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 僕が大学を出て社会人になったのは、バブル経済の絶頂期でした。
 その当時は、大きな家に住んで、高級車に乗って、贅沢なお店で食事をするといったことなどを、当然のあこがれとして目指していたし、日本の社会全体がそのような風潮に満ちていましたね…。

 もちろん「しょせんサラリーマン」だったけど、幸いにも給料のいい会社だったので、ある程度のレベルまではそれを享受してきたと思う。


 でも、今はと言うと――、いちおう貯金などは当時よりも持っている一方で、そのような暮らしをしたいという意向がまったく出てこない…。
 別にお金のかかる生活をあきらめているわけではなくて、それ以上に「シンプルな生活スタイル」のほうに強く心が惹きつけられてしまう。


 昨年に一度書いたことがあるけれど、ぜひ家はこのような「スモール・ハウス」に住みたいですね。
 3坪(約10㎡)ほどの中に、住宅として必要な機能を収めてある。

 ちなみに、今回の記事タイトル下の写真は、800年前の歌人・鴨長明が暮らした「方丈庵」で、こちらもほぼ同じ広さだ。

 おそらく、人が「本能的に落ち着ける空間サイズ」というのが、ちょうどこれくらいなのかもしれない。


 そんな、「親密な広さ」の我が家の中で、自分がただ穏やかに座っている情景を想像しただけでも、何だかとても心ときめくものがあります。


 食についても、ゆくゆくは「1日1食」にしたいなと思う。

 今は家族分の食事を毎日作りながらも、自分は半端な量を皿に盛ってササッと口にする程度だから、だんだんとそのような少食生活に進みつつある。

 かつてサラリーマン時代の、タバコを1日1箱吸って、毎晩アルコールを飲んで、腹いっぱい食べて小太り体型だったころに比べると、体調はまるで「別の体に乗り替えた」くらい調子良く感じる。


 食・住に加えて、「衣」についてもシンプル化してきた。

 もともと服はそれほど持たないほうだったけれど、最近は下着やシャツやズボンなどの「同じ服」を2~3着同時に買って、それを着回ししている。
 だから、着替えてはいるものの、毎日ほとんど同じ格好だ…。

 また靴も、同じモデルのシューズを3足持っている(普段用と、ゴアテックス仕様の雨天用、ワンサイズ小さい夏の裸足履き用)


 そうすることで、着るものを選んだり、整理する手間もずいぶん省くことができる。

 超著名人を引き合いに出すのは気が引けるけど…、スティーブ・ジョブズや、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグもそのようなメリットを語っているから、きっといいやり方なのでしょう。


 そして、これはほとんどの人に言えるだろうと思うのは――
 はじめは誰もが「色んなものを所有・消費する豊かさ」を目指すものの、でも一度「シンプルな生活スタイル」へと志向を転じたならば、もう逆戻りすることはあり得ないのではなかろうか…。

 だって、居心地が良くて、健康で、余計な気を使う必要もなくなるならば、逆戻りする意味がない。


 さらに何より重大なポイントは、「お金がかからない」ということだ。

 ところでもし、先進国の人々や、途上国の比較的豊かな層の人々のほとんどが、「スモール・ハウス」や「少食」などを志向していったとしたら、一体どうなるだろうか?…


 世界のマネーの流れというのは、人々の「所有」や「消費」、そして「拡大」への欲望によって支えられているとも言える。
 世界経済を牛耳っている黒幕がもしいるとするならば、人々のそうした欲望こそが、コントロールの原動力でもあるはずだ。

 そうした中で、世界の多くの人々が「シンプルな生活スタイル」へと傾倒していくというのは――、既存のマネーの流れにとって、ものすごく「不都合」なことに違いない。


 それはたぶん、これから起こっていくように思う。
 シンプルな生活スタイルが、どんどん人々の心に浸透していき、それがマネーの流れに影響し、世界の大きなあり方をも変えていく…。

 それはとても個人的で、静かな意識の変化でありながらも――、この世界の全体に働きかける、大きな意図であるように感じますね。



 結びのヒーリング・ミュージックは、Imee Ooi「Om Mani Padme Hum」。
  ☞ コメント:33

 
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コメント
9033
断捨離する物がない
結婚して、主人の両親と暮らすようになって、一番驚いたことは、義母の持ち物の少なさでした。

お祝いの服は、2~3着 普段着も少なく
靴と鞄も5~6ほど

 去年の1月に亡くなり、四十九日におこなわれた義妹による形見分けの儀式は、30分ですむシンプルさでした

私は、100円の記念コインとカシミヤのマフラーを頂き
娘達は、真珠のネックレスや服などを分けていました

義母は、医者の家系で運転手もいる家に育ち、戦争の頃  疎開先に飛行機に乗って行かされたらしく・・(医者は、疎開できなかったらしく子供だけ)

専業主婦として、良妻賢母を目指すうちに、無駄なく過ごす知恵 数より質(高級品)を大切に使う生活になったのか?
まわりの人間関係も いたってシンプルでした 

しかし、経済が動かないでしょうね
断捨離する物がない

 シンプルな生活スタイルに憧れる人々が増えているせいか
断捨離系の本が、書いた方の生活が注目される時代になってきているのでしょう




9034
T様

 こんにちは!

 義母様はシンプルライフの鏡のような方ですね。


 最近の本のベストセラーを見ても、まさにそうした傾向が出ていると思います。

 片付けの本や、少食・不食の本、ミニマリズムの本が売れること自体、多くの人たちの意識の変化を感じます!

9035
初めてコメントさせて頂きます
うーん・・深いですね
バブルの頃に・・というと私と同世代かなぁ
お互い悪い時代に育ちましたね 笑

同じ服を・・というくだりを読んで
私もジョブズを真っ先に思い出しました
ここからは私の想像ですが
世界を代表するような
とてつもない大企業が自分のアイデアひとつで
沈むか登るか・・

私だったら恐ろしくて眠れない・・笑
そら、服の事なんか構ってられませんよね
もうジャージの上下(寝間着)でもいい位・・
以外と彼はアイデア溢れるスマートな人というより
いっぱいいっぱいで日々を過ごしていた人なのかも・・

物に溢れた日々の生活
色んなものを排除してシンプルに・・
その時私は何を残して何を捨てるかなぁ
自分に向き合うようで
それも楽しいかも

9036
だんご様

 こんにちは!

 ジョブズの伝記などは詳しく読んでないのですが、革新的な製品を世に送り出すカリスマであった一方、人間関係では独善的な性格が非常に強かったため、きっと「いっぱいいっぱい」に生きていたという側面もあったでしょうね…。

 素晴らしい製品とともに、あのシンプルな服装スタイルも、彼が遺した功績の一つのように感じます。

9038
個人的な見解ですが、私がスティーブジョブズを好きな理由は、無駄な事を省くことで本質を探そうとする姿勢です

その目的の為に、なかなか荒々しい方法もあった様ですが、ある意味、その位必死だったのかな?とも。

9039
共感で~す!
所有や消費、その拡大への欲望がなくなる時代、
待ち遠しいですね。
『アミ小さな宇宙人』から観た地球の第一の課題は、
それに尽きると思います。

それらが個人的で、静かな意識の変化でありながらも、
この世界の全体に働きかける、大きな意図であるように感じる
広大さんの、その感性に敬意を表します。

もっと々、多くの人がアミの世界を信じられたらなぁ‥と、
いつも思い、祈っています。




9040
光奈さん、こんにちは。

高校の同級生(20歳くらいで結婚してお孫さんもいる57歳女性)の年賀状に
ミニマリズムへ向かうつもりだったが、まだ隠居は早いの結論へ。
今年はアンテナを立て貪欲に動く、と書いてありました。

昨夜その年賀状に返事を書いた私。
「ミニマリストは今は無理。2016年は心は静、身体は動で生きます」

毎月通っていたリサイクルショップが1月で閉店。
私の無駄使いの受け入れ先がなくなります。
これを機会に、今年こそ余計なものは買わない方向へ。
本当に欲しい服を買い、それを大切に着る生活へ。

母との物減らし作戦はずっと継続中ですが、今年は1ランクアップできそう。

光奈さんの生活は良きお手本です。背中を押された感じです。

現在、昨年やり残したことを色々片づけています。
私は欲張りで、あれもこれもやろうとしています。それも良き人生かしらん。
自分を否定せずに生きる。そして心地よい空間を作っていきます。

9042
光奈さん、こんにちは。

この記事を読んでいて真っ先に頭に浮かんだのが
秋山好古氏です。
(好古氏は日本陸軍騎兵隊の父と呼ばれる方です)
彼は弟の真之氏に、お茶碗を一つしか持っていないのはお金がないわけではなく、生涯たった一時を成せばなるので、その為に、あえて身辺を単純明快にしていると語りかけたと言われています。

その言葉に私は痛く感動したものでした。
シンプルな生活。
時間も労力もうまく使える。
今はやりのミニマリスト。
私も実践中であります。
それでも、好きなものは購入したりして
物は増えています。
しかし、以前と違うところは
買ったものを使い切るという面でしょうか。
大事にしまいこむのではなく
使ってこそ、その物の使命を全う出来るのだと信じて。

何事にも無理は禁物。
欲望があるのは人間らしいのかもしれません。

9043
いつも素敵な記事をありがとうございます!

まだそうなると決まっていないのですが、部屋を探さないといけなくなるような話が上がってきました。望んでではなく状況的です。最初は嫌な気分になりました。ところがふとイメージが湧いてきました。四角い箱です。そして以前にこちらで読ませていたスモールハウスのことを思い出しました。最低限のものだけを思い浮かべ、空想が勝手に進み、どんどん穏やかな気持ち、トキメキに変わっていました。そんな矢先に今回の記事を読ませていただきとても共感しました。まだ決まっていないのですが、どんどんその気になっています!


9046
光奈さん

こんにちは。
今の日本人の平均年齢は46歳だそうです。
これくらいの年になってくると、人生も折り返し、興味や欲望といったものごとを一通り味わって満足するので、今回の記事で述べられたような心情になってくるのではないでしょうか。国全体のムードがそうなっているため、その中にいる若者であっても影響をうけて、そんな感じになってくる。
一方、世界の平均年齢は30歳程度、さらに日本のように経済的なものから得られる楽しみを味わい尽くしたという人々は本当にごく少数であり、みんなまだまだ貪欲です。日本人が卒業しつつある人生の楽しみ方は、現在は中国人の中の豊かな一部に移り、爆発消費を楽しんでいるところですよね。地球まるまるでみれば、これからガンガン楽しむぞーっという人が大多数じゃないでしょうか。たとえばラオスやカンボジアの平均年齢は20歳そこそこであり、全体の雰囲気も若者らしい素直な欲望や好奇心に溢れていると思います。

また派手好み渋好みというのも、一方に振れれば揺り戻しがあるという面もありますよね。飽きというか。ワビサビが好まれたり、その後キンキラキンに行き、また戻りなど。

今回の記事もおもしろかったです。ありがとうございました。

9049
匿名様


 コメントを有難うございます!

 もしもジョブズがいなかったら、スマートフォンなどは今とはかなり違う形になっていたでしょうね。

 無駄を省いていくことは、盛り込むよりも格段に困難なことです。
 それを、あれだけの大組織を率いながら実現していくわけですから、本当に常人のできることではないと思います!

9050
風子様

 こんにちは!

 アミの物語は、本当に素晴らしいメッセージですよね。
 実は僕はあの本の中で、アミが乗っている円盤の内部がものすごく魅力的に思えます。

 過去記事でも書いたことがあるのですが、究極の「宇宙のスモールハウス」ですね!

http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-263.html

9051
あおむし様

 こんにちは!

 僕自身も、今すぐに「スモールハウス」と「1日1食」というのはさすがに無理ですね。

 妻と高校生の息子がいる中で(特に妻は持ち物が多い…)、いきなり究極的なミニマリズムへと踏み切るのは、むしろ不自然に感じます。


 でも、何年かのプロセスで、自然にそこへ向かっていくのは間違いないと思います。

9053
私もそう思います!
遍路が始まった当時は、
『弘法大師』だったのでしょうが‥‥。
お遍路さんの「同行二人」って、
私も守護天使と二人だと思っています。

旅に限らず、今生での営みのすべてに、
守護天使の恩恵を感じます。

ほんと、円盤内部のイラストを見ていると、
トイレとかシャワー室とか見当たりませんよね。
アミが不食かどうかは知りませんが、
代謝物の処理過程が、
高度に進化しているのかもしれません。
究極のエコ代謝になって、
すべては皮膚呼吸のようなシステムに
変貌していたりして‥‥ヽ(*´v`*)




9054
月光の響き様


 こんにちは!

 陸軍大将・秋山好古の生活スタイルのエピソードは知らなかったです。衣食住とも、本当に驚くほど質素だったのですね…。

 昔の功績を残した偉人には、そうした方が少なくないです。
 日比谷公園や明治神宮を造営した林学博士で、投資で巨万の富を築いた有名な本多静六も、晩年にほぼすべての財産を公共事業に寄付して、自らは質素な暮らしを続けたそうですから。

9055
モカ様

 こんにちは!

 へーっ、それはとても面白いシンクロですね!

 もちろん「今すぐ実行」ではなくても、その方向へと意識は本格的に向かっているのだと思います!

9056
オサムライサン様

 こんにちは!

 日本人もかつては世界各地で爆買いをしていたわけですしね(農協ツアーとか有名でしたから…)
 でも、10年もしないうちにその段階を過ぎて(バブルも崩壊して)、たぶんもうあのような振る舞いに戻ることはないでしょう。


 ちなみに人類の平均寿命は、農耕が始まる以前の時代はわずか15歳で、4000年前が18歳、2000年前が22歳、1500年前が35歳と推移しているそうです。
 乳幼児死亡率が高かったこともあり、本当に短かったのですね…。

 「恵まれた経済状況」と「長い寿命」によって、際限のない物質的欲望を卒業していくことは、現代の先進国だからこそ可能な大事なプロセスなのだと感じます。

9059
3坪というと
6畳ですね。

6畳一間の「家」というのは非常に珍しいですが、6畳一間のアパートはよくあります。

独立した家と集合住宅では大分違うでしょうが、「スモールハウスや方丈庵はこんな感じか~」とシュミレーションするには、6畳一間のアパートに住めばいいだけなので簡単ですね。
住んでみたら「別に独立した家でなくてもアパートでいいや」となるかもしれませんが。

9061
シンプルな生活スタイル、僕も共感できます♪

企業はTVのコマーシャルなどで、国民の購買意欲をあおり、財布の紐を緩めようとしてますが、よく考えれば自分には必要の無い物ばかり。
今あるもので十分♪

余計な見栄にお金をかける生活にはピリオドですね^^

9062
原始人
すごくわかる気がします。
もう‘買うためのモノ’は作れないと何年か前から感じてましたが
人と話しては悩んでしまうばかりで。
でも年が明けてすっきりしてます。

川のお話の時に一度書いた、地上の旅人というシリーズの長編小説が
私の作りたいものの中心になってたんだなと気づきました。
これの第2部で主人公の女の子が、狩りをはじめ生活のすべてを
自分1人でまかなって数年暮らすのですが、まさにスモール・ハウス。
シンプルというか、ただ‘生’ですね。

衣食住祈。お話の舞台の3万年前から変わらないものに、私は30年
心惹かれていたようです。

9063
こんばんは。

シンプルな生活は僕自身に限っては実行しています。
同じ服を3セットほど使って着回ししており
余計なものは買わないようにしています。

家の食器類もほとんどを処分したいと思っていますが
義母の存命のうちは出来ないみたいです(笑)

以前は僕も大量消費の傾向が強かったのですが
やはり妻がいないとそんな欲求も消え失せてしまいました。

そのぶんペットたちのために使っています。
僕の場合はどこかで釣り合いがとれてしまった感じですので
出費じたいは極端に減っていないような気がします。

9064
Clary Sage様

 こんにちは!

 あまり田舎に住むと、「車なしでは生活できない」というケースもあるでしょう。
 モノを持たないために、あえて都市部の小さなマンションという選択肢もあり得ますね。

9066
まさぼ~様

 コメントを有難うございます!

 皆がお金を使わなくなると、経済活動が低迷し、国の税収が減ったりと、社会全体に大きなマイナス面も出てくるでしょう。

 でも、そうしたプロセスを経ながらも、新しい社会が形作られていくのかなと思います。

9067
実杏様

 こんにちは!

 「地上の旅人」の物語、僕はまだ読んだことがないのですが、とても面白そうなのでぜひ読んでみたいと思います。

 そういえば、おとぎ話やファンタジーの主人公って、村のはずれの小さな家に住んでいるケースがけっこう多いですよね。
 創作だから、いくらでも立派な家を描くこともできるのに…

 やはり小さな家こそが、物語が始まっていく舞台として、誰にとっても魅力的なのでしょうね。

9068
孝ちゃんのパパ様

 コメントを有難うございます!

 僕の実家も、今は両親が2人暮らしかのですが、食器類が大量にあります…。

 何十年も使っていて「家族史」の一部と化しているものや、親しい知り合いから譲ってもらったものもあって、なかなか処分できないようです。

 でも、やがていつか受け継いだときは、思い切って片付けなきゃなと、ひそかに思っています…。

9069
光奈さん、こんにちは。

我が家の食器類、父が生きていた頃の半分以下の数です。でもまだ多い。
今年は現在の半分をリサイクルセンターで買い取ってもらう予定。
ちなみに1㌔30円。今までは市の清掃センターへ運んでました。

さて、センター試験を終えた姪っ子と昨日会えました。
リカちゃん人形が問題の中に登場してテンション上がったとか。

出来はそれほど良くなかったそうですが、初志貫徹で国立目指すそうです。
市立への推薦入学のラクな道もあったようですが、
3月の2次募集まで頑張る覚悟を決めたとのこと。
本人が自分で考えて決めた。それが何より、ですよね。

姪っ子がどんな部屋で大学生活をスタートさせるのか、興味津々です。
どんな部屋にしたいのか、そのうち姪っ子に聞いてみます。

9070
>居心地が良くて、健康で、余計な気を使う必要もなくなるならば、逆戻りする意味がない。

本当にそうなるでしょうか?

心の内にある個々では小さくとも処理能力の大半を占める部分(不安、その他)
断捨離(世にあふれるただものを少なく的な本)の内容は、取りあえず消せるアプリをすべて消去してしまえ、
な内容だと思います。
必要なものは、もっと根本部分の最適化なのに。

根本部分を変えない限り、空いた分また容量いっぱいまで不安をため込み続けるのだと思います。

本当に必要なのは、何のためにシンプルにしたのか、をわかっていることではないでしょうか。
自分の力を自分でコントロールすること。
目の前の敵に集中するも、戦場の先にいる敵将に集中するも
全ての選択権は自分にあるのだということ。

それが分かっていないまま物を捨てることで能力の自転車操業を続ければ行きつく先はかなりひどいことになるのではないでしょうか。

どこかのテレビでやっていた新成人に聞きました、恋人を作らない理由は?(一番の理由は。面倒くさい)
コメンテーターの意見は、「この世代は一番未来に希望を持てない世代なんですよ、将来のことで手一杯で、他に回す手がない、だからその点を政治はどうにかしないと…」でしたけど自分はそう思いません。
結局のところ、自分自身の制御法を知らない、教えられる人間ももう少ない、そこが問題なのだと思います。

そんな人間と世界の深みで何千年、何万年世界を動かしていた奴なら勝敗は見えていると思います。
きっと世界を牛耳るうちの一人「商人」はいうでしょう。
「シンプルは縮小ではない、シンプルへと拡大することだ。ならば我々はその拡大するシンプルを売り、概念を売り、利益を得る、売るものなどいくらでもある。我らを甘くみるな」と。
そして世界を囲むテーブルに座した、武人、軍人、指導者、偽善者、etcは
「変わらないな、あいつは。さぁどうする?若いの。お前さんの相手はあいつも含めた我々すべてだ。そう簡単に、揺らがんぞ」
と我々は問われることになるのではないでしょうか。
その時に、何と答えられるかでシンプルな生き方の価値が決まるではないでしょうか。

個人的には、
「お前ら、全員、いい加減隠居しろ。お前らにおんぶにだっこな世界なせいで、どいつもこいつも自分で考えることも自分で歩くってことの本当の意味すら分からなくなっちまった。もうお前らは害でしかない。お前らの手を離れた地獄でもまれた方が世界のためだ。」
といいたいところですが…

9071
あおむし様

 こんにちは!

 センター試験の朝に、リカちゃんの公式ツイッターで「受験生のみなさん、がんばってくださいね」というメッセージがあったそうです。
 そして試験が始まって問題文を見たら、そこにリカちゃんが出ていた。

 でも中には、「受からなかったらリカちゃんのせいだ!」という苦情も多いみたいですね…。

9072
野良猫様

 こんにちは!

 それはたぶん、考えが逆じゃないかと思いますよ…

 所有物などの裏付けがないほうが、むしろ気持ちが楽になるから、おのずと色んなもの(余計な信念なども)を手放していくのではないでしょうかね。

9073
光奈さん

やっぱり現代の日本人って、子供のころからこういう雰囲気の、仙人みたいな達観した感じの子が増えているんでしょうか。なんとなくですが、お話しに伺っている光奈さんのお子さんも、物への執着や、さらには事への執着も、だいぶさっぱりされているような感じですもんね。野球の大谷選手とか、テニス錦織、スケート羽生、卓球みうみま等々最近の実力派スポーツ選手などの態度や言動などを見ていても、一昔前の清原・長嶋・力道山とかいう人たちと、まったく雰囲気違いますもんね。あの亀田三兄弟でさえ、悪ぶってはいるものの、ガッツ石松や具志堅用高みたいな本物のワルっていうのとは全然違いますもんね。私としては昔と今どちらが良いどちらが悪いとは言えないような気もしますが、しかし宇宙の進化の意志がこっち方向だ、と言われればそんな気もします。

9076
オサムライサン様

 こんにちは!

 若い人たちを見ていると、昔のような気概や野心や自己主張がなくて、「こんなに頼りなくて、将来大丈夫だろうか?」と思えてしまうのですが…

 でも、余計な欲望や闘争心が薄らいでいることは、「先を行っているのかな」とも感じます。
 インディゴ・チルドレンの特性なのでしょうかね。

9083
>所有物などの裏付けがないほうが、むしろ気持ちが楽になるから、おのずと色んなもの(余計な信念なども)を手放していくのではないでしょうかね

あってもできないことも多いけれど、あればできたことも多い、ということです。
そしてそれは自分の内にあるものを見せつける。
長い時間で薄まりほとんど感じることのない遺伝子の中に生きる誰かや、文字や絵、音楽などの形で自分に近づいた他者を自分に作りかえることにした連中。
そういう者達に触れた時に気づいてしまうんだと思います。
捨てるに捨てられないものに。
それは信念なんて生易しいものでなく、血もしくは遺伝子、魂にまで深く根差した呪い。
人は欲望や闘争心で戦うわけじゃないと思います。
捨てられない何かだから戦うんです。
他のものなら何を奪われても笑ってすます。
でも、これだけは、というもののために戦う。
シンプル生きる先にあるのはそれとの対峙です。
おせちの基本との差の意味を知ることになるのだと思います。

9089
野良猫様

 こんにちは!

 その「捨てられない何か」が何なのか、ちょっとうまくつかめないです…

 記事で書いている「実生活のシンプルさ」とは、また違ったテーマの話のようにも思えますけれど…

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プロフィル

Koudai Mitsuna

Author:Koudai Mitsuna
 
光奈 広大(みつな・こうだい)

 20年のあまりのサラリーマン生活を経て、いわゆる「ザ・マネーゲーム」を何とか卒業。今では束縛されない自由な日々を存分に味わっています!

 そうした中で心がけているのは、普通の日常的な行いを通じて、意識の進化を目指す「カルマ・ヨガ」。

 日々の喜びや学び、インスピレーションから得たスピリチュアルな気付きなどをブログで紹介しています。

 妻子と都内在住――。

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