸せになってほしいんだー。ファイトです!
いつも考えさせられるブログをありがとうございます。

8899
光子様

 こんにちは!

 先祖をたどるまでもなく、彼らと全く同じ仏性や神性が、いまの私たち自身にあるのだと思いますね!

 獲得とか到達ではなく、まさに「ただただ確認」なのでしょう。

8900
南無三さんぱうろ様

 コメントを有難うございます。

 僕の息子の高校の先生は、学生時代に話し相手がいなくて、よく神田のニコライ堂に行ってただじっと座ったり読書をしていたそうです。信者でもないのに…。
 今は、とても教えるのが上手な、いい先生です。


 人生には、努力して打開するのとはまた違う、ただじっと変化を待つことが大事な時期もあるようです…。
 でも、笑顔は本当に大事でしょう。展開を加速させる力があると思っています!

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。





http://facebook.com/koudaimitsuna

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